umasica :桜里さんのマイページ

続・老眼と自己決定

2009/01/31 20:34

人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?




言うまでもないことだが、誕生の瞬間から、人は(そして、すべての生き物は)、死という生物としての最終地点への道を辿ることを、その生の歩みの内に組み込まれてしまう。

生き物であることは、同時に、やがて死に行くものであることを意味するのだ。


誕生という出来事自体が、当人の意思と関係なく起ってしまう事柄であるのと同様に、死もまた、当人の意思のあり方とは無関係に、向こうからやって来てしまうものだ。

老眼もまた、やがて死へと至る生の過程のある時点で、当人の意思とは関係なく、向こうからやって来るものだ。




しかし、人間の場合、当人による死の決定は可能であるし、生物としての条件とは関係なく社会的に決定されてしまう死を経験させられてしまうという事態も存在する。

自殺こそは、当人の意思に基づく当人の身の上に起る死であろう。それを、実に人間的な行為と呼ぶことも出来る。死という出来事を対象化した思考の存在を抜きに、自殺という死の形態はありえない。自殺に擬せられる集団的なレミングの死は、個々のレミング自身の自己決定の結果と考えることは出来ないのである。そのような意味合いにおいて、自殺は人間的な、人間ならではの行為として考えられることになる。

死刑制度に代表される、社会的合意により、対象とされた個人または集団に下される死の決定もまた、人間の身の上にのみ起きる事態であろう。





法律家カール=ビンディングと医師アルフレート=ホッへの共著になる、『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』(1920)では、


 1)助かる見込みのない患者〈末期癌の患者など〉。
 2)治療不能な知的障害者
 3)瀕死の重傷者
 

の3つのケースが、法律家カール=ビンディングにより、安楽死の対象として想定・検討され、2〉のケースが特に精神科の医師アルフレート=ホッへによる考察の対象となり、ホッヘは知的障害者への積極的安楽死政策の提言者となる。

この書が、「悪名高い」ものとして、後世に取り扱われることになるのは、ナチスによる精神障害者への積極的な安楽死政策としてホッヘの提言が結実し、更にその経験が、ユダヤ人に対するガス殺戮への実行へとつながっているからだ。


しかし、カール=ビンディングのそもそもの問題意識は、「自殺」を犯罪として取り扱うべきかどうかに関する法学上のものであり、その考察過程で、1)、2)、3)のケースの検討が行われていた、というのがビンディング自身の論文の内容であった。確かに「共著」という形態で出版されたが、ビンディングの論文と、ホッヘの論文では問題意識がまったく異なっているのである。


ビンディング自身の問題意識の焦点については、死の決定主体と法学上の「殺人行為」との相関を問うものではなかったのか、という理解が私にはある。

死の決定主体が当人であるものが「自殺」であり、死の決定主体が社会であるものが「安楽死」、ということになるだろう。

その際、「安楽死」を支えるのは、その前提としての社会的合意の存在である。安楽死の対象とされてしまう当人もまた、その社会の成員として、社会的合意への同意者として取り扱われることにより、当人に対する安楽死の実行が正当化されることになるわけだ。


そのように考えた時に、


 1)助かる見込みのない患者〈末期癌の患者など〉。
 2)治療不能な知的障害者
 3)瀕死の重傷者
 

という、ビンディングにより想定された「安楽死」の対象の中で、2)の異質性が際立つことになる。

ここで、治療不能な知的障害者として想定されているのは、社会的合意の外部の存在だからである。当人が「治療不能な知的障害者」と判定される根拠には、社会的合意に関する理解の不能状態と、意思表明能力の欠損が想定されているはずだ。

ビンディングにより、安楽死の対象とされてしまった「治療不能な知的障害者」のケースは、自殺行為の延長として理解可能な側面がある1)及び3)のケースとは、本質的に異なったものとなっているのである。




人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?


この問いをもう一度思い出そう。

自己決定不能者に対する社会的決定としての殺害は、正当化可能なものなのだろうか?

そしてもう一つ、自己決定可能な存在であるという想定は、自己への殺害としての自殺の正当化を保障するものであり得るのだろうか?

 

 




(今回の内容は、先日の日記のコメント欄でのやり取り→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/93326から生まれた考察、と考えることが出来る。以前から考えていたことではあるけれど、こうして言葉に出来たのはコメントを書いてくれた友人のお陰である。どうもありがとう)





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