偉大な兄弟(ビッグ・ブラザー)はあなたを見ている
もちろん、出典はジョージ・オーウェルだ。
そのオーウェルの『1984年』は、1949年の作品である。
それから60年、というわけで、今年の年賀状デザインには、ビッグ・ブラザーに登場してもらうこととなった(と言っても、昨年末はインフルエンザで寝込んでしまったので、作成したのは、なんと3月になってから)。
BIG BROTHER IS WACHING YOU
偉大な兄弟はあなたを見ている、というわけだ。
オーウェルの小説では、
突き当たりの壁には、屋内の展示用としては大きすぎる色刷りのポスターが画鋲で止めてあった。巨大な顔を描いただけで、幅は一メートル以上もあった。四十五、六歳といった顔立ちである。豊かに黒い口髭をたくわえ、いかついうちにも目鼻の整った造りだ。
各階の踊り場では、エレベーターに向かい合う壁から大きな顔のポスターがにらみつけていた。見る者の動きに従って視線も動くような感じを与える例の絵柄だ。「偉大な兄弟(ビッグ・ブラザー)があなたを見守っている」絵の真下には、そんな説明がついていた。
という設定になっている。
本文を確認しないでデザインしてしまったので、スローガンとビッグ・ブラザーの顔の関係が逆になってしまった。
まぁ、現実の(って、小説内の現実の話だが)ポスターにも、様々なヴァージョンがあったに違いないので、そんなことは気にしない。
言うまでもないことなのかどうかは知らないが、ビッグ・ブラザーのモデルはスターリンである。スターリンの体制=監獄的ユートピアの現実こそが、小説としての(つまりフィクションとしての)『1984』の背景にある。
そのスターリンの面影が、
豊かに黒い口髭をたくわえ、いかついうちにも目鼻の整った造りだ。
という記述にも窺えるだろう。
賀状のデザインに借用したのは、偉大なアンサイクロペディア内にある画像(http://ansaikuropedia.org/wiki/Image:Kfcstalinsexiest.JPG)だ。
「KFC」ならぬ「KGB」の、サンダースおじさんならぬスターリン同志である。
現実の歴史を振り返れば、1949年とは、やがて自ら構築した壁で自国民を閉じ込めるという前代未聞の監獄国家となった、あのドイツ民主共和国(旧東独)の建国の年でもあった。
2009年とは、フィクションとしての『1984年』の成立から60周年であると同時に、ノンフィクションとしてのドイツ民主共和国建国から60年という記念すべき年でもある。
現実の1984年には、ドイツ民主共和国は、建国35周年を祝っていたのであった。当時の東ベルリン市民は、自由に壁の向こうの西ベルリンまで出かけることは出来なかった。ドイツ民主共和国の偉大な兄弟により、壁を越えようとする者に対しては射殺命令が出されていたのである。
東独の偉大な兄弟は、シュタージと呼ばれる秘密警察を掌握し、国民には密告を奨励していた。
まさに『1984年』に、フィクションとして描かれていた世界が、ドイツ民主共和国ではノンフィクションとして、現実化していたのである。
そのドイツ民主共和国も、1989年の「ベルリンの壁崩壊」を機に、国家としての終焉を迎えることになる。建国40周年の栄えあるはずの年が、国家終焉への第一年となったわけだ(1990年にドイツ民主共和国は消滅する)。
つまり、2009年とは、ベルリンの壁崩壊20周年にも当たる、記念すべき(というより記憶すべき)年なのである。
当初の賀状デザインの目論見としては、オーウェルと同時に、旧東独に関する情報も盛り込むつもりだったのだが、欲張るとデザイン的にうるさくなり過ぎるので断念。
そのかわりに、『1984年』に登場する、「二重思考」を象徴する有名なスローガンである、
戦争は平和である
自由は屈従である
無知は力である
をデザインとして取り込むことにした。
そのようにして出来上がったのが、今回ご紹介した賀状、というわけである。
『1984年』に描かれた「二重思考(ダブル・シンク)」は、現代の日本でも無縁ではない。
と言うより、秘密警察や収容所の存在なしに、しかし、日本国民の多くは二重思考を自らのものにしてしまっている(ように私は思う)。
まぁ、そんなことを考えながらデザインしたのが、2009年の挨拶状、ということになる。
わかる人にはわかる、はずである。

























































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