末期高齢者医療制度という優れたINSTITUTIONの普及によって、日本の若返りが可能となった。
役に立たない老人は、病気になっても病院にいくことが許されなくなり、高齢者の死亡率上昇が確定されたからである。
SF小説みたいな話だが、笑えない現実であることは、僕が老人の部類に属しているので身に染みて感じる。
官僚の無駄使い、終わりがない土木工事、はては駐留米軍への「思いやり予算」などで国の金が消えていくのに目を瞑りながら、社会保障費は限りなく減額されていく。
テロリストが現れて、福田や枡添は暗殺されてもしかるべき状態なのに、おとなしい日本人は「聖火リレー妨害」で鬱憤を晴らすことしか知らない。
時々、僕は冗談抜きにテロリストになることを考える。
だが、このような腐った現代日本を作った一因は僕らの世代(団塊の世代)にもあるのでないかと思うのだ。
気がついたら、保育園時代からすし詰め状態だった団塊世代。
小学校では、1クラスに70名くらい詰め込まれ、後ろの生徒は毎日のように柱や黒板にゴツンコしていた。
当然、高校・大学受験はアンドレ・ジッドで表現しきれない苛烈な競争劇だった団塊たち。
大学では、どこもかしこも闘争劇に明け暮れ、学長・教授を吊るし上げる。
ウチゲバでは、昨日の友人を半殺し状態にした、団塊の青春。
社会に出たら、山一證券の第一期倒産で不況の嵐が吹き荒れる直中。
ここでも、友人なんて誰も腹の中じゃ信用していない。部長・課長でもいつかは叩き落としてやるの腹構え。
気がついたら、後から来たやつに追い越されていた。
ちょうど、そのころ始まった、東野英治郎主演の『水戸黄門』の主題歌が胸にジーンときたものだった。
団塊世代の、小史を省みたが、社会に貢献する姿勢は、どどこにも見られない。
ただ、誰にも出し抜かれないように、できたら自分のほうが出し抜くくらいの気持ちで、戦々恐々として生きてきたのが、この世代だと断定することが可能だ。
この風潮が、社会に良い影響を与えるはずはない。一時は「モーレツ社員」が美徳だといわれた時代もあった。
それらの遺産が、現在の、落城寸前の日本を作ってしまったのだろう。
福田や枡添を暗殺しても、問題は解決しない。不要になった55歳以上の日本人はさっさと消え去るのが一番のぞましい。
そして、冒頭にいったように若者だけの日本を実現するのが、最善の道なのであろう。
苦しくなく、値段も張らない自殺方法がありましたらお教え願います。
付記:
小学校1年で145cmあった僕は、最後列に座っていたため、毎日のように頭に瘤を作っていた。
そのためか。このような、低脳人間になってしまったが、人を傷つけない気持ちだけはまともに成長したようだ。
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