夢放浪記より、ルンペン編3

夢放浪日記より
  ルンペン編3
 今回は姐御の言い付けでズーさんの故郷へでかけます。

 ズーさんの故郷は高郷村。ズーさんは冗談半分に言いました。
  「山の高い所の村だから高郷って言うんだよ。
夢さんおおよその察しはつくだろう。」

 私は半分にしかとっていませんでした。が実際に行ってみると、遠い
遠い。
 福島県に入り、会津若松を通り、萩野駅から引き返すように戻る、
それから先は山道を走るおんぼろバスしかない。

地元の人に尋ねると、当時バスで走って二時間かかると言いました。

 なれない私は酷い揺れにバス酔いしてしまいました。
高郷村のバス停に着き、運転手にズーさんの故郷の部落のことを
尋ねますと、谷沿いの山道を一里半程歩いた所だと言いました。

一里半とはやく六キロであります。既に四時、
山間の村ではもう薄暗くなり掛けています。泊めてくれる宿もない、
困ってしまいました。バス停の近くの雑貨屋で泊めてくれる
所はないか尋ねますと、
  「この辺りでは駐在さんもないし、むりだね。」
と、あっさり突き放されてしまいました。
 困った挙句農家を尋ねますと、私と同年代ぐらいの男性が
出てきました。訳を話しますと、
  「そうかい、そりゃー大変だねい。この辺じゃよそ者は泊めて
くれないねい、ちょっと我慢すりゃ泊めてくれないでもない
所あるけんど、行ってみるけーね、。」

 無理に標準語を話そうとしますから、私は聞き取り辛くて本等の
意味は分かりませんでした。
が、大凡そんな所だろうと解していました。

 私は男性が案内してくれるままに着いて行きました。
歩きながら止めてくれるところの話をしてくれました。
四十代の母親と十七歳の娘がいて、風呂がないから
お湯を沸かして体を洗ってくれる。

 母親を選ぶか娘を選ぶか、好きにしていいが、娘は百円高い。
行ってみると昔の防空壕の跡らしい。

 親子は都会で暮らしていましたが、娘の父親が出兵した
まま帰って来なかった為、父親の郷里を頼ってきたが、
何れも小作農で身内が食べるだけしか収穫がない。

 しかし父親が戻ってきた時、誰もいなかったら、と思うと村を
離れる事は出来なかったと言ったそうです。

 とにかく私は一晩泊まる事にしました。
話に聞いたとおり、母親が尋ねました。
  「私と娘どちらにします。」
 この母親綺麗な標準語で話ます。
私はとっさに答えました。
  「二人一緒がいいなー、夕食できるかな。」

 母親は呆れたように言いました。
  「夕食作りますけど、どちらか一人にして下さらないかしら。」
 私は聞いていましたから、
  (客が付いた方が客の相手をしながら、
ご馳走を食べると、)
だから私は二人一緒にと言いました。
  「いいじゃないー、二人分お金払いますよ。」

 母親は安心したらしく、娘にお酒を買いに行かせました。
その間に母親はお湯を沸かしながらお酒のつまみの
料理を作っています。娘が帰ってきて、
母親と二人で私の体を洗ってくれました。

 至れり尽くせりのサービスです、私は思いました。
  (下手な旅館に泊まるより余程いいや。)
 と、体を洗ってもらうと、飲めや歌えの大騒ぎとまでは
いきませんが、かなり楽しくやりました。

 私は酒に弱い方だったので、
何時しか眠ってしまったらしい。

 目を覚ますと娘が朝ごはんを用意してくれていました。
食事を済ますと私は母親にお金を渡しました。
母親は言いました。
  「お兄さんこれでは多すぎますよ、私が六百円、娘が七百円で
1千三百円でいいんですよ。
それにお兄さん全然私達の体抱かなかったでしょう。」

 私は心の中で計算していたのです。
  (旅館に泊まれば一晩二千円は掛かる、ビールを飲めば
つまみ代と共に千円ばかしでは足りないだろう。
この親子のサービスは芸者以上のサービスだ、
姐御にもらった宿泊代は一晩二千円。
千円は自分で出してもいいや。)

 と、私は親子にお礼を言ってズーさんの生まれ故郷へ
歩き始めました。

 ズーさんの家はすぐに分かりました。

 私はズーさんに頼まれたと 言って、娘さんを
会津若松の総合病院へつれていきました。

 医者は医療費の心配をしています。
私は医者に姐御の名刺を渡しました。

 医者は早速電話をかけて確かめました。
女中さんが出たらしく、何か尋ねていました。

 医者は驚いたように私に言いました。
  「先に言って下さいよ、参議院の先生の後援会長
だって恥を掻かせないで下さいよ。

 このご婦人のご主人が、後援会長の秘書の方
なんですね。分かりました。よろしくお伝えください、
せいいっぱ治療いたしますと。」

 そんな訳で当座の治療代として、姐御に預かってきた
十万円を医者に渡し、ズーさんの奥さん達の生活費
2万円を渡しました。

 当時の十万円は現在にすると五百万円位でしょうか、
私は役目を果たして帰って来ました。

 そして待ち受けていたのはあの恐ろしい刑事、
湯河原の事件の時、強引に罪を認めさせ、
私を無実の罪に陥れようとした、
あの時の刑事でした。

 私はその顔を診ただけで身震いしました。
そんな私を見て刑事は言いました。
  「やはりなー身に覚えがあるから警察を見ただけで
脅えるんだ、今度は白状させてやるぞ、覚悟して置けよ。」

 その時私は思いました、
  (又かー、)

 その訳は湯河原の時、昼は看守に眠らせないように
言いつけ、夜な夜な眠らせないで攻め立てるのです。

 湯河原の時は
  (このまま気が狂ってしまうのではないだろうか、
と、思ったほどでした。

 刑事は仲間たちの見ている前で、
私の両手を後ろに廻し、手錠をかけ腰の辺りをロープで
縛り、引きずるように連行したのです。

 その屈辱は忘れることの出来ないほどです。
現在はその頃とは全く様相が変わり、どの辺りからか
分かりませんが、人通りの多い道を延々と歩かされました。

 今に思えば中央から三方に分かれた木造の
橋が掛かっていたように思います。

 その辺りに公会堂があり、そこから大勢の人が
出てきて珍しい物でも見るように囁いていました。

 その話し声が耳に入ると、悔しさに独りでに涙が零れ
落ちた事は未だに覚えています。

 一廻りして警察署に着くと刑事は先回りして
待ち構えていました。
 刑事は言いました。
 
 「取調べは今夜からだ、お前たちの仲間に残飯でも
差し入れてやれって言っといたから、死なない程度には
何か餌を運んでくるだろ。」

  と、言い捨てにやりと笑い、どこかへ行ってしまいました。
私は何の咎で逮捕されたのか分かりません。
看守に尋ねますと、
  「わしは任務が違うから分からない。」
と、答えました。私は訳が分からず、
不安を抱えたままで夜を迎えました。

 晩秋を迎えた留置所は日暮れが早い、
署員達が一人二人と帰って行く様子窺えます。

 誰もいなくなる頃にはあの刑事がやってくる。
私に恐怖がやってくる。
壁にかけてある大きな時計が、
ボーンボーンと7時を知らせます。
コツコツと聞き覚えのある靴音の調子が近づいてきます。
私はぶるぶるッと身震いしました。

 案の定その夜は一睡もさせずに攻め立てられました。
逮捕のわけを聴きますと、
刑事は声を荒げていいました。
  「訳なんて何でもいいんだー。お前は姉御とか言われる
年増とあの辺りのマーケット廻りしてるんだろ、
訳はそれだけでいいんだ。
そしてお前が店の金を盗んだと白状さえさせれば、
俺の顔が上がるんだ、それでいいんだ、くずやろ。」

 その日の取調べが終わり、刑事はつばをぺッと
つば吐きかけ、
  「けっしぶとい野郎だ。」
 と、侮蔑した言葉を残し、出て行きました。

 東の空が白々と明るくなり恐怖の一日が始まり
取調べの前、
  「何でも良いからやったと言え。」
と無茶なことを言いました。その日も終わり、

 あくる朝ズーさんが弁当を届けてくれました。
ズーさんがその時逮捕の経緯を話してくれました。
  「夢さんスカシやった時、弁当配り、仕切っただろ、
あれは古株連の役得なんだよ。食い物の恨みは
怖エーからなー。」

 ズーさんが返った後、又恐ろしい夜がやって来ました。
又朝が来てズーさんが昨日と同じように二食分の弁当を
差し入れてくれました。ズーさんが返り又恐ろしい夜が
やって来ると思いながら留置所の隅に小さく
体を丸めて脅えていました。

 夕べ一睡もしていないから、うとうとと居眠りが出てきます。
いつもなら署員が眠らせないように怒鳴るのに、
今日は誰も怒鳴りません。

 夕方近くなってコツコツと足音が近づいてきます。
ハッとして顔を上げますといつもの刑事ではなく、
監視役の署員でした。
 署員はいいました。
  「あんたも意地悪だねー地元の参議院の知り合いだって
初めから行ってくれればいいのに、最も所長は喜んでいるがね。
柄の悪い刑事を地方へ飛ばす口実が出来たってね。
あんたは警察署長からの感謝状者だよ。」

 ズーさんから私の話を聞いた姐御がてをまわしてくれたのでした。
三日目に釈放された私は、姐御に呼ばれました。

  「夢お前古株連に嫌われたようだね。
ここの仲間にいたら今度はどんな目に会うか分からないねー、
お前ツーの所へいきな、ズーコーお前ツーに紹介してやりな、
私が宜しく言っていたって。」

 そんな訳でツーさんに紹介してもらった私は又一方変わった
食生活を始めることになりました。

  今回は姐御の素早い機転で、鬼刑事の恐ろしい責めを
免れる事が出来た私は、ズーさんの案内でツーさんの所へ
会いに行きました。

 ズーさんは、私が仲間に陥れられた訳と、警察へ連行された
事の経緯を詳しく話してくれました。
  「夢さん、大人しい連中に勇気を出して、
欲しい弁当を持って行けと言っただろ、あの連中は、
古株連に睨まれたら、あの溜りで暮らせなくなることが怖いんだよ。

 連中には夢さんの親切が身に滲みるほど分かるんだ。
けどなー連中の立場がなー、結局連中を苦しめていたんだなー。

 それとなー、刑事だけど、本当の狙いは夢さんじゃなくて、
誰でも良かったんだよー、夢さんでなけりゃ俺だったかもなー
俺も古株連にはよくおもわれてねーしな。

 本命は姐御の懐なんだよ、あの刑事ずーっと前から姐御の事
探っていたらしいぜー、夢さんが居なかったし、
古株連は夢さんが邪魔だったし、大人しい連中も夢さんの
親切が煩わしいかったから、刑事に売ってしまったって訳よ。

 それをなー姉御はぜーんぶ見通していたんだなー、
さすがー一流の相場師先が読めるんだなー、俺も何時かは
姐御のようによー、そーなりてーよ。」
 私はズーさんの話を聞きながら、つくづく反省をしました。
  「そうかー甘かったなー連中に勇気を持たせてやれば、
古株連の寄り残しではなく、自分たちの好きな物を選べるから
喜ぶと思ったのに、逆に苦しめていたなんて、とんだお節介焼きだ。」
    続きはルンペン4へ


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