夢放浪記より、ルンペン編4
ルンペン4
ズーさんは、ツーさんの事も話してくれました。
「ツーさんはなー、料亭の若旦那なんだよ。
親父さんが亡くなってなー、その上頼みの板前が、
ツーさんと意見が合わず辞めてしまったんだってさー。
代わりに雇った板前の腕が悪くて評判が落ちて、店は左前。
それでなー俺、尋ねたんだよ。
(若旦那が何でルンペンなんだよ。)
て、ねーそしたらなー、通りかかった地元のルンペンが言ったんだってよー。
(若旦那あんたの店味が落ちたねー、)
て、さー。ツーさんはそのルンペンに尋ねたんだってさー。
(ルンペンさんはそんなに美味いもの食べてるのかい。)
ルンペンは言ったんだってよ。
(若旦那ーなめちゃいけないよ。ルンペンはいろんな店の残飯
焦ってんですぜー、口の肥えた奴はどんな調味料使ったか
分かる奴も居るんですぜー。)
その一言を聞いてツーさんは、店をおっ母さんと妹に任せて
上京したって訳さ。」
そこで世話になったのが姐御って訳さ、姐御はなー
(そんな訳ならここじゃー駄目だ、一流料亭の残飯焦って
綺麗に拾い分け、一品一品味を確かめながら頂きな。)
てね。」
そんな話を聞きながら、ツーさんの居る有楽町のガード下にある
ツーさんのダンボールで囲ったねぐらに着きました。
ズーさんは言いました。
「この時間じゃ食料調達だな」
ズーさんはツーさんのダンボール囲いのねぐらへ入り、
「夢さん入ってまとうよ」
中に入って姐御の話をしていると、外から私たちの会話に
合わせながら入ってきた男、ツーさんでした。
ツーさんは細身のスラーっとした体系で、切れ長の細まゆで、きらっと輝く細い目ので笑顔の優しい感じの人でした。
「ズーさんよー、姉さん元気かい。噂は聞いたぜー粋な旅人夢さんだろう。今度ここの餌場で暮らすんだってなー、宜しくな。」
ズーさんは私をツーさんに紹介すると、築地の溜りへ帰りました。
その後ツーさんにいろんな事を教わりました。
料亭の残飯の拾い集め方、綺麗な食べ方、それは見事なものでした。
朝早く歩き始め、料亭の板前の若い衆が、夕べの残り物や残飯を、
ポリバケツにあけて運んでくる。若い衆が調理場の勝手口まで運んでくると、ツーさんに言いました。
「あと頼むよ。」
ツーさんは
「お早う何時も悪いなー。」
と、言いながらポリバケツを受け取りました。
ツーさんはポリバケツを持って人通りの少ない所に着くと、
ポリバケツのふたを開け上手に食べ物を拾い上げ綺麗に盛り付けます。
私は感心しました。
(まるで一流の仕出屋の弁当のようだ。)
と、その後、ツーさんと一月ほど朝夕食事を共にし、別れました。
それは私の通っていた工事現場の仕事が終わったからです。
ツーさんはささやかながら送別のパーティをしてくれました。
料亭の板前の若い衆に頼み、極上の酒と懐石料理の余もの、
私はそれまでに経験したこともない程に美味しい酒、料理でした。
それから工事現場を五六回変わった頃、石川県の加賀市へ行きました。
加賀市の施設の増築で仕事は、わずか十日で終わり、
次の工事現場へ移ることになっていました。
私は何時もの放浪の病が出ていました。東京を出る前から、石川へ行ったら東尋坊と兼六園だけは、行きたいと思っていましたので、
皆と別れ一人だけ別行動をとりました。
公園へ向かって歩いている時、ふと目に付いたのは、
有楽町のガード下でツーさんと食事を共にしていた頃、
朝夕お世話になった、生ゴミ用のポリバケツが目に付きました。
私は吸い寄せられるように路地へ入っていきました。
気がつくと無意識にツーさんがやっていたようにハッポースチロールの
容器に目ぼしい料理を拾い集めていました。
私はその時、
(ここは築地じゃないんだ、なーにをやっているんだ、)
と、思いつつも拾い集めた料理に、何となく見覚えのある仕出しに、
嬉しくなり好物の白和えを箸でつまみ味をみました。
私は驚きました。
柳橋でツーさんが老舗の料亭の料理を試食しながら、
「これが本当の日本料理だよ。」
と、讃えた、その時の味そのものでありました。
私は直感しました。
「もしやここはツーさん実家では。」
まさかそーん事ないだろうと、思案しつつ公園のなかへはいりました。
池のほとりを歩いていきますと、内橋亭と書いた料亭らしい建物がありました。
なるだけ人目を避けるように、ポリバケツから拾ってきた料理を食べながら
ツーさんの事を懐かしく思い浮かべていました。
その時静かな横笛の音が聞こえてきました。
その音を聞いていますと何かが違うと感じまして、
ふと音の聞こえるほうを見ますと和服姿の美しい女性が、
一吹きしては首をひねりしながら、音を気にしている様子。
私はその女性の左指にきづきました。
(笛の音が、かすれたり下がったりしたのは指の怪我のせいか、
包帯の巻いてある左の人差し指は、吹き口から一番近い穴を押さえる指、しっかり押さえられなければ全部音が外れることになる、)
と、そんな風に思いながら聞いていました。
何を思ったのか女性は私のところへ来ました。
そして私に言いました。
「美味しそうね、貴方この辺では見かけない人ね、
私の笛聞いてどう思った。何か気付いた。」
私はとっさに答えました。
「人差し指使えなくっちゃ下の指の音は決まらないよねー、」
私がそう言った時、女性の顔色がさーッと血の気をひくように変わりました。
女性は私の顔を覘く様に見ながら言いました。
「貴方素人じゃないようね、微妙な音のずれが分かるなんて、
大したものね、何処で修行したの、良かったら私の手伝いしてもらえないかしら、
一度吹いて聞かせてくれない。」
私は女性の差し出す横笛を受け取り、
「どんな曲を吹くの」と尋ねました。女性は
「宮城県のさんさしぐれ吹ける。」
と言いました。私は笛を手に吹き始めました。
すると女性は、
「もう少し静かに、細い音で、緩やかに、優しく。」
と、言います。
私が一曲吹き終わると、女性は言いました。
「とにかく私の家へいらっしゃいよ、
お風呂入って着物に着替えて、支度しなくっちゃ。」
何もかも私が承知したかのように、一人で決め込んでいます。
止む無く女性に言われるまま付いて行きました。
というより何時もの悪い癖が出たという方が正解かもしれません。
女性は大金持ちの愛人だったらしい、が二年ほど前に旦那が亡くなり、
趣味の横笛を活かして、料亭で影笛吹きで生計を立てていたのです。
女性の名前は直子といいました。
雨の降る日の仕事の帰り、暗い夜道を歩いている時、小石に下駄の歯が乗り、
転んだ拍子に、雨傘を持っていた左手の人差し指を、どういう訳か
骨折してしまっていたそうです。
女性に尋ねました。
「俺は何をすればいいの、」
女性は言いました。
「私の変わりに笛吹いて、影笛は照明で姿を障子に映しながら吹くの、
私の影を障子に映し、貴方が笛を吹いてくれればいいのよ。」
そんな訳で影笛吹きの、影役を務めることになりました。
その夕昏早速料亭へ行きました。そこで意外な人に出会ったのです。
全く偶然でした。
座敷に出る前、女将に挨拶に行きました。その時、
明日のお客予約の仕込みの打ち合わせをしていた板前と目が逢ったのです。
その人は、私がルンペンの仲間にいた頃、姐御の使いでズーさんの田舎へ行っている間に、無実の罪を作られ逮捕、姐御の気転で釈放され、その後ガード下で一緒に暮し、世話になったツーさんでした。
「おーあんた夢さん?、夢さんじゃないの?、こんな所にまで逢いに来てくれたのかい、嬉しいじゃないかえー、夢さんよー。ゆっくりしていってくれよー、えー夢さんよ、それで何処に泊まってるんだーい。」
私は戸惑いながら答えました。
「妙な縁でこちらのお姉さんに、やっぱりツーさんの料理だったのですね、あの白和え。」
ツーさんは驚き、尚感心しながら言いました。
「夢さんもう舌調べしたのかい、さすがだね、」
私とツーさんの話を聞いていた影笛吹きの女性直子は、
「若旦那さん、夢さんの事ご存知だったのですか、
何処で?どんな訳で、夢さんってどういう人なんですか、
いったい?、私には大工さんだって言いましたよね。
横笛は一流だし、料理の味には煩いし。」
ツーさんは女性の話を聞いて驚いたようにいいました。
「ヘー夢さん横笛も吹けるの、それは知らなかったなー。
器用な人だとは聞いていたけど。」
直子と名乗った女性は女将に訳を話し、私の影役の影笛で無事に
その日の仕事を終わり、帰りました。
そうして一月ほど過ぎました。そんなある日の早朝四時ごろ
ツーさんが女性と私の住む家にやってきました。
ツーさんは私を外に連れ出して言いました。
「夢さん直ちゃんは何も話さなかったのかい、実は直ちゃん、
大変なことになっているんだよ。」
ツーさんの話では、性質の悪い流れ者のチンピラが、
直子が元金持ちの愛人で、金持ちの旦那が亡くなり、
一人暮らしで影笛吹きの人気者と聴きつけ、
何とか口説き落として紐になろうとしている。
そんな訳だから、夢さん直子が好きだったら、
東京へでも連れて逃げるようにしな。
もし関係がないのなら、取りあえず築地の
ズーさんの所へ連れて行き、身を隠させなよ。
チンピラは流れ者だから精々一、二年で草鞋を履く筈だ。
居なくなったら俺が迎えに行ってやるよ。
と、言うような騒ぎになりました。
私も丁度良い機会と思い、女性を連れて
築地のズーさんを尋ねました。
ズーさんを頼りに姐御に頼んでみようと思っていましたが、
姐御は戦争でビルマへ行った旦那が、終戦の時日本へ帰らず、
現地に残り、現地で生産業を興し、成功して更に貿易会社を営んでいる。
と、言うことで、その頃姐御の手解きを受け、
一流の相場師になっていた、ズーさんに住まいのマンションを買ってもらい、旦那の住むビルマへ行ったという事で、女性の将来の全てを
赤坂の高級マンションに住む、ズーさん夫妻一家に託し、
私は又放浪の旅に出ました。
私が福島のズーさんのところまで迎えに行って総合病院に入院させた、娘は健康を取り戻し、その頃はイギリスの一流大学に留学中と聞きました。
その十年後、自由ケ丘の高級団地に建った、
豪邸の内装工事をやった時、時々工事の様子を見に来る、
奥様と呼ばれる婦人に会った時、私は肝が潰れるようでした。
その人は私が姐御の言い付けで福島の山奥へ迎えに行き、
娘を入院させた、あの時のズーさんの奥さんだったのです。
ズーさんはバブルの景気に乗り、当時一流の会社を五社経営する
大実業家になっていたのです。
奥様になったズーさんの奥さんは私に言いました。
「主人は夢さんが会社起こすんなら資本を出しても良いと言ってましたよ。」 と、言いました。
「私が会社なんてとんでもない。」
と、遠慮しました。
私が連れてきた女性は一年後、ツーさんが、性質の悪いチンピラは
他所の土地へ流れていったと、迎えに来たそうです。
その頃の私は所帯を持ち、硬く暮らしていました。
ルンペンの巻終わり。
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