2008年ダラムサラ訪問記(11)
2008年10月24日 最後の日
早朝、コルラをしてナムギャル寺院で瞑想をする。
ナムギャル寺院の周りを時計回りに回ることは健康によい。しかしこの朝は、心の中で、祈りながら歩いた。
心が平安が得られることを願うという思いで、祷りをつぶやきながら歩いた。
私は妻や子供のために生きることを願い、自分に執着することのないように、心安らかに一生を終わることを念じた。そして、教生きているのは養父母の深い愛情によるものだと、思うと、感謝の念に押しつぶされそうになって、涙があふれてきた。私は生かされて今日まであるのだと実感しながら道を歩いた。誰かに涙を見られたかも知れない。
しかし、この時間は、私は至福のときのように思えた。祈りることで、涙があふれてきたけれど、そのとき私は満たされていたと思う。
そして、その心のままに、ナムギャルの寺院でベンチに座って瞑想をした。
生まれたときから子供の時期まで、心はピュアーなままであるのに、成人するに連れて心は汚れてくる。生きるためにたくさんの経験をして、心を汚していくのだ。しかし、あるとき、その汚れに気づいたとき、人はピュアーな心を取り戻そうと戦い始める。多くの欲望と執着、それに気づいたときから心の汚れをとり除くために、心を鍛錬することになる。その有効手段がこの瞑想なのだろう。人はピュアーな心を取り戻して死んでいくことが大事なのだ。
輪廻の思想は別にして、人生はこのピュアーな心を取り戻すための過程なのだと、瞑想の中で得た。
瞑想しているところを同行のメンバーが写真に撮っていた。彼女らが言うには雰囲気があったとのこと。
ナムギャルの門前でチベタンブレッドを買う。スィートとプレーンがある。スィートを買う。アンパンほどの大きさだが、これでチャイを飲んで、二つも食べれば朝食としては十分だ。1っ4Rsである。
ダラムサラ最後の日なので、ナムギャルからディスクールに立ち寄って写真を渡す。校長先生に会う。校長は女性である。親戚が東京にいると言うので驚いた。住所を教えてもらう。帰国したら会いに行こう。
バスターミナルの広場の前で毎日チベタンブレッドを売っている、30代に見える女性からパンを買う。これはデリーに帰るときの食料だ。
ホテルに戻り、全員で朝食。
10時にTCVに行く。プレゼントの荷物が遅れて到着していなかったのが、昨日ついたという。プレゼントをあげていない子供に渡すために出かける。もしこのことが泣ければ、そのままデリーにもどったかも知れない。



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