孤独死を減らしたい・・・
遺品整理のキーパーズ社長の取材記事がありました。
私も、「遺品整理屋は見た!」という本は読んだことがあるんですが、
この記事で吉田社長のお人柄をより深く知ることができました。
夢は孤独死を減らしたいとのこと。
激しく共感です。
そのために、「独居老人の孤独死」というアニメまでお作りに。
ひとりでも多くの人にご覧いただきたいですね。
【遺品整理人が語る、孤独死の現実――キーパーズ 吉田太一社長】
孤独死……「気の毒なことではあるが自分とは無縁のこと」と対岸の火事を決め込んでいるビジネスパーソンが大多数ではないだろうか。
しかし、それはとんでもない間違いだと警鐘を鳴らす人物がいる。日本だけではなく世界にもかつて存在しなかった「遺品整理業」という業種を創出し、これまで数百数千の孤独死の現場を見てきた吉田太一さん(44歳)だ。“遺品整理”という言葉から想像されるような無口で地味な人物かと思いきや、大阪弁が心地よい、人懐っこい笑顔の魅力的な、どこまでも明るいキャラクターの人物である。
「世間では、高齢者の孤独死ばかりが注目される傾向がありますが、65歳以上になると、行政の介護対象になるので、人知れず死んでゆき、何カ月も発見されないというケースはそれほど多くはありません。むしろ、50歳から65歳くらいの働き盛りの年代の男性に孤独死は多いんです」と驚くべきことを話す。
「遺品整理業」という職種への社会的関心は、着々と広がっている。同氏のブログから火がつき、その内容は『遺品整理屋は見た!! 天国へのお引越しのお手伝い』(扶桑社)など4冊の著書にまとめられた。2008年5月16日にはテレビ朝日で『遺品の声を聴く男』(奥田瑛二、安達祐実主演)と題した2時間サスペンスが放映されたほか、フジテレビ系列でも金曜プレステージ枠(21時〜23時52分)で吉田さんの著作のドラマ版(地井武雄主演)の放送も予定されている。シンガーソングライターのさだまさし氏も、吉田さんやその仕事に感銘を受け、この5月20日に『アントキノイノチ』(幻冬舎刊)という単行本を出した。
創業から約7年。愛知県刈谷市に本社を置き、名古屋・東京・大阪・福岡に支店を展開して、今や年商4億円以上、年間依頼件数1800件に達する企業へと遺品整理のキーパーズは成長した。
今年、映画『おくりびと』がアカデミー賞を受賞し、葬儀周辺産業に世間の注目がさらに集まったこともあり、吉田さんは本業の遺品整理だけではなく、各種講演、研究会出席、テレビ・雑誌の取材など、過密なスケジュールをこなす日々だ。
孤独死多発年齢の筆者はもとより、本稿読者の皆さんにとっても他人事ではないだろう「働き盛りの孤独死が多い」とはどういうことなのか? そもそも遺品整理業とはどのような仕事なのか? それを創出した吉田さんとはどんな人物なのだろうか? 今回はそれを明らかにしていきたい。
●働き盛りが孤独死するまでの典型的なケース
働き盛りといえども、リストラや倒産などで職を失うケースは少なくない。しかも、今の不況を考えると、納得のいく再就職口を見つけることは容易ではない。次第に生活は苦しくなり、借金は増え、夫婦間での喧嘩も多くなる。そして訪れるのが離婚だ。
しかし、それまで仕事一筋で一心不乱に頑張ってきた男性に「生活力」はない。毎日次から次へと押し寄せてくる生活上の細々とした用件を適切に処理していくことができない。家の中には、ゴミが溜まり、洗濯物も溜まり、請求書の山ができ、家の中は荒れていく一方となる。
それでも体が健康なうちは、アルバイトに出かけるなどして多少の収入を得ることもできるかもしれない。しかし、かつてはそれなりにエリートを自認していたような男性にとって、将来の夢を奪われ、心の支えの家族さえ失った状況は、まさに耐え難い状況である。
「自分は、一体何のため、誰のために生きているのか。自分など、所詮、世の中にとってゴミのようなものでしかないのではないか?」
そんな思いにとらわれて、次第に鬱々とした気分の中に深く沈みこんでいく。次第に何をするのもおっくうになり、やがては体を壊し、ゴミ屋敷然とした家の中で、寝たり起きたりの日々を過ごすようになる。
ここで重要なことは、この過程で「社会との接点」を次第に喪失していく点だ。基本的には定職がないので、「人と会う」機会はおのずから減る。自分の落ちぶれた姿を見せたくないので、昔のクラスメートはもとより以前の仕事仲間とも会いにくくなる。親兄弟や親戚に対しては、こうしたケースではたいてい彼らに借金していたりするので、さらなるお金の無心と、返済を遅らせるお願い以外、接触しないということも多い。
自分の殻に閉じこもって鬱々と過ごす日々の寂しさ、みじめさは、他人にはうかがい知ることはできない。誰も援助の手を差し伸べることなく、やがて彼は憤死するのだ。
●孤独死の壮絶現場
近所の人々の「異臭がする」というクレームによって発見されることが多い孤独死。季節によってそのスピードは異なるが、死後1カ月とか2カ月ともなると、遺体は腐敗が進み、遺体の内外には無数のうじ虫やゴキブリがはい回り、死臭の充満した室内にはハエがぶんぶん飛び、遺体の形に沿って、床に染みができる。
自殺もあれば、徐々に衰弱しての孤独死もあるが、いずれにしても、その現場は、息をのむような凄惨さであり、到底、正視に耐えるものではない。変死の場合は、当然、警察も出動することになるが、同時に大家は家族に連絡し、とにもかくにも来てもらい、その後の処置を依頼するのが普通だ。
しかし……上記のような惨状を目の当たりにして、「はい、承知しました!」と言って遺品を整理し、部屋を綺麗にできる一般人が果たしてどれだけいるだろうか?
そこで登場するのは、吉田さんの会社である。近所からは「臭くて生活できない」といった苦情が殺到し、不動産としての価値も低落する一方ということで、大家からも督促される中、一刻も早く原状回復を図らなくてはいけない。
吉田さんの通常の仕事の流れは、簡略化して述べると次のようになる。
1.無料で見積もりに訪問
2.遺品の仕分けとこん包
3.遺品を屋外に搬出
4.室内掃除(消毒、消臭など含む)
5.形見分けの品を配送
そして、故人が使用していた布団、衣類、人形などに関して、寺院から僧侶を迎え、吉田さんの会社で供養することも大事な業務となっている。実際、筆者がうかがった当日も、倉庫に「供養を待つ人形」がたくさん並べられており、その強烈な視線の束に耐えられないような気分になったものである。
●人間本来の機能を失った現代のビジネスパーソンは危ない
オプショナルなサービスは、もちろん多々あるが、一般的には、以上のような作業でおおむね終了だ。しかし、中には、そう簡単にことが運ばないケースもあるという。
「ご遺族が相続を拒否して、契約を解約されることもあるんです」
孤独死を余儀なくされる人というのは、既に述べたように社会と没交渉になった人が多いわけで、当然、家族との関係もかんばしくないケースが少なくない。そのため、「死んでまで迷惑をかけられてはたまらない」という家族感情を引き起こしやすく、後処理を拒否することにつながるのだ。
そうなると困るのは、大家であり近隣の住民であろう。吉田さんは、これまでそうした現場にいくどとなく遭遇してきたという。「最近では、相続放棄という言葉が一般化したこともあって、親族が『死』を放棄するケースが多いのは困ったことです。しかしその一方で、大家さんたちも住民の異臭騒ぎで初めて気付くというようなことではなくて、もっと普段からいろいろとサービスを考えて、そういう事態にならないようなやり方で、人を住まわせる努力をするべきだと思います」
数々の修羅場をかいくぐってきた上での意見だけに説得力がある。
「現在、依頼の比率は都内40%、名古屋と大阪が各25%、福岡が10%くらいでしょうか。90%以上が独居者で、内70〜80%が男性、それもサラリーマンの負け組が多いです。彼らは企業に自らを適応させていく中で、人間本来の機能を退化させてしまっています。会社に依存する体質になってしまっていて、人生の夢とか希望のレベル、目線がとても低くなっていると感じます。そうした人々がリストラや倒産などで寄るべを失った時の転落はあっという間です」
●故人の思いを尊重し、家族の想像を超えるサービスを提供
それにしても壮絶な現場に出向く日々は、精神的にも非常にしんどいのではないだろうか?「確かに死臭などはキツイですが、それでも3日もすれば慣れるものです。むしろ誰もやりたがらない業務内容だけに、ものすごく感謝されるんですよ」と穏やかに微笑む。
「遺品整理業者と聞くと、アンダーグラウンドな怖い人間をイメージされる方が多いようで(苦笑)、皆さん身構えたところがあるようです。しかしそこに、きちんとスーツを着ておうかがいして、丁重にお見積もりをさせていただくものですから、とても驚かれるのです。そして実際、作業をさせていただくと、一様に『まさか、そこまでしてくれるとは思わなかった』と言って感激してくださるのです。そうなると、こっちまでうれしくなって、どうすればもっと喜んでくださるだろうと考えるようになるのです」と笑う。
話題となることも多いキーパーズだが、スタッフになるための要件とは何なのだろうか?
「スタッフになろうという人は今はほとんどの場合『読者』なので(笑)、理念の面では共有できているのですが、それに加えて次の2点が大切です。
第1に見積もりができること。第2に現場のリーダーが務まることです。もちろん、ボランティア精神も大切ですが、それは全体の5〜10%あればよく、残りの90〜95%はやはり、ちゃんと利益を出していく力があることが重要です。現在、弊社では、20代後半から40代半ばまでのスタッフが20人いて、現場にはその内の12〜13人が行きますが、水商売などの経験のある人は強いと感じますね。現場でのコミュニケーション能力の高さは重要ですから」
ところで、現場で遺品と向き合う時は、どんな視点からどのように接するのだろうか?
「まず、遺品は決してゴミなどではないということです。故人が大切にし、気に入っていたものですから。遺品を見ることで、自分のこれからの人生に役立つこともあります。特に孤独死の場合など、こういう人生を送ってはいけないなあ……などと痛切に感じます。
私は、遺品を、基本的に、遺族の立場、遺品整理屋の立場、故人の立場という3つの視点で見ています。当初は、遺族の困り事の相談に乗る形でやっていたので遺族の立場を優先していましたが、次第に、死んだ人の気持ちを考えて、その『思い』をくむようになっていきました。そういう意味で、現在は、故人の立場を優先していますね」
●破天荒な人生行路――板前、宅配便セールスドライバー
遺品整理業のパイオニアとして知られるようになった吉田さんではあるが、もともとまったく違う業界で仕事してきた人である。
1964年に大阪で生まれた彼は、小学校の頃から水泳が得意で、高校も体育科に進学し、高校時代はスキーに熱中したという。しかし、スポーツで頭角を現わすことの難しさを痛感した彼は、高校を卒業すると関西調理師学校に入学。1年後には調理師として神戸、そして大阪で就職する。
2年ほど経ったころ、「自分の店を持ちたい。それには東京や」と思い、包丁1本をサラシに巻いて「流れ板七人」よろしく単身上京。首尾よく渋谷の道玄坂のクラブでチーフに就任するも、「女の子たちの態度にぶちきれ、オカマに襲われそうになって辞めました」と笑う。
その後、東京・恵比寿に割烹が出るという話を聞きつけ、ハッタリを利かせてマネジメントの全権をもたせてもらったが、店は閑古鳥が鳴き、約1年で店をたたむことになる。それからは食べるために悪徳商法のセールスマンをやったり、喫茶店や料理屋に就職したりしたが、結局、結婚を機に故郷の大阪に戻った。
夢破れ、挫折感に打ちのめされながらも、経済的な逼迫(ひっぱく)は待ったなしに押し寄せてくる。とにもかくにもお金を貯めようと決意した吉田さんは1988年、佐川急便に就職した。幸いにも宅配便のセールスドライバーとしての仕事は順調で、入社3年目には家を建てた。
「どうすれば相手が喜ぶかがすぐに分かるタイプで、それゆえ目上から可愛がられたんですよ」と笑う。実際、当時の彼は「爺キラー」と呼ばれていたという。しかし、5年間勤務した彼はあまりの順境に物足りなさを覚え、コンビニをやろうと考えて退職。だが、コンビニ話は頓挫し、たちどころに経済的に追い詰められていく。
●独立して引越し業界に参入、そして遺品整理業の立ち上げ
一念発起した吉田さんは1994年、借金をして軽トラックを購入。吉田運送として引越し業を開始する。
「サービス業は便利屋みたいなもので、要するに代行業だと思いました。ですから、依頼される仕事は何であれ決して断りませんでした。ある時、家電の取り付けサービスをしてあげたら、すごく喜ばれましてね。『気が利く』ことをウリにすると、ちょっと単価が高くても顧客が付くのです。お陰で初年度売上は1800万円になりました。引越し屋だからといって、ただ運べばよいというものではないんです」
また、「いらない家具・家電が倉庫に溜まっていたので、リサイクルバーゲンをしたら売り切れてしまった」ことから、吉田さんは全国に先駆けて「ひっこしやさんのリサイクルショップ」をオープンする。
「でも、他社が真似るようになってつまらなくなり、その後辞めてしまいました。その一方で、夜逃げ屋の仕事もずいぶん扱いましたね。怖い目にもあいましたよ。夜逃げの途中で、ヤクザに見つかってもめたり、拉致されそうになったり(笑)。会社倒産専門か、離婚専門の引越し屋になろうかと考えていたころのことですが、ある遺族の話を聞いていて遺品整理の必要性があることに気付いたのです」
吉田さんにとっては、まさに人生の転機だった。
「ビジネスにしようと思って全国の葬儀関連業者に一斉にメールを送ったところ、ただ1社、葬儀ギフト業の大手セキセーから反応があって、一緒に遺品整理の会社を立ち上げることになったのです。それが現在のキーパーズです」
キーパーズ創立は2002年のこと。その後、マスコミからの注目もあり、ビジネスは順調に発展し、現在に至っている。
「広告宣伝費に売り上げの25%を投下してきたので、いつもいっぱいいっぱいでしたけどね」と苦笑する吉田さんであるが、すでに次のステージを見すえているようである。
●孤独死を減らし、そしてなくすために
これまで数百数千の孤独死の凄惨な現場を見てきた吉田さんは、今、新たな活動に力を入れている。
「自分の商売と矛盾するようですが、死んでまで世間に迷惑をかけることがなくなるように、孤独死を減らしたいと思っているんですよ」
『独居老人の孤独死』というアニメDVDを制作し、希望者に無料配布している。内容的には、本稿の中で述べてきたような孤独死へのプロセスと、それがもたらす災厄が表現されている。これは行政でも資料として活用しているほか、欧米からも引き合いがあり、実際、諸外国で使われているという。
独居老人の孤独死
「このDVDを見た方がショックを受けて、自主的に孤独死を避けようという気持ちになり、10%でもいいから減れば良いと思っています。経済効果という観点から見ても、数十億円レベルの効果があるでしょう。それほどまでに、孤独死によって不動産価値は下がっているのが現状です」
彼はそれに加えて『エンディングノート』を作成した。自分のプロフィールや、いざという時の、介護・看病についての希望、尊厳死・延命治療・脳死・ホスピスケア・病名告知・献体についての考え方、葬儀・法事・遺品整理などについての希望などを記入するようになっている。1万部印刷し、無料配布したところ、あっという間に完配して増刷したという。
こうしたノートに自ら書き込むという行為、それは誰かに読んでもらいたいという意識につながり、そして結果的に社会とのつながりを自ら求めることとなり、孤独死を減らすことにも直結していくのだろう。
遺品整理業は、一見、死の事後処理の仕事という風に見えやすい。しかし、吉田さんを見ている限り、いかに個々の人間の生を充実させるかという点にこそ、彼の本当の使命感があるように感じられる。
●ビジネス観、そして将来展望は?
吉田さんには、常に心がけていることがあるという。
「それは世の中のスタンダードを正しく見極めて、人とは違った視点からビジネスを考える、ということです」
すなわち、まず大前提として、一般の顧客(生活者)の気持ちを皮膚感覚で理解していないといけない。それを踏まえて、しかしビジネスをやる以上は、吉田さん「独自」の、他社のいかなるサービスとも「異質」で、これまで存在しなかったような「新規」な視点からサービスを構築する必要があるということである。それゆえに、吉田さんはスタッフや友人・知人に対して、最近の自分自身が調子に乗って、感覚にズレが生じていないか頻繁に聞くようにしているという。
ビジネスの今後の展望はどのようなものだろうか?
「アメリカ映画で『ザ・クリーナー』という特殊清掃の会社を描いた作品がありましたが、是非、今年の内に渡米して、現地の企業を見てきたいと思っています。そして、使用薬剤などの面で、業務提携ができればいいなあと思っているんです。また、始まったばかりですが、韓国での事業展開も地元業者と共同で開発中です」
今回の取材を通じて痛感したこと――それは、いささか逆説的かもしれないが、吉田さんのビジネスが発展することで、世の中において孤独死防止の様々な取り組みが活発化するのではないかということ。その結果、孤独死を迎える人の数が減ること、それが吉田さんの願いであり、孤独死予備軍の有力候補の1人として筆者もその思いに共感を禁じえない。
●嶋田淑之(しまだ ひでゆき)
1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」、「43の図表でわかる戦略経営」、「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。
(5月25日 Business Media 誠)
土地家屋調査士 大阪 和田清人
読み込み中...