ワーキングプア(working poor)とは
正社員並みにあるいは正社員として
フルタイムで働いてもギリギリの生活さえ維持が困難、もしくは
生活保護の水準にも満たない
収入しか得られない就労者の社会層
[「改正最低賃金法が成立 ワーキングプア解消狙う」 朝日新聞 2007年11月28日]のことである。
直訳では「働く貧者」だが、
働く貧困層と解釈される
[「フルキャスト再び事業停止――厚労省方針 処分中に派遣」 朝日新聞 2008年9月29日付夕刊、第3版、第14面]。
これまでに見られた典型的な失業者をはじめとする貧困層とは異なり、
先進国で見られる新しい種類の
貧困として2006年以降、問題視された。
ここでは特に断り書きがない限り、
日本での事例について述べる。
不明確な定義
ジャーナリズムから出た用語であるため学術的な定義があるわけではなく、政府としても明確な定義づけを行っていない。
2007年10月4日の第168回
通常国会本会議で
福田康夫内閣総理大臣(当時)は
「いわゆるワーキングプアについては、その範囲、定義に関してさまざまな議論があり、現在のところ、我が国では確立した概念はないものと承知しております。これまでに、いわゆるワーキングプアと指摘された方々は、フリーター等の非正規雇用、母子世帯、生活保護世帯等でございまして、このような方々の状況については、既存の統計等によりましてその把握に努めるとともに、働く人全体の所得や生活水準を引き上げつつ、格差の固定化を防ぐために成長力底上げ戦略に取り組むなど、対応を図っているところでございます。」
と答えた
[第168回国会本会議第5号(衆議院会議録情報)]。
厚生労働省の勤労者生活課長は、2007年7月31日の「平成19年度第3回目安に関する小委員会議事録」において、
「ワーキングプアということ自体の確立した定義がないので、どこがワーキングプアとは統計的にはなかなか言えないものです。」
と述べている
[平成19年度第3回目安に関する小委員会議事録(厚生労働省、2007年7月31日)]。
経緯
1990年代以降の
グローバリゼーションの流れに対応して、政府・財界の主導のもと、労働市場の規制緩和・自由化がすすめられた。派遣労働の段階的解禁はその表れだが、その他
パートや
契約社員含め、
非正規雇用の全労働者に占める割合は90年代後半以降一貫して増え続けている。これら非正規雇用は企業にとっては社会保障負担の軽減や、雇用の調整弁としての活用という点で、人件費を大幅に削減することを可能にする。したがって、労働者から見ると、多様な就業形態を可能にする一方で、雇用の継続は不安定で、
雇用保険や
労災といった社会保障も正社員に比較して不十分であることが少なくなかった。
他方、90年代の日本経済は長期停滞にあえぎ、リストラなどで職を失う労働者が続出した上、「
就職氷河期」と呼ばれる世代は就職活動において正規雇用として職を得ることが困難となり、非正規の不安定な形で職に就くことが少なくなかった。日本の雇用慣行では新卒として正社員の職を得られなかった場合、その後に安定した職業に就くチャンスが少ないため、氷河期世代にはその後も長らく非正規雇用として働き続けている者も多い。
こうして、労働市場の流動化と経済の長期停滞といった要因が複合的に絡み合い、ワーキングプアに代表される低賃金労働者が増えていったと考えられる。
このような流れは少しずつ進行したが、大きく注目されたきっかけはNHKによる
#ドキュメンタリーの放送である。
規模
ワーキングプアにあたる
所得の
世帯数は
2002年現在、日本全国で約650万世帯ほどと推定され
2006年以降、
社会問題として採り上げられるようになった。推計根拠は
総務省の
就業構造基本調査。これに基づいて試算すると、ワーキングプアの規模は次のとおり
[朝日新聞 2006年11月4日・週末特集be-b(青色)の「be word」という記事による。執筆者は後藤道夫・都留文科大学教授。元の正式論文は「過労をまぬがれても待っている「貧困」」 週刊エコノミスト 2006年7月25日号、P34〜36]といわれている。
労働者単位で見ると
民間企業で働く
労働者の平均
年収は、
1997年には467万円であったが、以降は減少傾向で推移しており、2006年の平均年収は435万円と9年連続で減少した。また、年収200万円以下の労働者も増加しており、2006年には1023万人、労働者全体の22.8%を占め、
1985年以来21年ぶりに1000万人を突破した
[平成18年民間給与実態統計調査(国税庁)]。
人件費削減
ワーキングプアが大量に発生した要因として、企業の人件費削減の流れが指摘されている。
企業は
などにより、総人件費の抑制を図った。企業が労働者に支払った給与の総額は、1997年には221兆円であったが、2007年には201兆円にまで減少している。
[国税庁『民間給与実態統計調査』]。なお非正社員への置き換えについては製造現場への派遣行為を禁じていた
労働者派遣法旧規程が2006年に緩和された事による、大企業の製造現場における
偽装請負といった法令違反も発覚した。
賃金水準の抑制
労働者の賃金水準は、低下傾向にある
[国税庁『民間給与実態統計調査』]。
賃金の高い正社員の新規採用を減らす
新規採用の減少については、
リクルートワークス研究所の公表資料を参照。
正社員の採用については
新卒が主流なため、新卒で
就職できなかったりあるいはいったん正社員となっても自発的な
離職、
倒産や
リストラなどの非自発的離職で職を失うと特別な技能や
国家資格などがあるか、即戦力となれるだけの
経験・技量がある(と
求人先に認められた)場合を除き
定職に就くのは厳しい。また
派遣・アルバイト等の経験がどれだけあっても責任ある仕事を任されないためキャリアとして認めない傾向が強く、正社員への道は極めて狭い
[正社員になりにくいことの出典としては、朝日新聞 2006年11月4日・週末特集be-b(青色)の特集記事がある。渋谷のヤング・ハローワークの話として「即戦力を求めがちな企業側はアルバイト経験しかない人材を好まない傾向」があり指導官が「未経験者でも育ててゆく姿勢でもう少し門を広げてほしい」と述べているが、これは法的な強制力を有するものではない。他にも同趣旨の記事は多く報道されている。単行本では岩波新書『格差社会』(橘木俊詔)や『労働ダンピング』(中野麻美、2006年)などを参照されたい。]。
非正社員を増やす
非正社員の増加は、企業
収益に関わらず、コスト削減等の競争力を維持を行いたい企業は非正社員でまかなえる業務は非正社員でまかなおうとする傾向があるため、構造的なものと言える。例えば、
コンビニエンスストアにみられるように企業間のサービス競争の中で
深夜労働で、かつ
最低賃金(+
割増賃金)でしか雇用しないなど過酷な勤務も増えた。
グローバル化により低賃金の
中国人労働者などが競争相手となるため(累計経費を抑えられる海外発注にされる)、
下請企業が受け取る代金は低下圧力を受けた。特に
零細企業でその傾向が激しい
[『NHKスペシャル』「ワーキングプアII 努力すれば抜け出せますか」(2006年12月10日放映)]。
アメリカではプログラマーなどの専門職ホワイトカラーですら人件費の安い中国、インドなどに仕事を奪われ、ワーキングプアに陥るケースが続出した。そのため、景気が回復しても安価な中国人労働者との競争の問題が克服されない限り非正社員が減るとは限らない。
所得階層別の推移
所得階層の推移を見ると1998年以降、年間所得が300万円以下及び2000万円以上の階層の給与所得者が増加する一方で中間階層では給与所得者が減少している。
所得階層別給与所得者数の推移(単位:千人)
| 区分 | 1998年 | 2005年 | 推移 |
| 〜100万円 |
3,294 | 3,555 | 261 |
| 100〜200万円 |
4,639 | 6,257 | 1,618 |
| 200〜300万円 |
6,783 | 7,104 | 321 |
| 300〜500万円 |
14,705 | 14,104 | -601 |
| 500〜700万円 |
8,281 | 7,395 | -886 |
| 700〜1,000万円 |
5,178 | 4,374 | -804 |
| 1,000〜1,500万円 |
1,995 | 1,602 | -393 |
| 1,500〜2,000万円 |
394 | 335 | -59 |
| 2,000〜2,500万円 |
79 | 101 | 22 |
| 2,500万円〜 |
98 | 109 | 11 |
| 合計 |
45,446 | 44,936 | -510 |
資料出所:民間給与実態統計調査(国税庁)
日本以外の国での事例
外国では一般に、ワーキングプアの定義について「
労働力人口のうち貧困状態の者」とされている。
アメリカ合衆国の
連邦労働省労働統計局は、ワーキングプアを「16歳以上で1年間のうち少なくとも27週間以上、職に就いているか職を探すかしているにもかかわらず、公的な
貧困線を下回る所得しか得られない者
[A (U.S. Department of Labor, Bureau of Labor Statistics, March 2002)]」と定義し、
1987年から調査を行っている
[A(MONTHLY LABOR REVIEW ONLINE, October 1989, Vol. 112, No. 10)]。2007年9月の報告書では、2005年のアメリカの
貧困率は12.6%(3,700万人)で、このうち770万人がワーキングプアであると述べている
。
韓国では
1997年の経済危機をきっかけに非正規化が一気に進み、韓国の非正規社員率は55パーセントで日本の過去最高である33パーセントを超えている
[『NHKスペシャル』「ワーキングプアIII 解決への道」(2007年12月15日放映)]。
台湾では、2007年時点で人口の約1%にあたる22万人がワーキングプアとなっており、その数は増加傾向にあるという
[「貧困層が22万人を越える、ワーキングプア増加が主因―台湾」 Record China 2008年2月26日]。増加の要因は、
派遣労働の増加にある
。
途上国の例では、
国際労働機関が「労働力人口のうち一日の
可処分所得が1US$以下の者」としている
。
各国のワーキングプア解決への取り組み
ワーキングプアは日本だけの問題ではなく、他の先進国でも既に同様の問題が引き起こされている。
韓国では「非正規保護法」という派遣社員(非正社員)の増加を規制する法案を成立させた。これは2年以上勤めた非正社員を正社員化させなければならないものであり、違反企業には最高1000万円の罰金という厳しい規制を課したものである。しかし現実には非正社員が2年勤務の法実施の直前までの期間雇用とした上で再雇用をしないという手法で正社員化を阻止する事例が増えており、非正規雇用の長期継続化が避けられる反面、雇用の継続自体を困難とする事態となっており、企業側にとっての抜け道と不備がある法案で実質的にはあまり効果が出ていない
。
アメリカでは州立大学に企業の講師を招き、最先端バイオテクノロジーに関する授業料を格安で低所得者に学ばせ、地域の安定した労働者に育て上げる取り組みがなされている。
イギリスでは若者に職業訓練を受けさせ、その期間中は生活費を支払い就職できるまで見守る取り組みが国を挙げてなされている。
日本ではワーキングプアに陥りやすい
母子家庭の自立支援策として
高等技能訓練促進費(養成期間の後半三分の一に一定額の給付を行う)という資格補助制度が導入されている。しかし実態に即していない等の批判があり、予算の執行割合も低い
[「母子家庭「使えぬ」就業支援」 朝日新聞 2007年10月22日]。
ドキュメンタリー
このドキュメンタリーは3年以上にわたり、4つの家族に密着して取材している。
脚注
文献
著者は
ホームレスの支援を行なっているNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」、及び
貧困問題の解決に取り組む「反貧困ネットワーク」事務局長。
-
布施哲也『官製ワーキングプア―自治体の非正規雇用と民間委託』2008年6月、ISBN-10: 482280870X
関連項目
外部リンク
ワーキングプアについて