みなさんこんばんは。サードです。
忙しくてなかなか投稿できなくてすみません。最近のやりと
りを読ませていただいて、ちょっと考えたことを書きます。
人間の意識を「意識を意識する意識」と仮定します。
我々はただやみくもに考え、話し、行為しているだけではあ
りません。意識のあり方を意識自身が意識し、他者に向かっ
て発した言説、振る舞いについて、その妥当性を問うことを
やめられないのが、人間の意識というものでしょう。
自分が何と関わり、何をしようとしているのか。意識は常に
日常的な生活世界に向かいつつ、同時に意識の内容それ自身
と、そしてまた自らが志向する生活世界との関わり方を問わ
ざるを得ません。
意識の関心事は、一方で衣食住といった自然な生活上の問題
へと向かいつつ、またその一方で行為の意味や、判断の妥当
根拠といった、より高次の、言語と象徴の次元へと遡ってい
きます。
意識を意識する意識、とりわけ哲学的思考が言語を重要視す
るのは、そう考えてみれば当然のことです。哲学的思考とは
まさに言語的意識の別名でありましょう。
その意味で、みな哲で最近、議論の過程において情緒よりも
論理を、発話主体よりも発語行為そのものを重視し、表現の
社会性と相互行為性の観点から、ルールへの配慮を強く意識
する人たちが増えてきたのは、誠に歓迎すべきことであると思
います。こういう風潮はぜひ大事にしたいものですね。
さて、以上に関連して先日ぼんやり考えたことをひとつ。実
験的にこんなトピックを立てても面白いかなと思いまして。
人称の使用を禁じた上で哲学を語るトピックです。「私」
「あなた」「おいら」「あんた」、こういうの全部ダメとい
うことにして語るわけです。なおかつ論文じゃなくて会話で
ね。
ついでにトピック限定で「思います」と「個人的に」という
のも禁止したらどうかとかいろいろ思うんですけど、まあ、
もうちょっとぼんやり考えてみます。
それではまた。