Masaさん、みなさん、こんにちは。
> うーさん、みなさま、こんにちは。Masaです。
>
> > うーさん wrote as follows:
> > 格差が無いことは文明社会にとって絶対的な価値です。これは譲れない。
> > 格差がある方が経済が発展するというのは学問的に全く間違っています。
> > 亀井静香の格差批判は正しい。
> > 自然に任しておけば都市が地方より裕福になるのは当然のこと、
> > なぜなら、裕福を求めて都市に人口が集まるのですから。
> > だから地方格差は政治で解決しなけらばならない。
>
> 地方は地方で出来るだけ自助努力でやっていくことが前提でしょう。
> 基本的には、人口が拡散して薄くなっている状態よりも、ひとつの所に集っているほうが経済効率がいいです
。
> 地方の過疎地を何とかしろ、という声がしばしば上がりますが、はっきりいって過疎地はあきらめたほうがい
い。
> 都会的便利さを求めるのならば、過疎地を捨てて都会に出てくればいい。
> 限られた財政の中で、都市に集中的に資本投下したほうが効率はいいです。
> その点で、石原慎太郎都知事の言っていることに賛成です。
> 確か、東京はダイナモとか言っていたと思いますが、都市もグローバル競争の時代です。
日本人はもともと公平→連帯感→治安→民の豊かさ、という流れを尊びます。
「高き屋に のぼりて見れば 煙(けぶり)立つ 民のかまどは にぎはひにけり」(新古707)
仁徳天皇が、高殿に登って国のありさまを見わたすと、民家のかまどから煙がたちのぼっている。
民の生活が成り立っていることをうれしく思う。
近くではバブルとバブル破裂以前の日本経済は正に公平で経済成長が目覚しいものでした。
これは中国が公平を犠牲にして経済成長を成し遂げているのとは大いに異なるものです。
ここで、一旦、観念論を停止します。
観念論を持ち出すまでも無く、純粋に経済学的に客観的に考えても、公平=民の豊かさ、です。
民の豊かさ(一人当たりGDP)は一体何によって決まるのでしょうか。生産力でしょうか、消費力でしょうか。
それを端的に説明するには富裕国と貧困国を比較すればよいですね。
http://kouzumi2.up.seesaa.net/misc/GDP_Gini_Unemployment_Graph_354_image001.gif
各国データの分布図
横軸=民の豊かさ(一人当たりGDP)
縦軸=ジニ係数(不公平度合い)、失業率
分布図では解りにくいですが傾向線を引くと、貧困国では民の豊かさ(一人当たりGDP)は
ジニ係数に殆ど無関係ですが、失業率には強い関係性があります。
富裕国では弱いとは言え、民の豊かさはジニ係数にも失業率にも関係性があります。
この違いは一体何でしょうか。
貧困国においては民の豊かさは生産力が決定する。なぜなら、失業は生産力を低下させるから。
富裕国においては生産力が充分すぎる程在るので民の豊かさは生産力ではなくて消費力によって
決定される。なぜなら、失業によって生産力は大して減少しないが、失業によって消費が減少する。
富裕国においては失業と同じ程度にジニ係数(不公平度合い)も消費に影響し、民の豊かさを決定する。
ですから、ジニ係数(不公平度合い)が高くなると、消費の減少のみならず、トドのつまりは、
生産力の減少に繋がって、貧困国に転落する。
これで、ジニ係数(不公平度合い)が民の豊かさにとって重大なものであることが解かるでしょう?
http://kouzumi2.up.seesaa.net/misc/MRA_Shouhi_Gini_6_25164_image001.gif
日本経済の時系列データ。
民の豊かさ(家計最終消費支出前年対比)と、失業率およびジニ係数はおおむね反比例しています。
これによってもジニ係数(不公平度合い)が民の豊かさにとって重大なものであることが解かるでしょう?
公平であらねばならないという精神論(それは日本の伝統的な倫理ではありますが)は別にして経済学的にも
公平は民の豊かさの源泉です。日本は富裕国ですから生産力ではなくて消費力経由で豊かさが決定されます。
ですから税制によって公平を目指すことこそ国民経済全体にとって「善」なのです。
「働かざるもの食うべからず」とか「自己責任」などと言う方が観念論なのです。
> 便利を求めるのならば都会、自然の豊かさを求めるのならば過疎地や地方でもいい、その代わり都会で享受さ
れる
> 便利さはあきらめてくれ、ということです。
> 要は選択の問題だと思います。
個人の生き方の問題ではなくて、国民経済の運営が問題なのです。
> 東京、大阪、名古屋、福岡、仙台、札幌などの各地方の都市により集中的に資源を投下して、できるだけそこ
に人に集ってすんでもらう。
> 人口が減少いていく時代には、そういう発想が必要だと思います。
経済力を東京に集中する方が経済が発展するなどと言うのは「空論」です。
なぜなら、生産力ではなくて消費力が日本の経済成長を決定するのだから。
私は心情的には共産主義者ですが、従来の共産主義者のアホさ加減には愛想がつきました。
経済学に無知なのは仕様が無い。なぜならマルクス経済学が噴飯ものだったから。
でも、共産主義者なら根本的には民主主義・自由主義を愛し・擁護すべきなのに、
これに全く反している旧ソ連・中国・朝鮮に親愛を示すとは一体何事か!!
あいつ等は今も昔も、ロスケ・チャンコロ・チョンではないですか。
朝鮮人が左翼を牛耳っているに違いない。バカバカしいにも程がある。
> 夕張破綻にからんでのマスコミ報道を見てつくづく思います。
> 「夕張を何とかしよう」「夕張を救おう」「夕張の皆さん頑張ってください」
> やはり、と思いましたね。
> 思ったとおり、日本人は自己責任原則を貫徹できない国民です。ある種の温かさ、思いやり、それはいい点で
もありますが。
「ある種の温かさ、思いやり」はそれ自体素晴らしいことですが、それ以上に国民経済の要なのです。
> ただし、私ならば、「夕張を捨てて、他へどんどん移っていってください」といいたいですけどね。
> 企業ならば、倒産すれば、社員はそこを出て、他に移っていきます。
もともと狭い国土なのに、それは「もったいない」ことですよ。
旧自民党(今は国民新党)は時代の要請に従って、その時代なりに、国富を上手に分配してきたのです。
その方法(政府直轄事業)が有害無益になっていることは事実ですが、国富を上手に分配するということ
自体までも否定してはいけない。
> だめになった町にしがみ付いているよりも、そこを出て、他の町に行って、夕張では得られなくなった公的サ
ービスを
> 新たな町で得るようにしたほうが、国全体からすると効率的なのではないか。
生産だけが効率的になっても消費が効率的でなければ民の豊かさは実現できません。
> つまり、分散投資よりも、集中投資です。ある一箇所の場所に高速道路を作り、鉄道を通し、そこにほとんど
の人が
> すんでくれたほうが、金の使い方としては効率的です。ある一箇所を集中的に便利するということです。
>
> 都市と地方の格差というとき、これをどう考えればいいのか、私自身まだ考えがまとまりませんが、
> 従来のような地方も都市のような便利さを実現してほしいという要求に応えるやり方では、だめなんではない
かと思います。
> そういう田中角栄型の所得分配方式では、財政がもたない。亀井静香も、所得分配型の政治家でしょう。
田中角栄型の所得分配方式が行き詰ったのは政府直轄事業の失敗によるものです。
おなじ地方にバラマクのでも産業ではなくて消費者にバラマイておれば公共事業から民生へと
市場の原理で移行できたはずです。
安倍政権のバウチャーがそれです。
政府が生産面を牛耳ることは共産圏崩壊と同じ経路で崩壊するのです。
> そうではなくて、都市的な便利さを享受したいのならば、都市に住んでほしい、ということです。
> 都市のほうに来てほしい、ということです。
私個人はそうしておりますが、国民経済を運営する立場であれば、そんなことは許しません。
> おそらく、少子高齢化や巨額な財政赤字の現実を直視すれば、
> 日本にはそれほどの余裕はない。それほどの余裕がないどころか、まったく余裕がないのではないかと思った
りします。
これはただ今考え中。
> 日本のいたるところにおいて 便利と経済的豊かさを均等に実現することは出来ないと思います。
程度の問題ですけど、公平な方が民の豊かさを推進するということは経済学的な真理です。
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