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イラクの女性は今一度の解放を求める

投稿者:uruknewsさん  2013/01/27 23:22  MLNo.2107   [メール表示]


イラク情勢ニュース
2013年1月27日

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イラクの女性は今一度の解放を求める
Iraqi Women Seek a New Liberation
By Karlos Zurutuza
IPS - Arabs Rise for Rights INTER PRESS SERVICE
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バグダッド発、2013年1月16日

 1970年代には識字率100%を誇っていたイラクでは、今や女性の識字率が40%にまで低下した。1959年には中東諸国で初めての女性首相と女性判事がイラクに誕生したが、今では異常なまでに未亡人が増え、かつ、未成年女性の結婚が異常に増えている。(このインタビューに応じた)ハナア・エドワードは、イラクで再び女性解放を勝ち取るために奮闘している。

 問 アル・アマル協会は、女性の権利を守るために、どのような活動を行っているのか?

 答 アル・アマル協会のおかげで、私たちはイラク女性協議会と事務所を運営することができ、多くの国際組織と一緒に、さまざまな活動を行い、各地の地域レベルの女性団体のなかで奉仕活動を取り組んできた。その中で最大の成果は、国会において全体の24%を女性議員が占めていることである。そして今、私たちは個人の自由を守るために、「アラブの春」という新しい枠組みのなかで、新しい活動をおこなっている。

 問 現在、イラクの女性にとって最も切実な問題は何か?

 答 イラクの人口の55% が女性であるのに、私たちはもっぱら男達によって運営される社会に生きている。女性がリーダーを努める政治団体を見たことがないし、政府組織でも女性が高い地位に就くことはない。そして、地方において女性が疎外されている理由は、政治的な背景ではなく、文化的な要因だと言えるだろう。
 痛ましいことに、イラクにおける未亡人女性の半数は、戦争によって生み出された。2003年のイラク戦争より以前にも未亡人女性はいたが、その数は2003年のイラク侵攻後に急増した。彼女たちの生活環境はひじょうに悲惨で、1万円の年金では生活するのは厳しい。

 問 社会進歩という点では、イラクは中東において先駆的な国だったのではないのか?

 答 1959年には、中東諸国で初めての女性首相と女性判事がイラクで誕生した。この年の最大の成果といえば、個人の地位を認める法律が成立したことで、その法律によって、結婚は法にもとづいて決められることになった。今日、結婚は法律にもとづくものでなくなったために、女性の地位がおびかされ、子どもまで巻きこむ法律問題が生じている。

 子どものことで言えば、少女たちはしばしば10歳か12歳にもならないのに、結婚を強制されている。それはイランから輸入された制度で、「仮の婚約」と呼ばれている。家庭における暴力犯罪は、政府が無関心を装っているために、増え続ける一方である。
政府が宗教的な統制を強めているので、服装の規制が厳しい。イスラム的なベールであるヒジャブを着用してない女性は差別され、子どもは学校から排除されるし、母親は就職することもできない。

 問 国会議員に女性が増えたことで希望は見えないのか?

 答 女性84人が国会議員になったので、全議員の25%を占めるようになった。しかし、彼女たちの多くは各政党のリーダーと親密なために当選したわけで、実力によって議席を獲得したのではない。しかし、楽観はできないが、多数の女性が責任ある地位に就いていて、その出自が女性であるという事実は動かない。

 問 イラク政府には女性省があるが、役に立たないのか?

 答 それは「女性省」と呼ばれていて、「女性・家族省」に変更する議案が提出されている。そこにイラクの女性が演じるよう強いられているべき役割が規定されている。とにかく、私たちは「女性のために役所」という発想に反対している。女性の抱える問題は、ある特定の役所に限定されてなく、社会全般にわたっているからだ。そのうえ、女性省の予算はひじょうに少ない。

 問 最近、複数のNGO幹部がイラク人女性の自殺の急増を指摘し、女性器が切除されていた(FGM)というレポートもあるが?

 答 「自殺」は殺人を隠すためで、それによって遺族は一族の「名誉」を保っているケースが多々ある。(2003年以後の)イラクの裁判制度では、「家庭内の問題」と見なされると刑事訴追を免責されるためだ。FGM事件はクルド自治区であるアルビルの一部やキルクーク、スレイマニヤ州の辺鄙な地域で発生しているが、他の地域ではほとんど見かけない。

 問 宗派・民族による分割はイラク人女性と社会全般にどのような影響をもたらしたか?

 答 2006年に始まる宗派対立と憎悪は人為的に作られたもので、イラクを分割し、暴力と恐怖心でイラクを支配するというハイレベルの政治判断から生まれたものだ。主要政党間の対話は閉ざされ、宗教・宗派の役割が大きくなったこともイラク社会を窒息させている。多くの家族が娘を異なる宗派の者に嫁がせたくないと考えているが、そのようなことはイラク社会では新しい現象なのだ。(2003年までは見られなかった)

 問 この春、イラクが侵攻されてから10周年になる。2003年以後に、何可が社会的に改善されたと言えるだろうか?

 答 (2003年に)イラクが侵略されてから、自由に思索することがタブーとなったのと同じように、私たちは国際的な世界から隔絶されてしまった。2003年より以前には、政治に異を唱えたり、市民組織を立ち上げたり、外国と接触したりができないだけだった。しかし2003年に侵略されて、祖国が壊滅されて以降は、国教はテロリストたちに解放され、国内の民兵組織もシーア派とスンニ派に生まれた。治安の悪化と安全の欠如だけが常態と化してしまった。今、私たちは途方もない政治危機に直面している。30年続いた独裁に替わって登場したのは、役立たずの政府しかない国である。

(訳:山本史郎)

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