こんにちは。杉本です。
TheServerSide.NET に、ウォード・カニンガムのインタビューがのっていまし
た。パターンやXP(特にペアプログラミング)について語っています。
パターンに関連して、アーキテクトの不要論についても触れています。
http://www.theserverside.net/talks/index.tss
興味深いと感じたのでパターンに関連した部分を以下に訳してみました。
ご関心があれば。
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(聴き手)・・・あなたは、「アーキテクトは不要」と言っていますが、それは
どういう意味ですか?
私が本当に言いたいのは、全てのプログラマがアーキテクトでなくてはだめだ
と思う、ということなんだ。アーキテクチャは極めて大事なので、誰もがいつで
も気にかけていなければならないし、アーキテクチャを良くする責任を自分も負
っていると考えなくちゃいけない。そうした責任を特定の個人に集中させるのは
大間違いだ。もうひとつ、アーキテクチャの練習、という点がある。本当に重要
なことが起きるのは前もって予測できないことが多い。だから、開発中そうした
ことが起きたときに、自分が直面しているのはアーキテクチャに関わる問題なん
だと認識できること、そして、アーキテクチャに関わる問題に対処する心積もり
をしておくということが、パターンムーブメントの核心にあると私は強く思って
いるんだ。誰か経験のある人を雇いたいとわれわれが言うとき、じっさい、経験
を積むことによって彼らが何を手に入れたと、われわれは考えるのだろう。パタ
ーンでもって手に入れようとしているのはそれだ。つまり、理論的にどうかとい
うことはわからないが、実際、うまくいく、というものなんだ。
(聴き手)そうした経験を成文化するというようなことですか?
確かに、われわれが始めたムーブメント、始めたのはもう十年以上前だけど、
これは、経験を採りあげて書き下し、整理し、人々が本を読むことによって経験
を自分のものにできるように(といっても、自分で経験する以上のやりかたはな
いのだけど)利用可能な形にする、そうするための方法を見つけることに焦点を
置いたものだったし今もそうだ。その目的からすると、われわれは、形式に少し
重点を置きすぎて、実体験に対する重点の置き方が十分ではなかったかもしれな
い。しかし、もし十分な材料を用意して十分にたくさんのパターンが書かれれ
ば、パターンを本当に必要としている人々は良いパターンとそうでないパターン
に見分けをつけるだろうと、私はずっと感じていたんだ。
(聴き手)クリティカル・マスを達成したということですか?
パターンのすてきな点は、どうやるかはみんな知っているということがらを何
か採りあげて、それに名前をつける、ということなんだ。そうすると、たくさん
の人がそれを見て言う。「このやり方は知っているよ。ただ、僕はこんな名前で
呼びはしなかっただけだよ」。これは避けようがないんだ。それで、そんなに時
が経たないうちに人々はその名前でそのパターンを呼ぶようになる。そうなる
と、「これは本当に望ましいのか、そうじゃないのか」っていう議論ができるよ
うになる。うまい例はシングルトンだ。シングルトンはとてもシンプルなアイデ
アだ。だけど、たくさんの人がシングルトンを身につけた。たくさんの人が、た
くさんのシングルトンを取り入れてきた。だから、今では、非常に明確に意見を
述べている最中であっても問題なく、「そうだね。私はシングルトンにはあまり
感心しないな」と言うことができる。その反対に、以前には同じ内容をこれほど
正確に言う手立ては無かったんだ。
(有)ウォーターマーク・アプリケーションズ
杉本 啓