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記憶についての新たな考え方

投稿者:kokinさん  2012/01/21 08:39  MLNo.10668   [メール表示]

野元です

先日は、投稿がダブってしまい失礼しました。普段、私は、アップ
ルMailで投稿しているのですが、突然投稿ができなくなり、freeML
に問い合わせたところ、マック特有のテキストエンコーディングの
問題だろうという返答でした。この返答が正しいのかはわかりませ
ん。ちなみに、10665の投稿はMAC-OS10.6のアップルMail
でOKでした。10666は夜中に投稿したことになっているのです
が、実際に送信操作したのは前日の朝10時前です。この時間帯に
テキストエンコーディングを換えて3回ほど送信したうちの一通だ
けが、17時間ぐらいたってから到着したようです。このとき使用
したのは、MAC-OS10.5のアップルMailでした。原因は今のとこ
ろ不明ですが、参考までに。



記憶についてもう少し考えてみましょう。常識的には、記憶(宣言
的記憶)は、ある対象がそのままの形ではなく、情報的に間引きさ
れるような形で複製されて、その対象のラフなイメージが脳内に書
き込まれ、短期的(あるいは長期的)に蓄積される感じ、とでも言っ
ていいのかも知れません。そして、状況に応じて、そのラフなイメー
ジが脳内から検索されて再生される。

脳科学においては、LTPが記憶の基礎的過程であり、海馬は、宣言的
記憶を形成するにあたり、必要不可欠な重要な器官とされています。
おそらく、このこと自体は正しいのでしょうが、私が納得できない
のは、記憶の解明に際し、あまりにも微視的なアプローチとも言え
る研究が多すぎるのではないだろうかということです。それに、さ
もLTP=記憶であるかのような記述が多いということです。LTPと記
憶の関連については、電気とコンピュータの関連とおなじようなも
ので、LTPは記憶全般を説明できるようなものではないし、記憶形成
を説明する必要条件の一部程度のものではないでしょうか。もう少
しマクロな視点やシステマティックなアプローチが欲しいような気
がします。

たとえば、先日も書きましたが、そもそも記憶とは何なのかといっ
た素朴な疑問から始めるべきだろうと思われます。研究者の方々は
いったい「記憶」をどのように定義しているのでしょうか。おそら
く、上記の常識的な見方を掘り下げて考察した人はほとんどいない
のではないでしょうか。

とはいっても、天才的な思考力を持っていない限り、自力で「記憶
とは何か」について深く考えるのはなかなかできる相談ではありま
せん。やはり、先人たちの努力を活用するのが一番です。先人とは
もちろんベルクソン(主に『物質と記憶』)のことです。私の場合
はベルクソンですが、ベルクソンでないといけないというわけでは
もちろんありません。自力で考えていいし、他の誰かの考察を参照
していいわけです。

『物質と記憶』における記憶や知覚に関するベルクソンの考え方は、
一見して奇異な感じがしないでもありません。いまから100年以
上前に書かれた本なので、科学的にどうかという点もあります。し
かしながら、ベルクソンの本質を洞察するかのような思考をまのあ
たりにすると、現代の科学者たちの思考が陳腐に見えてしまうので
す。ベルクソンは哲学者ということになっていますが、科学者でも
あり、当時の生物学や脳科学の知識は十分すぎるほどのものを有し
ています。

ベルクソンは、記憶にたいして、われわれが理解しているような常
識的な考え方をとりません。何度も紹介しているように、彼は脳に
は記憶は存在しないと言うわけです。たいていの人はそんな馬鹿な
ことがあるかといった反応を抱くと思います。われわれがベルクソ
ンの洞察を理解できないのは、われわれの偏見にあるのです。つま
り、記憶というものに対する常識的見解という偏見です。哲学者は、
常識的な見解から思考を開始することはないのです。

対象のラフなイメージが複製されて脳のどこかに蓄積されるといっ
た記憶の常識的な見解を、いったん保留にして素直な気持ちで『物
質と記憶』を読むと、何やら響いてくるものがあるのではないでしょ
うか。ベルクソンは、失語症の症例をくまなく検討した上で、記憶
は脳内に存在しないとという結論に至ります。

詳細は『物質と記憶』を読んでいただくとして、ベルクソンに触発
された記憶のあらたな定義を作成しておきましょう。以下はベルク
ソンの考え方そのものではありません。

対象のラフなイメージが複製されて蓄積されるといった意味での記
憶は脳内に存在しない、という理解はベルクソンと同じです。この
ようなイメージが脳内に形成されることはないということです。形
成されるのは、いわゆるコードであってイメージではありません。
脳内で行われているのは記憶イメージではなくコーディングです。
通常、われわれが「記憶」と言っている現象は、脳内においてはコー
ディングという神経回路の形成であるはずです。LTPも神経回路だと
言う研究者もいるかもしれませんが、LTPとは異なる意味での神経回
路の形成です。新たなシナプスネットワークの形成です。このネット
ワークを活性化させるのがLTPであるいう位置づけになります。

どのようなシナプスネットワークかというと、それは知覚から行為
に至るネットワークの形成です。例えば宣言的記憶は知の形成でも
ありますが、単に知識に止まるのではなく、記憶というものは行為
に関わるものであるということです。知覚から行為に至るネットワー
クが形成されてはじめて記憶というものが成立するという考え方で
す。ですから、記憶形成の過程においては、対象のラフなイメージ
が複製されて蓄積される必要はありません。イメージなどなくても
かまわないです。ただ、コードらしきものは必要です。脳内で形成
されるコードの一般的な形態はまだ解りませんが、脳内では特殊な
コーディングが行われているようです。このコーディングという神
経回路の形成が「記憶」と呼ばれているものです。


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  • MLNo.10669   "野元 "さん  (0) 2012/01/23 06:33  [メール表示する]
    野元です。10668の続きです。

    10668では、「記憶」をコーディングという神経回路の形成で
    あると定義しました。コーディングとは知覚から行為に至る一連の
    プロセスのコード化のことです。このコード化はかなり複雑です。

    システム設計におけるファイル設計の際のコード化は必要不可欠で
    すが、この場合のコード化は、例えば、商品コードのようなものは
    単語レベルのコード化です。それに対し、「記憶」のコード化はプ
    ロセスのコード化であり、いわば文章レベルのコード化であって、
    通常のコーディングではありません。そういう意味でもかなり複雑
    なコード化になります。世の中に法律の条文がどのくらいあるか分
    かりませんが、大量の条文に対してそれぞれ対応するコードを作成
    するような感じになります。「記憶」とは、知覚から行為に至る多
    様で複雑な神経回路というプロセス(条文)のコーディングなので
    す。

    記憶の形成がコーディングで説明できるとしたら、記憶の保持や再
    生はどのように説明できるのでしょうか。記憶の形成は神経回路の
    形成なので、ここではつまり、「記憶形成=記憶の保持」というこ
    とになります。形成された神経回路自体が記憶なのですから、複製
    イメージが作成されてそのイメージが回路に保持されるといったよ
    うなものを想定する必要がないわけです。

    非常に重要なことですが、このプロセスには表象がありません。ク
    オリアも出現しません。記憶というプロセスには表象もクオリアも
    必要ないのです。

    では、記憶の再生はどのようになるのでしょうか。記憶の再生とは
    なんらかの<行為の実現>ということになります。行為とは身体行
    為のことです。この行為には言語行為(発話)も含まれます。心の
    中に想ういわゆる内語という想像行為も<行為の実現>に相当しま
    す。

    具体的に考えてみましょう。顔は覚えているが名前が出てこないこ
    とはよくあることです。記憶の再生がうまく機能しない例です。記
    憶とは、行為に至る神経回路の形成なので、この事例は、名前を言
    う手前、発話の一歩手前における神経回路の遮断ということになり
    ます。

    問題は、「顔は覚えている」ということをどう理解すべきかなので
    すが、このとき、脳内に顔のイメージが再生されているのかどうか
    という問題です。つまり複製された画像のようなモノが脳内に形成
    されてはいるが名前は言えない、という状態なのかどうかというこ
    とです。信じがたいかもしれませんがイメージは形成されません。
    これは「会ったことがある」という行為の記憶であって、イメージ
    の記憶ではないのです。

    したがって、「記憶」とは、身体的な記憶であって、すべて行為に
    還元されるということになります。

  • MLNo.10670   kokinさん  (0) 2012/02/02 06:51  [メール表示する]
    野元です

    もう少し「記憶」にこだわってみましょう。先日、私は記憶のプロ
    セスにおいて心的イメージの保存や再生を否定し、記憶は、感覚か
    ら情動や言語を経由して運動(行為)にいたるプロセスのコーディ
    ングの形成であるとしました。

    記憶が増えるということは、新たな行為が可能になるということで
    あり、記憶の再生がうまくいかないのは行為の縮減にほかならない。
    であれば、記憶の過程は全て行動のプロセスに還元できることにな
    ります。この過程にはイメージや表象といったものが介入する余地
    がありません。

    新しい「記憶」の定義などと息巻いておりますが、このような考え
    方はわりあい昔からあるようです。ご存知の方も多いと思いますが、
    いわゆる行動主義と言われる人たちの考え方と似ていると感じた方
    もおられるかもしれません。とは言っても、刺激・反応図式で一括
    されてしまうような古典的な行動主義ではもちろんありません。徹
    底的行動主義と呼ばれているスキナーたちとも一線を画したいと思
    います。 私の場合は「自発性」を看板にしておりますから、行動主
    義とは似て非なる考え方になります。

    アメフラシの中枢神経にはニューロンが二万個ぐらいしかないそう
    です。アメフラシには言語機能はもちろん、情動の機能もなさそう
    です。ですからアメフラシの行為は情動や言語を経由することなく
    感覚ニューロンと運動ニューロンが直結しています。なので、アメ
    フラシの記憶は、行動パターンの記憶ということになります。当然
    ながら、行動パターンの形成と記憶が完全に一致しているわけです。
    感覚ニューロンと運動ニューロンの組み合わせの形成がアメフラシ
    の記憶形成ということになります。

    組み合わせのパターンは、感覚ニューロンと運動ニューロンの対応
    関係にもよるのでしょうが、数値上は結構複雑なパターンを形成す
    ることが可能になりますが、実際上は、単純な行動パターンに思え
    ることでしょう。たとえば、各色8ビットで可能な色彩表現は約1
    670万色ですが、日常的にわれわれが区別している色は数十から
    数百程度区別できる言葉しか有していないのと同じようなものでは
    ないでしょうか。

    情動を有する生物の場合、感覚ニューロンと運動ニューロンの間に
    情動回路があるわけなので、彼らの行動パターンはかなり複雑にな
    ると思われます。情動がどのようなビットパターンで形成されるの
    か、パターン形成のビット数はどれくらいなのか、そもそも情動回
    路のニューロンの数はいかほどなのか、といったことは余り分かっ
    ていないと思われるので、数値的にも計算できないほど複雑なので
    はないでしょうか。人間の場合、さらに言語情報のネットワークが
    情動回路の前後に介在しますから、人間の可能性としての行動パター
    ンは、ニューロン単位で計算すると数値的には恐ろしいほどの数に
    なりそうです。

    行動パターンの形成を他の言葉で言い換えるなら、「学習」が最も
    適切ではないでしょうか。あらたな行動パターンを学習することは
    その行動パターンを記憶することでもあります。その逆も正しいで
    しょうから、学習と記憶は同義語と言えそうです。

    したがって、「学習」とは、抽象的な学習などあり得ず、全て具体
    的な行動に関わり、あらたな行動パターンの形成そのものである、
    と言うことが可能になります。「学習」も記憶同様、全てが行為の
    形成であり、新たな行動パターンの増加であり、身体運動の複雑さ
    の深化なのです。

    抽象的な観念や芸術的な直観はどうなるのかといった問題が出てき
    そうです。抽象的な観念は外的、あるいは内的な言語表現として実
    現してはじめて成立しうるものであり、芸術的直観そのもの規定は
    難しいですが、その直観が外的に表現されて、たとえば譜面として、
    あるいは、絵画として描かれてはじめて「学習」の成立と言えるで
    しょう。天才的な芸術家は、音楽であれ、絵画であれ、凡人にはと
    ても真似ができないほど複雑でかつ、とてつもなく器用な行動パター
    ンを有しています。天才的な芸術家の「手続き記憶」は、われわれ
    の記憶力を遥かに凌駕しているようです。






  • MLNo.10671   "marui"さん  (0) 2012/02/03 12:29  [メール表示する]
    横合いからなんですが、野元さんの投稿に便乗して、モドロジーの記憶仮説を再度ご紹介致します。
    下記のPDF文書 17ページ以降の「連想と対立の研究」を御覧下さい
    http://www.modology.jp/article/thesis.html?id=143
    「商品の流行学」1章 
    (「商品の流行学」:宮本悦也著・初版1976年ダイヤモンド社刊 一般書)

    上記文書にある「餅焼き網」は、磁気コアメモリー(初期のコンピュータの記憶装置)と考えると、縦横の交点に位置する磁気コアに相当するのが脳細胞ということになります。
    (http://www.columbia.edu/cu/computinghistory/core.html 「Core Memory」)

    この「餅焼き網」型の脳の記憶回路を「ミヤモト回路」と呼んでいますが、これが脳の記憶の基本構造と考えられています。このように、脳の記憶は回路(「ミヤモト回路」)でなされており、脳細胞そのものに記憶は存在しないということになります。

    さて、この上記PDF文書を理解するならば、クオリアの正体は明らかとも思えますがいかがでしょうか?
    クオリアをマルイなりに、再度、定義しますと、
    「クオリアとは、ある刺激によって想起された記憶が投射されたスクリーン回路の複合映像」となります。
    ※映像はスクリーンと言う言葉に対応させた言葉。スクリーン回路は、視覚を除き、各感覚器官に隣接して存在しますが、その(クオリア)情報は視覚スクリーンにも転送されます。例えば、聴覚のスクリーンから音情報が視覚スクリーンに転送されると、音によって色が見えるとか、「音を見る」というようなクオリアを感じることになります。各スクリーンの位置はハッキリしていませんが、視覚においては、第一視覚野(V1)が、視覚のスクリーン回路であると考えられています。

    スクリーン回路については、下記のPDF文書を読んで頂くと、その概要を理解して頂けると思います。
    http://www.modology.jp/article/thesis.html?id=10
    「記憶と概念」その科学常識と経験則の誤り
    http://www.modology.jp/article/thesis.html?id=35
    動物言語教育テキスト

    以下、辺縁系臓器についてモドロジー論文より抜き書き。

    ●線状脳は、すべての動物の「行動順序」と「食と性のテリトリー(縄張り)」を決定している。
    ●海馬によって、種ごとの先天的な、食と性の順序と行動が決定されている。
    ●扁桃体は縄張りの順序と行動を強制的に実行させるエンジンであり、線状脳と、海馬脳と先天的(誕生する前の胎内の中で)に固く連結している。そして、個人や国家までの、あらゆるテリトリー(縄張り、既得権)から誕生する後天的な自己防衛の概念と、後天的(誕生する後で)に接続される。
    ●線状脳と扁桃休と海馬臓器
    食と性のテリトリー線状脳について、もう少し説明しておこう。その無条件反射行動は動物種によって異なっている。その違いは、何代も繰り返されると、「海馬」に遺伝記憶される。その遺伝された記憶を、優先的に発動させる発電機が「扁桃体」である。線状脳と海馬と扁桃体を含む、大脳の真ん中に位置する空間を「辺縁系」とよんでいる。ヒトだけが、この海馬に大脳の条件反射(言語概念)回路を接続させ、無条件反射化する。この結果を原因に倒置思考すると、海馬が言語概念を記憶する臓器に見える。海馬は、言語概念を先天的に記憶している臓器ではない。言語概念の記憶は、視覚野と聴覚野にある。この位置と法則は「脳と心の物理的設計思想」で明らかにしているので、ここでは省略する。海馬が言語概念の記憶臓器であるという、間違った先入観が訂正されるためには、マダ20 年以上が必要と予測される。ヒトの脳の模型図鑑には、すべての動物に共通している「テリトリー線状脳」は、あまりに小さく存在すら無視されている。
    ●辺縁系(海馬・扁桃)臓器は、刺激の増幅器であり、感覚刺激を「敵/味方」に判定する。そして、闘争・萎縮・逃走の行動のための刺激を運動回路に増幅命令する。その時、他の神経回路の機能は停止・抑制されるためハニックを発生させる。
    ●言語概念記憶は後天的に辺縁系臓器と接続することにより、その条件反射的性質を、無条件回路化する。
    ●感覚器官は、(各感覚器官で処理済の)外部情報を大脳の感覚野毎にあるマップ回路(スクリーン回路)に投射する。そして、マップ回路と、あらかじめ接続している大脳内の場所に情報は分配され伝達される。その場所が辺縁系臓器ならば、すべての反射に優先する強力な無条件反射が発生する。
    ●感覚器官は、生命を維持するためにアラーム情報を発信する。このアラーム情報は、マップ回路やミヤモト回路(思考回路)を経由せずに、辺縁系臓器に直結している。この後天的と先天的な無条件反射は、死から防衛するために強烈な信号を全身に流す。その為、他の神経回路の作動は、一時的に停止させられる。これが、身体硬直・思考停止・パニック&闘争(失禁・卒倒)&闘争(攻撃)行動を、人間が無意識に発生させる真の原因である。
    ●辺縁系臓器は喜怒哀楽の感情と行動を発生。生命維持の生 / 死・愉快 / 不愉快 反射を発生。
    思考回路で合成されると、愛 / 憎・好き / 嫌い・美 / 醜・善 / 悪・敵 / 味方 反射発生。

    2012/02/03  マルイ 記

  • MLNo.10673   kokinさん  (0) 2012/02/04 07:19  [メール表示する]
    marui様

    野元です

     maruiさん
     この「餅焼き網」型の脳の記憶回路を「ミヤモト回路」と呼んで
     いますが、これが脳の記憶の基本構造と考えられています。この
     ように、脳の記憶は回路(「ミヤモト回路」)でなされており、
     脳細胞そのものに記憶は存在しないということになります。

    「脳の記憶回路を「ミヤモト回路」と呼んでいます」とのことです
    が、宮本氏は今でもそのようにお考えでしょうか。ひょっとして、
    考えが変わっておられるのではないでしょうか。というか、ニュー
    ロンのネットワーク構造は、ある程度、解明されているのではない
    でしょうか。ですから、「ミヤモト回路」は当時ままの「餅焼き網」
    型ではまずいような感じが気がします。回路の進化(深化)が必要
    だと思われます。

    データ構造の例でいえば、「餅焼き網」型の回路は、二次元のマト
    リックス構造、例えば、マイクロソフトExcelのデータ構造のような
    ものです。そして、マイクロソフトExcelは「餅焼き網」型の回路よ
    りも賢い。ご存知のように、Excelのようなデータ構造をした回路に
    さまざまな情報を記憶させることは可能です。ところが、複雑な情
    報を二次元のマトリックス構造で処理させようとすると面倒なこと
    になってしまうのです。不可能ではないが実用的ではありません。
    「餅焼き網」型ではすぐに限界がきてしまうのです。

    データ構造の発展系として、RDB(リレーショナル・データベー
    ス)があります。これは集合の概念を応用したもので、例えば、企
    業における情報処理はこのデータ構造でほぼカバー(管理)できま
    す。企業で発生する情報の記憶と処理は、現段階では多少の問題は
    ありますが、RDBが最適です。マイクロソフトExcelのデータ構造
    でもって、企業内で発生する情報の処理を行うことは現実的ではな
    いし、不可能に近いのです。

    人間の脳の場合は、RDBでも間に合いません。完全に役不足です。
    もちろんExcelのデータ構造で人間の脳の記憶を模するのはあり得な
    いのではないでしょうか。そういう意味で、「ミヤモト回路」とい
    う記憶装置は、実用的ではありません。脳内における現実の情報処
    理には不適当な構造概念だと思われます。

    脳の構造を模したニューラル・ネットワークの研究が今では主流の
    ようです。よけいなことかもしれませんが、ひどい言い方をすると、
    脳のおもちゃであって、これまた実用にはほど遠いものです。研究
    者の方には申し訳ありませんが、空を飛ぶために鳥の羽根だけを一
    生懸命研究しているようなものです。

    たしか、宮本氏はロラン・バルトと面識があったんですよね。「商
    品の流行学」は、『モードの体系』に影響を受けた本なのでしょう
    か。「連想と対立の研究」を読ませていただきましたが、宮本氏は
    構造主義とか構造言語学に理解のある方のようでした。バルトもこ
    の流れにある学者で、というかバルトの場合、独自の記号学を展開
    した人でしょうが。

    私がときどき紹介するドゥルーズも構造主義の洗礼を受けています
    が、すぐに新たな方向に転じています。その新たな方向にある概念
    が「リゾーム」です。「商品の流行学」が1976年の刊行ですか
    ら、ちょうどその頃、ドゥルーズは「リゾーム」の概念を発表して
    います。「リゾーム」の概念は、今日は細かく説明しませんが、ニュー
    ロンのネットワーク構造に近接しています。「餅焼き網」型の回路
    とは根本的に異なります。よかったらお読みください。リゾームの
    章は『千のプラトー』の最初の部分です。参考になると思います。

  • MLNo.10674   "marui"さん  (0) 2012/02/04 10:46  [メール表示する]
    レス、ありがとうございます。
    > 「餅焼き網」型ではすぐに限界がきてしまうのです。
    さて、そうなんでしょうか?私には判断する能力はありません。しかしながら、
    脳の記憶方式が、初期のコンピュータの記憶方式であるマトリックス方式が実用
    として記憶回路となっているように、脳細胞を使った言葉の連想と対立のマトリッ
    クス型処理が記憶回路と成りうることが示されています。また、その構造の積み
    重ねから、概念が生まれると主張されているわけで、そこには三つの記憶回路と
    辺縁系との相互関係が提示されており、それこそ脳のRDBを解説したものではな
    いかとも思っております。

    > 「商品の流行学」は、『モードの体系』に影響を受けた本なのでしょう か。
    宮本氏の著作に「外来パラダイムからの脱出」があります。プロフィールをご覧
    になると分かりますが、宮本氏は実務家でもあります。その中から発展したモド
    ロジー理論の確立はまったく独自のものです。ロラン・バルトがモド
    ロジーの考え方に興味をもったということで、交流が深まる前にロラン・バルト
    は事故死したようです。

    2012/02/04 マルイ 記


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