| 件名: | 数学は死んだ?(Re: クオリアの定義) |
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| MLNo. | [qualia:4478] |
| 差出人: | fixpoint…さん |
| 送信日時: | 2000/12/25 15:40 |
| 本文: |
はじめまして。fixpointと申します。
どうぞよろしく。 Msg4467 > 思うに、感覚とか、量子論とか古典論とか、 > あるいは主観と客観とか、そのような我々が議論をする時に前提とする > 枠組みを、一度白紙に戻して考え直さないと、クオリアのアポリアは > 解けないのではないかと。 > > 数学的フォーマリズムをwrite downして、それと世界の因果的 > 進行の間にあるマッピングが生じるという、そもそも自然科学 > (特にhard coreとしての物理学)が前提にしていること > を盲目的に前提にしてしまうこと自体が > ダメなんだろうと思います。 > > もちろん、我々は、ある形式を信頼して、とりあえずそれは > それとして使って様々なマニピュレーションをするという形 > でしか世界を把握し得ないのだけども、ことクオリア問題に > 関する限り、物理主義を支えてきた数学的フォーマリズムの > 賞味期限は切れてしまった、そのように強く感じます。 個人的には、物理的存在(物質)、数学的存在(数、集合)等の 諸々の存在という無条件の前提を一度白紙にすべきと考えます。 すでに哲学者のフッサールが同じようなことを「エポケー」と いっているようです。フッサールがいかなる動機で存在に疑念を もつようになったかは不勉強なので知りませんが、20世紀末 の我々は、これを疑うに充分な証拠をいくらも持っています。 ラッセルのパラドックス、ゲーデルの不完全性定理等々・・・ 上記の例が、いずれも対角線論法によっていることは注目されて よいでしょう。実際、その後に、λ算法の研究において、対角線 論法のテクニックは不動点コンビネータ λf(λx.f(xx))(λx.f(xx)) として純化されていきます。上の不動点コンビネータが自己適用 を用いていることは象徴的です。すなわち語るものと語られるもの が同じ、フッサールならノエシスとノエマが同じというところで しょうか? (私が、度々フッサールを持ち出すので、さぞフッサールに 詳しいだろうと思われているかもしれませんが、実は今迄 書いたこと以上のことは何も知りません。) 多分同じことを考えている方は数多いと思いますが、私個人は、 言語から存在の属性を持つ名詞を消去した上で、どのような 現象が語られうるのかに興味を抱いております。その過程で、 「私」という現象が、一種の不動点として取り出せるのでは ないかと期待しているのですが・・・ fixpoint fixpoint@… http://shinjuku.cool.ne.jp/fixpoint/ |
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