つんく(または
つんく♂ 、
1968年10月29日 - )は、
大阪府東大阪市出身の
日本の
シンガーソングライター、
音楽プロデューサー、
実業家。本名:寺田光男(てらだみつお)。
血液型はB型。
シャ乱Qのボーカルで、総合エンターテインメント事務所
TNX(ティーエネックス)株式会社代表取締役社長。公式サイトには、「音楽家、総合エンターテインメントプロデューサー」と書かれている。また
福山雅治と同期でもある。
近畿大学附属高等学校、
近畿大学商経学部卒業。
つんくが今までに楽曲提供した曲や、プロデュース作品の一覧は
つんく提供楽曲一覧を参照。
人物・エピソード
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一般的に『モーニング娘。』や、『ハロー!プロジェクト』の総合プロデューサーとされる事が多いが、実際は音楽制作やライブのエンターテイメント部門を任されているだけで、オーディション人事等その他の部分は所属事務所のアップフロントグループ会長の山崎直樹の一存で決まる。
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モーニング娘。をはじめ、プロデュースする歌手をアイドル扱いされる事を嫌い、本格派のヴォーカルダンスグループをプロデュースしていると自信を持って自負する拘りがある。また、これに関した事で、アイドルとは周りが評価するものであり、自信をアイドルと思い誤った認識を持つ者がオーディションを受けに来ても絶対に採用しないと語っている。
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実家は乾物屋。大卒後、金融機関に内定していたが2年間という条件で音楽活動を始めた。
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「つんく」という芸名は、小さいときに「つんくん」と呼ばれていたことから
[道重さゆみとの対談での発言「ポジティブ本」P49]とされていたが、2008年、NHKのスタジオパークからこんにちはにて、「本当の由来は、大学時代にある友人から付けられたことから」と発言した。
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浄土真宗本願寺派の門徒でもある。
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モモコクラブのファンで、中でも菊池桃子に関しては当時の写真集を未だに大事に持っていたり、イベントや握手会に迄行く程の大ファンだった。
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モーニング娘。のプロデューサーとしての活動を始める時に「バンド活動の経験を活かして、プロデューサー業に進出したくなった」と言っていた。
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幼少時代からかなりのお笑い好きで、人生で最初に購入したレコードはザ・ぼんちの「恋のぼんちシート」であることを公言している。
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かつてとんねるずのラジオ番組などで「ハガキ職人」をしていたことがある
[「野猿のオールナイトニッポン」2001年2月23日放送]。
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音楽評論家であった福田一郎と親交があり、モーニング娘。のプロデューサーになる事が決まった時に、プエルトリコのアイドルグループ「メヌード」を参考にする様にアドバイスされたという。
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元大阪近鉄バファローズのファンであり、子供のころはバファローズ友の会会員であった。その縁もあり1997年4月8日大阪ドーム初の公式戦(近鉄×ロッテ)の始球式をつとめた(後に東北楽天ゴールデンイーグルスの公式応援歌をプロデュースしている)。
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1995年12月21日に放送されたダウンタウンDXDX(読売テレビ放送)に当時のシャ乱Qメンバー5人で回答者として出演した際、ビッグスターイメージレース“流行に敏感なコギャルに聞きました・一番早く消えてしまうのは?レース”の5組枠の5番目に本人たちに内緒で入れられていた(他の出走枠はキャイーン・ナインティナイン・グレートチキンパワーズ・今田耕司)。浜田雅功が「"バイバイ・ありがとう・さようなら"と自分たちが言われる日は近い」と解説すると、つんくはガクッと崩れ「一番ヤバイじゃない!!」と叫び、更に浜田が「以上、今年(1995年)はノリにノッてたお笑い5組によるレースであります!!」と言った瞬間メンバー全員が立ち上がり、リーダーのはたけと共に「お笑いちゃう!!、違うっ!!」と悲鳴を上げていた。結果は2位(9票)。
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1999年に台湾で起きた921大地震の復興のための募金活動を行うなど、ボランティア活動に熱心である。
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2005年4月統合によって新たに開校した大阪府立かわち野高等学校の校歌を作曲した(作詞は元国会議員の塩川正十郎)。
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芸能界一「ヨシモト∞」が大好きで、2006年5月24日には楽屋ゲストを果たし、7月12日にも訪れた。雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!に出演した際、お笑い芸人になることを真剣に考えていたことを語っている。
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出身地である東大阪市のイメージソングを作曲し、歌を披露した。東大阪市のホームページで聞くことができる。また、市内のショッピングセンターなどのような場所でも流されることもある。
[東大阪市公式]
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『週刊文春』連載の阿川佐和子と毎回のゲストとの対談コーナー「あの人に会いたい」において、「いくら自分の音楽性やスタイルがあったとしても、売る側の都合によってそんなものは変えさせられてしまうんだから、自分は音楽においてポリシーや信念などは持たないようにしている」という趣旨の発言を残している。
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Mr.Childrenの桜井和寿、ウルフルズのトータス松本、お笑いでは、雨上がり決死隊、FUJIWARA、ほっしゃん。、宮川大輔、アンバランス、カラテカ、原口あきまさ、木村祐一、博多華丸・大吉などの多くの芸能人と親交がある。
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作詞家の阿久悠を尊敬しており、作詞など影響を受けた部分もあるという。またピンク・レディーがモーニング娘。に与えた影響は大きく、活動当時にメンバーを増やす構成をされていたらそのアイディアは使えないため、モーニング娘。は存在しなかったと阿久悠の追悼特番で発言している。
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つんく♂は韓国人を世界の中でも日本人と最も似ている国民であるとしたうえで「韓国人の喉はすごい!アジア人の中でもずば抜けた声とリズム感を持っている。」
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つんく♂はプロデュースする上の苦労話として、国民の中から選び抜かれた美女集団の中で仕事をすることは拷問に近いと告白している。その理由として健全な男であれば美女が好きであり、当然異性として相手を見たい気持ちにもなる事もあるが、それではプロデューサーとして務まらない。そのため如何に自身やメンバーに異性を感じさせないかが大事なのであると告白している。また、そのような女の子を好きな気持ちを楽曲にぶつける事により良い楽曲が生まれるのだと雑誌の対談で語っている。
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アマチュア時代・およびシャ乱Qブレイク前時代の苦労はモーニング娘。の39thシングル「しょうがない 夢追い人」にも描写されている。*醤油マニア
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