モーニング娘。(モーニングむすめ。)は、
日本の女性
歌手グループ、
女性アイドルグループ、女性
ダンス&
ヴォーカルグループである。ほとんどの楽曲の
作詞・
作曲および
プロデュースを
シャ乱Qの
つんく♂が手掛けている。略称は
モー娘。(モーむす)。
芸能事務所アップフロントエージェンシー所属。
ハロー!プロジェクトの一員。
2000年前後、下は小学生低学年層から上は中高年層まで男女を問わず幅広く爆発的な人気を誇り、一躍日本を代表するアイドルグループとなった。現在では当時の勢いはなくなったが、結成12年目になる2009年現在も活動を続けている。
メンバー
2009年4月時点のメンバー
高橋愛(たかはし あい、
1986年9月14日 - ) - 5期、リーダー
新垣里沙(にいがき りさ、
1988年10月20日 - ) - 5期、サブリーダー
亀井絵里(かめい えり、
1988年12月23日 - ) - 6期
道重さゆみ(みちしげ さゆみ、
1989年7月13日 - ) - 6期
田中れいな(たなか れいな、
1989年11月11日 - ) - 6期
久住小春(くすみ こはる、
1992年7月15日 - ) - 7期
光井愛佳(みつい あいか、
1993年1月12日 - ) - 8期
ジュンジュン(ジュンジュン、
1988年2月11日 - ) - 8期(留学生)
リンリン(リンリン、
1991年3月11日 - ) - 8期(留学生)
卒業および脱退メンバー
モーニング娘。では、公式にグループから離れることを「卒業」または「脱退」という。この発表は公式サイトでの発表や
記者会見などの
マスメディアを通じて行い、
コンサートでの最終公演日程などを前々から
ファンに伝えている。
音楽グループにおいてしばしば喧嘩別れ的な場合に使用される「脱退」という表現に対し、「卒業」は明日につながるという前向きな意味合いの言葉である。
福田・石黒・市井は芸能活動から離れるために卒業したため、卒業と同時にハロー!プロジェクトも卒業しているが(石黒と市井は後に芸能活動を再開した〈市井はその後引退〉)、中澤以降に卒業(脱退)したメンバーは基本的にはソロまたはグループとしてそのままハロー!プロジェクトに在籍して芸能活動を継続している。ただし、紺野は学業専念を理由に卒業と同時にハロー!プロジェクトからも卒業し
芸能界から引退した(その後復帰し芸能活動を再開している)。また、後藤は卒業後もハロー!プロジェクトのメンバーとして活動していたが、2007年10月に弟の
祐樹が
窃盗などの事件を起こしたことをきっかけにメンバーに迷惑をかけることや活動の方向性の違いを理由としてハロー!プロジェクトから卒業した(2008年6月から、
エイベックスに所属し、歌手業に専念している。)。なお、小川は卒業後芸能活動を休止して
海外留学を行っていたが、その間もハロー!プロジェクトに籍を置いていた(2008年6月から芸能活動を再開している)。
卒業(脱退)の発表は、後藤以前は1〜2か月程前の発表だったが、後藤と同時に卒業が発表された保田以降は、緊急脱退となった矢口と藤本を除き、卒業の半年〜1年前になった。そして、紺野・小川・吉澤は3〜4か月前と、それまでの慣例よりは短くなった。また、これまで卒業の発表も卒業自体も同時に行ったのは、卒業後にユニットを組んで活動することが予定されていた辻と加護のみであるが、それ以外にも、時期を別にして卒業する複数のメンバーの卒業が同時に発表されることがある(後藤真希と保田圭、飯田圭織と石川梨華、紺野あさ美と小川麻琴)。
「卒業」の発表とその後のコンサートにおける「卒業公演」は、「
ASAYAN」などのテレビ番組において大々的に取り上げられ、その「サプライズ人事」的な要素とも相まって娘。人気の浮揚、注目度のアップ、ひいてはメンバーの結束を強固にしてきた。しかし、本来は「モーニング娘。は早く卒業することを目標とすべき枠である方が良い」という自立的意味合いを持った「卒業」であるが、籍をハロー!プロジェクトに残し、現役モーニング娘。との共演も多く、現役メンバーとの共演以外でも複数の卒業メンバーがまとまって「モーニング娘。OGチーム」としてクイズ番組に出演するなど元モーニング娘。であることを強調して芸能活動をしている場合が少なくないなど、完全な自立とは言えない状況から、一時芸能界を引退していた紺野と語学留学していた小川を除き、中澤以降の卒業はハロー!プロジェクト内での「定期人事異動」的色彩が濃いという見方もある。
なお、卒業(脱退)した後もほとんどのメンバーは「ハロー!プロジェクト・エルダークラブ」に残っていたが、2009年3月31日をもって、「
エルダークラブ」に所属するメンバー全員の卒業が発表され、モーニング娘。OG関係では、中澤裕子、飯田圭織、安倍なつみ、保田圭、矢口真里、石川梨華、吉澤ひとみ、辻希美、紺野あさ美、小川麻琴、藤本美貴が卒業した。
卒業・脱退メンバーの一覧
| 名前 |
発表日 |
卒業年齢 |
加入期 |
ハロプロへの在籍状況 |
| 卒業・脱退日 |
卒業興行の開催地 |
| 福田明日香 |
1999年1月17日 |
14歳 |
1期 |
卒業と同時にハロプロからも卒業 |
| 1999年4月18日 |
東京厚生年金会館 |
| 石黒彩 |
1999年12月5日 |
21歳 |
1期 |
卒業と同時にハロプロからも卒業(後に他事務所で活動再開) |
| 2000年1月7日 |
大阪厚生年金会館 |
| 市井紗耶香 |
2000年5月7日 |
16歳 |
2期 |
卒業と同時にハロプロからも卒業 |
| 2000年5月21日 |
日本武道館 |
| 中澤裕子 |
2001年3月7日 |
27歳 |
1期 |
ソロとしてハロプロに在籍 |
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2001年4月15日 |
大阪城ホール |
| 後藤真希 |
2002年7月31日 |
17歳 |
3期 |
ソロとしてハロプロに在籍 |
2007年10月28日にハロプロから卒業
2008年6月に事務所を移籍
| 2002年9月23日 |
横浜アリーナ |
| 保田圭 |
2002年7月31日 |
22歳 |
2期 |
ソロとしてハロプロに在籍 |
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2003年5月5日 |
さいたまスーパーアリーナ |
| 安倍なつみ |
2003年7月27日 |
22歳 |
1期 |
ソロとしてハロプロに在籍 |
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2004年1月25日 |
横浜アリーナ |
| 辻希美 |
2004年1月3日 |
17歳 |
4期 |
加護と共に卒業 |
ユニットとしてハロプロに在籍
2007年3月に加護の契約解除に伴いソロに移行
2007年5月から妊娠・出産に伴い活動休止
2009年1月31日活動再開
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2004年8月1日 |
代々木第一体育館 |
| 加護亜依 |
2004年1月3日 |
16歳 |
4期 |
辻と共に卒業・同日に複数メンバーが去るのは初めて |
ユニットとしてハロプロに在籍
2007年3月に契約解除により脱退(2008年4月に芸能界に復帰、事務所はアップフロントグループ関係ではない)
| 2004年8月1日 |
代々木第一体育館 |
| 飯田圭織 |
2004年5月23日 |
23歳 |
1期 |
ソロとしてハロプロに在籍 |
2007年9月から妊娠・出産に伴い活動休止
2009年1月活動再開
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2005年1月30日 |
横浜アリーナ |
| 矢口真里 |
2005年4月14日 |
22歳 |
2期 |
ソロとしてハロプロに在籍 |
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2005年4月14日 |
なし |
| 石川梨華 |
2004年5月23日 |
20歳 |
4期 |
ユニットとしてハロプロに在籍 |
2008年7月に美勇伝の解散に伴いソロに移行
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2005年5月7日 |
日本武道館 |
| 紺野あさ美 |
2006年4月28日 |
19歳 |
5期 |
学業専念のため卒業と同時にハロプロからも卒業 |
2007年7月15日にソロとしてハロプロに復帰・在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2006年7月23日 |
代々木第一体育館 |
| 小川麻琴 |
2006年4月28日 |
18歳 |
5期 |
卒業後、語学留学のため一時活動休止(ハロプロには在籍のまま) |
2008年6月にソロとして活動再開・在籍
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2006年8月27日 |
新宿コマ劇場 |
| 吉澤ひとみ |
2007年1月2日 |
22歳 |
4期 |
ソロとしてハロプロに在籍 |
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2007年5月6日 |
さいたまスーパーアリーナ |
| 藤本美貴 |
2007年6月1日 |
22歳 |
6期 |
ソロとしてハロプロに在籍 |
2009年3月31日ハロプロから卒業・翌日以降M-line club
| 2007年6月1日 |
なし |
※これは卒業・脱退した日付順で表示されている。
矢口のモーニング娘。メンバーとしての最後のステージは、2005年4月10日の大阪厚生年金会館公演だった。
藤本のモーニング娘。メンバーとしての最後のステージは、2007年5月6日のさいたまスーパーアリーナ公演だった。
「卒業」と「脱退」の使い分け
「卒業」または「脱退」という表現について、初期にはほとんどの場合に「脱退」という表現を使用していたが(結成から中澤卒業までのモーニング娘。の歴史が掲載されている「ASAYAN」公式サイトなどでは現在でも「脱退」という表現で統一されている
[ASAYAN公式サイト:モーニング娘。])、2001年以降公式には「卒業」という表現が使用されており(「卒業メモリアル」グッズなど)、過去に遡って卒業という表現で統一されていることも多い(コンサート
MCでの「卒業メンバー」呼称など)。これ以外にも、2005年4月14日の矢口の場合は、写真週刊誌「
FRIDAY」において
小栗旬との交際が報道されたことを理由とし、公式サイトには「モーニング娘。を辞し、ソロ活動を行う」という表現がなされている
[公式サイト](ただし、テレビ番組やスポーツ新聞などマスコミによっては「卒業」と扱われることもある。)。これにより、矢口自身も卒業とも脱退とも言わず「モーニング娘。を辞めた」といった表現をとっていることがある。また、藤本もお笑いコンビ・
品川庄司の
庄司智春との交際が同じく「FRIDAY」にて報道されたことを理由に2007年6月1日付で脱退した。
なお、「卒業」という表現自体は最初にグループを離れた福田の時から本人によるファンへの呼び掛けのメッセージの中などで使用されており、1999年に出版された
自伝「もうひとりの明日香」に収録された年表には「モーニング娘。を卒業、芸能界を引退」と表記されている。
また、
2007年9月に出版された公式本「モーニング娘。誕生10年記念本」に掲載された年表では、矢口と藤本のみが「脱退」、その他のメンバーが「卒業」
2008年4月25日放送の「
音楽戦士 MUSIC FIGHTER」(日本テレビ系)で紹介された「モーニング娘。メンバーの変遷」では、福田から市井までと矢口・藤本が「脱退」、その他のメンバーが「卒業」
と使い分けられている。
メンバーの記載順序
公式本やコンサートのパンフレットなどの公式出版物や公式サイトなどでは、メンバーの名前を並べる時に、通常は加入時期順で、加入時期の同じ者は生年月日順で記載している
[例:『モーニング娘。×つんく♂』『モーニング娘。×つんく♂2』]。マスコミ報道などでもこの順序が使用されることが多い。なお、リーダーやサブリーダーについては過去にこの順序を適用した場合に先頭や2番目にならない時期があったが、そのような場合には順番を変更してリーダーとサブリーダーがそれぞれ先頭や2番目になるように記載する場合もあった。また、卒業したメンバーの名前を並べる時にはこの順序が使用されている場合
[例:『モーニング娘。誕生10年記念本』やモーニング娘。 ALL SINGLES COMPLETE 〜10th ANNIVERSARY〜初回限定版の付属ブックレット]と卒業・脱退の時期が早い順番で並べられている場合
[例:『モーニング娘。×つんく♂2』]とがある、また、在籍期間などを比較するためのメンバーの変遷表などでは、在籍しているかどうかに関係なく、全員を上記の順序で並べられていることがある
[例:「モーニング娘。の変せん」『さいたまスーパーアリーナライブドキュメント速報 モーニング娘。 最初で最後の16人』(サンケイスポーツ特別版、2003年5月9日)]。
モーニング娘。さくら組や
モーニング娘。おとめ組といった派生ユニット内でメンバーの名前を並べる時も、通常はこの順序である。
歴代リーダー
| 歴代 |
名前 |
期間 |
| 初代 |
中澤裕子 |
1998年1月[2008年にファンクラブ会員向けに出版された『ハロテン検定ドリル』によると中澤がリーダーであった期間は「3年3ヶ月であった」とされているので逆算するとリーダー就任は1998年1月になる。]〜2001年4月15日 |
| 2代目 |
飯田圭織 |
2001年4月16日〜2005年1月30日 |
| 3代目 |
矢口真里 |
2005年1月31日〜4月14日 |
| 4代目 |
吉澤ひとみ |
2005年4月15日〜2007年5月6日 |
| 5代目 |
藤本美貴 |
2007年5月7日〜6月1日 |
| 6代目 |
高橋愛 |
2007年6月2日〜 |
備考
初代リーダーは、5万枚手売りを達成してメジャーデビューが決まってから決定した。当時、飯田が「リーダーをやりたい」と発言していたが、結局中澤に決定した。選ばれた理由は「最年長だから」
[「ずっと後ろから見てきた」(中澤裕子・著、2003年11月17日、ワニブックス)p.137に記述]。
歴代サブリーダー
2001年4月16日に飯田が第2代リーダーに就任するのに合わせて創設された。初代に保田が就任した。当時は保田が初代であるのかどうかについては明らかにはされていなかったが、2007年11月に行われた「Yahoo!ライブトーク」では保田が「初代サブリーダーである。」とされている。
| 歴代 |
名前 |
期間 |
| 初代 |
保田圭 |
2001年4月16日〜2003年5月5日 |
| 2代目 |
矢口真里 |
2003年5月6日※〜2005年1月30日 |
| 3代目 |
吉澤ひとみ |
2005年1月31日〜4月14日 |
| 4代目 |
藤本美貴 |
2005年4月15日※〜2007年5月6日 |
| 5代目 |
高橋愛 |
2007年5月7日〜6月1日 |
| 6代目 |
新垣里沙 |
2007年6月2日〜 |
備考
矢口と藤本の就任日については、上表では前任者が退任した日の翌日を就任日としているが、保田・吉澤・高橋については就任前に、また新垣については就任と同時にサブリーダーに就任する旨の発表があったのに対して、矢口と藤本の場合は就任時点で発表されず、ある程度の期間が経過してからテレビ番組(矢口:「ハロー!モーニング。」2003年8月3日放送分、藤本:「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」2005年7月15日放送分)でのトーク中に自らその時点でサブリーダーである旨が語られただけであるため、就任した日時が正確でない(空席の期間がある)可能性がある。
サブリーダーに関して創設された理由は公表されていない。当初はモーニング娘。誕生以来グループを率いてきた中澤のグループ脱退に伴い、それを引き継ぐ飯田への不安視が創設の背景にあると思われた。だが、2001年3月7日の中澤脱退発表時は飯田・安倍・保田・矢口による集団指導体制になるという発表もされていた。しかし、飯田のリーダー就任が中澤卒業直後の翌4月16日に記者会見にて発表されたこと、サブリーダーに初期メンバー安倍が就任しなかったことなどを踏まえると、後任人事選考にあたってメンバー内で最年長であった保田を処遇するための「名誉職」として創設されたとも考えられる。矢口以降は現在サブリーダーの新垣を除いて全てリーダーに就任しているため実質的に「サブリーダー=次期リーダー(候補)」となっている。
保田就任以前(中澤リーダー時代)は、サブリーダーという役職は公表されていない。また、石黒在籍時は彼女が中澤に次ぐ年長者でポジション的にもNo.2と見なされることはあったが、サブリーダーであるとは明言されていなかった。
…
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