イングランド人について
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イングランド人(
英語:
English people 古英語:
Englisc)とは、
イングランドを起源とし、
英語を主な母語とする民族のこと。イングランド人としての民族アイデンティティの起源は古く、最初期においてはAnglecynnと呼ばれていた。
イングランド人の最も大きな集団は、
イギリスの構成国のひとつである
イングランドに居住している。この集団は、
ブリトン人、
ローマ・ブリトン人、
アングロ・サクソン人、
ヴァイキング、
ノルマン人など、イングランドに当たる地域に定住していた近縁の民族集団との混血であるといわれている。しかし、近年の
DNA分析によれば、イギリス人の祖先の大部分は
旧石器時代の
グレートブリテン島の原住民であり、グレートブリテン島の東海岸・西海岸地域での遺伝子の相違は、大きな差ではないとはいえ、先史時代古くからのもので、主に旧石器時代後半と中石器時代(1万5千年-7千年前)を起点とするものだという。
より近年のイングランドへの移住者には、グレートブリテン島・
アイルランドをはじめ様々な地域の民族がおり、これらの大部分は
ウェールズ・
スコットランド・
アイルランド島・
イギリス連邦諸国である。これらの移住者には、イギリス人・イングランド人としてのアイデンティティを持つものもいれば、二重もしくは外国系のアイデンティティを持つものもいる
[「調査が示す、イギリス人としての強いアイデンティティを持つ民族マイノリティ」 Maxine Frith インデペンデント紙 2004年1月8日より http://www.independent.co.uk/news/uk/this-britain/ethnic-minorities-feel-strong-sense-of-identity-with-britain-report-reveals-578503.html][Hussain, Asifa and Millar, William Lockley (2006) Multicultural Nationalism Oxford university Press p149-150 http://books.google.com/books?id=d2Hv2QMMVrQC&pg=PA149&lpg=PA149&dq=English+identity+Pakistani+British&source=web&ots=vK18u7nyNp&sig=mbDfLkCfSSRAXuOIyKbDnTcadJs&hl=en&sa=X&oi=book_result&resnum=9&ct=result][CONDOR Susan; GIBSON Stephen; ABELL Jackie. (2006) "English identity and ethnic diversity in the context of UK constitutional change" Ethnicities 6:123-158 abstract]["Asian recruits boost England fan army" by Dennis Campbell, Te Guardian 18 June 2006. http://www.guardian.co.uk/uk/2006/jun/18/worldcup2006.sport]["National Identity and Community in England" (2006) Institute of Governance Briefing No.7. http://www.institute-of-governance.org/forum/Leverhulme/briefing_pdfs/IoG_Briefing_07.pdf]。
定義
イングランド人についての著作は複雑になることがある。イングランドはその歴史上、様々な時代ごとに侵略者や移住者による渡来があり、世界中に文化的影響や住民を送り出した地であることがその理由だ。よって、「イングランド人」という用語は、ゲルマン人の大移動を共通の起源と考えるイングランドの民族グループ(通常は
アングロ・サクソン人と呼ばれる)を指すこともある。歴史家のキャサリン・ヒルズは自身の言うイングランド人の「建国神話」についてこう書いている。
アングロ・サクソン人の来訪は……重要かつ興味深い出来事としてとらえられている。なぜなら、この来訪がブリテン島の現在の住民のアイデンティティの鍵となる要素だと信じられているからだ。このような大移動によってブリテン南東部の人口構成は永久に変わってしまったと考え、イングランド人はケルト系アイルランド人・ウェールズ人・スコットランド人と異なる別個の民族だということになった……これは建国神話の好例であり……起源を聞いた際に明確な答えがほとんど返ってこない理由を示している。
[Hills, Catherine (2003) "The Origins of the English" p. 18. Duckworth Debates in Archaeology. Duckworth. London. ISBN 0 7156 3191 8]
イングランド人を見る視点は多種多様なものが考えられるが、最広義の考えの中には、自身をイングランド人と考える人は、他者からもイングランド人だと思われる、という見方もある。
[
]イングランド人の民族意識
現在、公的なイングランド国籍はないが、それでもなお「イングランド人」という用語はイングランドの民をnation(民族・国民)として論じるのに適切である。(オックスフォード英語辞書でのnationの定義は、「言語・文化・歴史・共通の居住地」などで連合する集団であり、連合の要素は祖先の絆だけとは限らない、とされている)["Nation", sense 1. The Oxford English Dictionary, 2nd edtn., 1989'.]
「イングランド国民(English nation)」の概念は「イギリス国民(British nation)」の概念よりも古く、また1990年代にはイングランド人としての自覚の復活が見られている[Krishan Kumar, The Rise of English National Identity (Cambridge University Press, 1997), pp. 262-290.]。これはウェールズ・スコットランドなどイギリス内の他の国民意識の現れ(これは、イギリス国内での新しい権限委譲の政策協定に関して最も明確に現れた)や、大英帝国が歴史の隅に消えていったのに伴って、イギリス人としての共通の国民意識が薄れたこととリンクしている。[English, BBC, Sunday, 9 January, 2000][The, エコノミスト紙 1 November 2007][Krishan Kumar. The, Cambridge University Press, 2003]
イングランド国民としてのアイデンティティの表現には「共通の祖先」という信条が含まれることがあるが、政治に携わるイングランドの民族主義者の中で、イングランド人らしさを一種の縁戚関係として考える者はめったにいない。例えば、:en:English Democrats Party(イングランド民主党。イングランド地方議会の開催を目指す政治団体)の声明には「我々は、イングランド人らしさを単に民族的なもの、あるいは文化的なものとは考えず、この二つが複雑に混じり合ったものだと考える。我々は、イングランド人らしさが心のあり方(state of mind)であると堅く信じている」とある[English]。また、:en:Campaign for an English Parliament(同様のロビイ活動を行う団体)は、「民族性・人種・宗教・文化にかかわらず、この古くからの土地を自らの故郷・自らの未来と考える人はすべてイングランド人である」と言っている['Introduction',]。
ガーディアン紙中で、アンドレア・レヴィ(ジャマイカ人の両親を持つロンドン生まれの小説家)はイングランドは「紛れもなく」独立した国(separate country)であり、自らを「いわゆる、生まれも育ちもイングランドのイングランド人(私の覚えている限りでは、生まれ育ちという言葉はアングロサクソンから直系で繋がる白人の祖先とともに生まれ育った、という言葉ではない)」と断言し、「イングランドが排他的な集団になったことはなく、むしろ混成国民であった」と主張した。レヴィはまた「イングランド人らしさというものは、決して民族性と結びつけられることがないようにしなければならない。イングランド人の大部分は白人だが、そうでない者もいる……イングランド・スコットランド・ウェールズ・アイルランドは多元的・包括的なnationであるべきだ」[Andrea Levy, "This, ガーディアン紙,200年2月19日]
しかしながら、ほとんどのイングランドの非白人は、イングランド人よりもむしろイギリス人としてのアイデンティティを持っていることを考えれば、ここでの「English(イングランドの、イングランド人の)」という言葉の使い方には議論の余地がある。イギリス国立統計局(:en:Office of National Statistics)は、2004年の国勢調査の中で、イギリス人の民族的アイデンティティ意識と国民的アイデンティティ意識を比較した。この結果、白人の58%が自身の所属国(nationality)が「イングランド人(English)」であると答え、非白人の大部分は「イギリス人(British)」と答えた。例を挙げれば、「78%のバングラデシュ人(民族的出自がバングラデシュの人々)が自らがイギリス人だと答え、イングランド人・スコットランド人・ウェールズ人であると答えたのは5%に過ぎなかった」。また、自らをイングランド人とした非白人は、民族を「混血(Mixed)」であるとした割合が37%と最も多かった。['Identity',]
起源
イングランドはブリテン諸島の近隣国との緊密な交流があり、また様々な時代ごとに移民が加わってきた背景があるため、イングランド人の起源を明確に特定するのは難しい。旧来の視点では、イングランド人は、第一にローマ帝国の支配の終焉に伴ってグレートブリテン島に渡ってきたアングロ・サクソン人その他のゲルマン人の子孫であり、後にノルマン人やヴァイキングなどの移民を同化してきたものとされている。だがこの歴史的見解を、単純化しすぎたもの、あるいは誤りだとさえ指摘する歴史家や遺伝学者もいる。しかしながら、アングロ・サクソン系イングランド人という考え方は、伝統的に見て、イングランド人のアイデンティティを定義し、スコットランド人・ウェールズ人・アイルランド人といったケルト系の近隣国に対してイングランド人を特徴付けるのに重要な役割を果たしている。さらに、イングランドのアングロ・サクソン起源は、長きにわたって存在するイングランドの祖先と、ずっと近年になって渡ってきた祖先との区別を図る人々にとって重要である。例えばサラ・ケインの舞台劇「Blasted」でも民族ナショナリズムの姿勢がみられ、移民の子供と自らを対比して「俺は輸入品じゃないんだ」という台詞がみられる。「彼ら(移民)には子供がいる。子供はイングランド人と呼ばれるが、イングランド人じゃない。イングランドで生まれたからイングランド人になるってわけじゃない」[Sarah Kane, Complete Plays (19**), p. 41.]
イングランド人としてのアイデンティティに大衆的な関心が寄せられていることは、近年イングランド人自身による科学的・社会的調査が行われていることからも分かるが、こういった調査の報告は、複雑な結果をひどく単純化している。2002年、英国放送協会は「イングランド人とウェールズ人は別の人種」という見出しで、イングランド・ウェールズ両者の市場町から被験者を選んで行った遺伝的な調査のレポートを行った["English, 英国放送協会,2002年6月30日]。また一方で2006年9月、サンデー・タイムズ紙は、イギリス中の住人の名前の調査を行い、その結果リプリー市を「最も『イングランドらしい』町」だと発表した。リプリー市の住民のうち88.58%がイングランドの民族的背景を持っている、というのがその理由である。["Found:", Robert Winnett and Holly Watt, サンデー・タイムス2006年9月10日]デイリー・メール紙は「我らはみなゲルマン人!(1600年間在住)」という見出しの記事を掲載した[Julie Wheldon. We're, デイリー・メール紙,2006年7月19日]。これらの事例のいずれをとっても、研究の結論は、ジャーナリストが人種という用語を使っただけの、誇張や誤解釈に基づいたものであった[BBCの記事では50%から100%の「土着ブリテン島民」がアングロサクソンの「侵略者」によって「壊滅」したと主張しているが、出典元の記事(Y Michael E. Weale など。オックスフォード・ジャーナル、分子生物学・進化論 2002年19号)では、当時の中央イングランドの男性人口のうち、50%から100%を「アングロサクソン人」が「占めて」いたとしており、また例示したのは中央イングランドのみであった。この研究自体の結論もクリスチャン・カペリ等によって疑問視されている。A カレント・バイオロジー誌(:en:Current Biology)2003年13号 タイムズ誌はリチャード・ウェブスターのOriginsinfoデータベースについて取り上げているが、「民族(ethnic)」という言葉は使っておらず、また結論も多くのグループに不確かだと報告している。"Investigating OriginsInfo参照。]。さらに、シュテフェン・オッペンハイマー(:en:Stephen Oppenheimer)やブライアン・サイクス(:en:Brian Sykes)を始めとする最近の研究書は、近年の遺伝的研究をもってもイングランド人と「ケルト系」近隣国をはっきり区別する線引きはできず、段階的なクライン(地域的連続変異)が西(主にイベリア起源)から東(主にイベリア・バルカン起源)に流れている、と主張している。これらの研究書によれば、イギリス人の祖先の大部分は旧石器時代からのグレートブリテン島定住者で、東岸・西岸の間の差はそれほど大きくはないが、先史時代古くからのもので、主に旧石器時代から中石器時代(1万5千年前から7千年前)に起因するものだと考えられている。
イギリスの人々のうちどれだけが自らをイングランド人と考えているのかは定かではない。2001年のイギリス国勢調査では、調査対象者は自分の民族を明示するよう求められていたが、チェックマークの項目は「アイルランド人」「スコットランド人」のみで、「イングランド人」「ウェールズ人」の項目は一般項目の「イギリス白人(White British)」に組み込まれていたため、存在しなかった[[http://www.gro-scotland.gov.uk/grosweb/grosweb.nsf/pages/file5/$file/supporting_information.pdf Scotland's Census 2001: Supporting Information] (PDF;43ページ参照) Philipも併せて参照]。この調査に対する苦情に応え、2011年の国勢調査では「調査対象者にイングランド・スコットランド・北アイルランド・アイルランド・その他の民族アイデンティティの回答ができるようにする」予定になっている。['Developing]
イングランドがイギリスの中で支配的なポジションを占めており、「English(イングランドの)」と「British(イギリスの)」という用語がしばしば混同して用いられることも、事態をなお複雑にしている。[著書The Islesの中で、ノーマン・デイヴィスは歴史書で「British」が「English」の意味で使われている(またはその逆の)箇所の例を列挙している。[要出典ページ数]]これに関連して、イングランドの祖先を持つ人々を対象とする研究の結果、これらの人々の多くは、外国に住んでいるときさえ、自らを「民族集団」と考えていない、ということが明らかになった。パトリシア・グリーンヒルがイングランド出自のカナダ在住者を調査したところ、彼らは自分たちのことを「民族(ethnic)」とは考えず、「普通の人(normal)」や「主流(mainstream)」と考えていることが分かった。グリーンヒルは、イギリス文化がカナダで支配的であることをこの傾向の理由としている。[Pauline Greenhill, Ethnicity in the Mainstream: Three Studies of English Canadian Culture in Ontario (McGill-Queens, 1994) - page reference needed] 作家のポール・ジョンソンは、他の支配的なグループがほとんどそうするように、イングランド人は閉塞感を感じている時に、民族的な自己定義に興味があることを示してみせただけだ、と指摘している。
イングランド民族の歴史
概観
オックスフォード英語辞典によれば、「English」の語の意味には、旧石器時代の狩猟生活者・ケルト系ブリトン人・ローマ帝国の入植者など、イングランド最初期の居住者は含まれない。これは、ローマによるブリテン支配期以前、現在イングランドと呼ばれている地域ははっきりとした国を形成していなかったためである。ブリテンの原住民はブリトン(ブリソン)と呼ばれ、ブリソン諸語を話し、多くの部族に分かれていた。「English」の用語が指すのは、5世紀のアングロ・サクソン人の来訪以降の文化遺産である。アングロ・サクソン人はローマ・ブリトン人(:en:Romano-British culture)がすでに居住していた土地に移住している。このため、「English」の語が指し示す文化遺産には、イングランドに残るローマ・ブリトン人、さらには後から移住したスカンジナビア人やノルマン人の遺産も含まれている。[
]
ローマ支配下のブリテンと、アングロ・サクソン人のイングランド
「English(イングランド人)」という言葉ははじめアングロ・サクソン人を指していた。アングロ・サクソン人はゲルマン人の近縁部族集団で、5世紀頃、南デンマークおよび北ドイツから、ローマ人がブリテンから撤退した後のイングランドへ渡来した。アングロ・サクソン(Anglo-Saxon)人は、イングランド(England:Angle-land)およびイングランド人の名前の由来になった。
thumbで発見された墓の復元レプリカ]]
しかしながら、アングロ・サクソン人が渡来したのは、ローマ・ブリトン人がすでに住む土地であった。ローマ・ブリトン人は土着のブリソン諸語話者の末裔で、1世紀から5世紀、ローマ支配下のブリテン地域に居住していた民族である。さらに、ローマ帝国の多民族性を考えれば、他の少数民族もアングロ・サクソン人の渡来以前から存在していたと考えられる。例えば、北アフリカ人も少数ながら存在していたと考えられる考古学上の発見もあるのだ[The: BBC culture website.2006年7月21日閲覧][The: Channel 4 history website.2008年12月13日閲覧]。
アングロ・サクソン人の渡来およびローマ・ブリトン人との関係が実際どのようなものであったかは議論の余地がある。慣習的には、様々なアングロ・サクソンの部族が大規模な侵略を行い、グレートブリテン島南東部(現在で言う、コーンウォールを覗くイングランド)の土着ブリトン人を追い出したとされていた。この説の裏付けはギルダスの著書である。これは5世紀のイングランドに関する唯一の歴史的資料であり、侵略者によってもたらされたブリトン人の虐殺・窮乏について述べている[Gildas,]。これに加え、英語にはブリソン諸語からの借用語がほんの一握りしかないことも根拠となっている。(とはいえ都市や川の名前の中にはブリソン諸語以前の起源を持つものもあり、特にブリテン諸島西側になるにつれて多くなっている[celtpn ]。
近年の移民
ノルマン・コンクエスト以後、イングランドの征服が成功したことはなく、それ以前から大規模な移住もされていないが、それでもイングランドは17世紀以降様々な時代において、大小の移民の行き先となっている。これらの人々の中には独立した民族アイデンティティを保持している者も、イングランド人に同化したり民族間結婚をしたりした者もいる。オリバー・クロムウェルのユダヤ人再植民(1656年)以来、19世紀にはロシア帝国から、20世紀にはドイツからユダヤ人移民も押し寄せてきた[。EJP: European Jewish Press. Retrieved 21 July 2006.]フランス王ルイ14世がフォンテーヌブローの勅令によってプロテスタントを非合法化すると、プロテスタントのユグノーが推定5万人イングランドへ逃亡した[。Meredith]アイルランド島からの一定の、ときには大規模な移民のため、最近の推算ではイギリス人のうちおよそ600万人について、アイルランド生まれの祖父母がいるという結果が出た[More by Owen Bowcott The Guardian, 13 September 2006. Retrieved 9 January 2006.]。
奴隷貿易によってイングランドには少なくとも16世紀ごろから黒人がいた。また19世紀半ばより、イギリス領インド帝国があったため、インド人もいた。[Black, Asian and Black History in Britain, 1500-1850: UK government website. Retrieved 21 July 2006.]この移民の一つの結果として、ブリクストン暴動やブラッドフォード暴動など、民族間の緊張や遺恨による事件が起こり、また少なからぬ人種間結婚もあった。2001年の国勢調査では、イングランドの総人口のうち31%が自らを混血(Mixed)であると答えている。[Resident, イギリス国立統計局]また、2007年、サンデー・タイムズは混血の人々が2020年までにイギリスで最も大きな少数民族になると報じた。[Black, Asian and Black History in Britain, 1500-1850: UK government website. Retrieved 21 July 2006.]
イングリッシュ・ナショナリズムの復活
1990年後半には、イングランドの国民アイデンティティは復活をみせた。これを後押ししたのが、1990年代に行われた、スコットランド議会(:en:Scottish Parliament)・ウェールズ国民議会(:en:National Assembly for Wales)・北アイルランド議会への政治権力の一部分権である。イングランドは自身の分権議会を持たず、法律はイギリス議会のみで作られていたため、ウェストロジアン問題(:en:West Lothian question)が持ち上がった。これは、イングランドにのみ影響する法律に対して、スコットランドの議員も賛成・反対票を投じることができることになる、という仮定上の問題である。[An]この結果、:en:Campaign for an English Parliamentといった団体は、イングランド人に対する民主主義上の欠陥があると主張し、イングランドの分権議会の創設を呼びかけている。イングランド人の自己関心の高まりによって、イングランドの国旗が用いられることも多くなっている。
2005年に設立されたイングランド協会(The England Society)は、イングランド人らしさを政治的・宗教的概念ではなく文化的・市民的な考え方としてアピールしている。イングランド協会は、主にweb中心の多くのキャンペーンを展開しており、2008年10月の時点でおよそ800人の登録会員を有している。
イングランドのナショナリズム活動の結果は様々である。世論調査に寄れば、イングランド分権議会はウェールズ・スコットランドのナショナリストに加えて、イングランド居住者の3分の2からも支持されているという。[Poll The Guardian, 16 January 2007][Fresh BBC 24 October 2006.][Welsh BBC 20 December 2006]だがこれとは逆に、イングランド民主党(:en:English Democrats、イングランドのナショナリスト政党)は2005年のイギリス総選挙で14,506票しか得票できなかった。
地理的分散
古来より、イングランド人はイングランドを離れ、ブリテン諸島外に定住してきた。だがこの移住者の数を特定することは不可能である。なぜなら、イギリスと国勢調査では回答者に対して自らが「イギリス人」とする回答を求めなかったからだ。[[http://www.gro-scotland.gov.uk/grosweb/grosweb.nsf/pages/file5/$file/supporting_information.pdf Scotland's Census 2001: Supporting Information] (PDF; 43ページ参照)]しかしながら、国勢調査には出生地の記録があり、スコットランドの総人口のうち8.08%[Scottish, accessed November 16, 2007.]、北アイルランドの3.66%[Key, p. 10.]、ウェールズの20%がイングランド生まれだと回答している[Country, National Statistics, 8 January, 2004.]。同様に、アイルランドの国勢調査も民族性についての情報は集めていないが、アイルランド居住者のうち20万人以上がイングランド・ウェールズで生まれたと記録されている。http://www.cso.ie/census/documents/PDR%202006%20Tables%2019-30.pdf
イングランド人の国外移住
イングランド人の移民およびイングランド民族起源のコミュニティは世界中に存在し、場所によってはかなりの人数が定住している。イングランドの植民者・移民を祖先に持つ人々が多数存在しているのは、 アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアそしてニュージーランドである。これらの国々では、イングランド人は居住者の大多数を占めている。
2000年のアメリカ合衆国国勢調査では、24,509,692人は、先祖すべてがイングランド人(English)、もしくはイングランド人が含まれると回答した。さらに、1,035,133人がイギリス人(British)起源と答え、またアメリカ人(American)と答えた20,188,305人の中にも、間違いなくイングランド起源の人々が含まれている。アメリカ国内の自己申告の民族起源では、ゲルマン人(Germans)が4900万人で、今のところ最も多い。[US, table PHC-T-43.]
カナダの2006年国勢調査での民族起源の質問では、「イングランド人」が最も多く記録されている。6,570,015人は先祖すべてがイングランド人(English)、もしくはイングランド人が含まれると回答した[Staff. Ethnic, Statistics Canada, 2006.]。また、イングランド人ではなくカナダ人(Canadian)と回答した者の中に、イングランド人の祖先を持つ者もいる[Canada's, (p.7)による。「カナダ人という回答例があるため、カナダ人の調査結果が増えて、他のグループ、特にフランス人・イングランド人・アイルランド人・スコットランド人の集計に影響を与えている。以前これらの民族的起源を回答した人も、今回カナダ人と回答する傾向がある」]
オーストラリアでは、2006年の国勢調査で、6,298,945人の人々が「イングランド人」だと答えた。これらのうち1,425,559人は、両親どちらも海外生まれであると答えた。
イングランド人を先祖・民族的起源とする人々は、スコットランド・ウェールズ、その他にもアイルランド島・ニュージーランド・南アフリカ共和国・チリ・アルゼンチンに多く住んでいる。
1980年代より、多くのイングランド人が気候や安い住宅価格に惹かれてスペインやフランスに永住・半永住している。その数は3万人以上とみられ、増加傾向にある。[この資料では、イギリス人・イングランド人の区別を付けていないため、イングランド人の数は不明である。][記事ではイングランドよりもイギリスについて書いているため、正確なイングランド人の数は不明である。][ここでは、イギリス人の人数について書かれているが、一般的な目安として75%以上がイングランド人であろう。][:en:Template:Cite news]
出典
参考文献
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Expert Great for tracking down historical inhabitants of England.
-
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-
BBC Articles on England and the English
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The Information on England
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Mercator's Map of England ("Anglia") circa 1564.
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Tory; The Telegraph; 23 April 2001.
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On; CNSNews.com; 23 April 2001.
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Watching - an anthropologist's look at the hidden rules of English behaviour.
-
The, by Daniel Defoe.
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The Geoff Boxell
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BBC "English
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New Article on the common English and Irish ethnicity
-
Y
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Origins
イングランド人について