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ウィキペディアへの批判

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ウィキペディアへの批判について

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

ボランティアによって書かれたフリーコンテントプロジェクトであるウィキペディアは、その規模と知名度の増大に伴い、多くの批判もなされてきた。よく言われるものには、そのオープンな性質のために内容に権威がなく、信頼性が低いことを指摘するものや、固有の系統的偏向性があるというもの、集団の力学が目標の達成を妨げているというものなどがある。また具体的なものでは、明らかな、あるいはわかりづらい荒らし行為の存在、頑固な執筆者による記事の支配、議論のある話題についての不正確な、もしくは存在しない情報源による執筆、編集合戦などの、執筆者間の非建設的な衝突などに対する批判がある。 ウィキペディアのコンテントに対する個々の際立った議論は、広くメディアの非好意的な注目を集めてきた。批判者たちは、シーゲンソーラーエスジェイの事件を示し、ウィキペディアの文献としての信頼性・有用性に疑問を投げかけた。また、ウィキペディアはパロディーやユーモラスな批判の対象ともなっている。

コンセプトに対する批判

ウィキという形態

ウィキペディアは、その誰にでも編集できるという性質により、賞賛され、また批判もされた。ウィキペディアの設立に大きな功績のあったラリー・サンガーは、2002年にプロジェクトを去り2004年後半には、ウィキペディアには、専門的知識を能動的に軽視する「反エリート主義」の哲学があるとして批判したラリー・サンガー, "Why", Kuro5hin, 2004年12月31日。司書学者、他の百科事典の編纂者などの中には、資料としての有用性が非常に低いとの批判もあった。多くの大学講師たちは、学術的な論文の中ではどんな百科事典も引用してはならず、一次情報源を使うようすすめている。ある大学のプログラムといくつかの学校においては、名指しでウィキペディアの引用が禁止されたこともあった。 ウィキペディアの方針によれば、記事中の主張は信頼できる、出版された情報源によって支持されるべきであり、さらに理想的には査読されたものであるべきであるとしている。ウィキペディアの事実上の指導者である ジミー・ウェールズは、どんな百科事典も元来一次情報源としては不適切で、権威として信頼されるべきものではないと強調しているWikipedia:, ビジネスウィーク (2005年12月14日). 2007年1月29日閲覧。。2005年の研究では、EmighとHerringはウィキペディアに対する正式な研究がそれほど多くはないことを示し、ウィキペディアが社会的手段?すなわち、参加者たちの中核をなす人々が問題がないかを監視する自己規範と、より幅広い文化から書かれることによる百科事典的な本文への期待?によってそれらの結果を達成すべきであるとしたEmigh & Herring (2005) "Collaborative Authoring on the Web: A Genre Analysis of Online Encyclopedias", Proceedings of the Thirty-Eighth Hawai'i International Conference on System Sciences. (PDF)。Oliver Kammは、ウィキペディアの内容を決定する過程でなされる合意形成の信頼性に懐疑的な考えを述べた。「ウィキペディアは真実ではなく、合意を求めている。果てのない政治談話のように、最終的に残るのは最も大きく、しつこい声だけである。」とWisdom?(→Wikipedia:合意形成)。

資料としての有用性

ウィキペディアは、まともな研究においてはウィキペディアを一次情報源として使用すべきではないということを認めている。司書のPhilip Bradleyは2004年10月、「ガーディアン」誌のインタビューにおいて、ウィキペディアの根底にあるコンセプトは「素晴らしい考え」であるとしたが、実用上はこのサイトを使うことはないだろうと述べた。さらに、「使おうとするであろう司書を私は一人も知らない。一番の問題は権威の欠如だ。出版された資料においては、出版者はそれで生活しているので、彼らは情報が信頼できるということを保証しなければならない。しかしこのようなものにおいては、すべては窓の外で起きていることだ。」と述べた 。 「ブリタニカ百科事典」の前編集長であるRobert McHenryは、2004年11月に次のように述べた。
}} CNET2005年12月15日の記事の中で、「ネイチャー誌に今週掲載された研究によれば、ウィキペディアは、我々をとりまく世界の事実についての由緒ある旗手であるブリタニカ百科事典と比較して、同じくらい正確な情報源だ。」と述べた。ネイチャー誌によって実施・出版(2005年12月)されたこの調査は、「ザ・レジスター」の編集者であるアンドリュー・オーロウスキーによって、次のように批判された。 }} ブリタニカ百科事典もまた、その研究におけるブリタニカの抜粋は、少年向けの版のために書かれた記事のものを含む編集物であるため「致命的に不備がある」として、ネイチャー誌の研究を否定した。ネイチャー誌はブリタニカの抜粋の一部が編集されたものであるということを認めたが、これによって研究の結論が変わるものではないとした。ブリタニカ百科事典はまた、ネイチャー誌の研究は、二つの百科事典の間のエラー率は似かよっているが、エラーを分析してみると、ブリタニカは「脱落エラー」が多いのに対し、ウィキペディアの方は不正確な事実をより多く含んでいるということを示している、と論じた。

荒らし行為に対する脆弱性

2005年11月、ジョン・ローレンス・シーゲンソーラーの記事に名誉を毀損する内容の編集が加えられたシーゲンソーラー事件の結果として、ウィキペディアは非常に好ましくない印象を大衆に与えた。誤った記述は2005年5月から9月までの間、シーゲンソーラーの友人Victor S. Johnson, Jr.によって発見されるまで、まったく気づかれることがなかった。ウィキペディアは荒らし行為を、記事が常に直面する問題として認識している。ある利用者は特定の主題に対する不満から、またある利用者は単にウィキペディアを破滅させるために荒らし行為をする。また、システムを試験し、その信頼性の低さを実証するために、故意に虚偽の情報を記述した例もある。 ウィキペディアはこれらの問題を認識しており、「Researching with Wikipedia」(ウィキペディアによる研究)のページには次のように記述されている。
  • ウィキペディアに対する判別しにくい荒らし行為の例として、著作権侵害の虚偽主張で記事を破壊するというものがある。寄稿者が類似の情報をウェブフォーラムに投稿することで、それらの投稿が、ウィキペディアへの膨大な寄稿を破壊するための非常に効果的な手段として使用されたことがある。6.5 Grendelの記事では、寄稿者とフォーラム管理者の証言を得ることでその行為を無効化することができた。.50 Beowulfの記事では、発見があまりに遅すぎたため、寄稿のうちの大部分が失われるという結果になった。
ウィキペディアには、荒らし行為に対処するためのさまざまなツールが利用者と管理者のために用意されている。ウィキペディアの支持者らは、荒らし行為のほぼすべては短時間のうちに差し戻されると論じている。MITメディアラボのFernanda Viégasと、IBM ResearchのMartin Wattenberg、Kushal Daveらは、荒らし編集のほとんどは5分前後で差し戻されるということを示した。ページの白紙化や不愉快な文章の追加などの荒らし行為のほとんどはすぐに差し戻されるが、さほど明白でない荒らし行為は訂正に長い時間がかかる。たとえば、ある利用者がMartin Luther King, Jr. Dayの記事に人種差別主義的な編集を行ったときは、差し戻されるまでに4時間近くの時間を要した。コラムニストのSujay Kumarは次のように論評した。「ウィキペディアはほとんどの荒らし編集が5分以内に除去されると言っているが、気づかれずにいる虚偽の記述もある。ラリー・キングの鼓腸に関する異様な記述は1ヶ月もの間掲載され、ヒラリー・クリントンが卒業生総代であったという小さな誤りは2年近くの間訂正されなかった。」 悪戯行為の試みは記事の編集だけに留まらない。2005年10月、かつてコールセンターで働いていたスコットランド出身のAlan Mcilwraithは、彼は多くの勲章を授けられた英雄であるとする自身のウィキペディア記事を作成した。その記事はすぐに、他の利用者によって信頼できない記事とマークされた。しかし、Mcilwraithは多くの慈善団体やメディア組織に対しても、彼が主張するような人物であると説得するのに成功した。 記事本文に対する悪意ある編集は差し戻すのは比較的容易だが、数字や統計に関する編集ははるかに見つけるのが困難であり、さらに長期間にわたって掲載され続けてしまうおそれがある。

脚注

外部リンク

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