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ゼネラルモーターズ

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ゼネラルモーターズについて

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

Wikipedia画像へのリンク(かつてのゼネラルモーターズ本社) Wikipedia画像へのリンク(現在のゼネラルモーターズ本社(スーパーボウルXL仕様)) ゼネラルモーターズ () はアメリカ合衆国ミシガン州デトロイトに本社を置く企業で、アメリカの自動車ビッグスリーの一角。略称は「GM」。2009年6月1日連邦倒産法第11章の適用を申請した。

歴史

創生期〜第二次世界大戦まで

1908年9月16日に、ウイリアム・C・デュラントミシガン州フリントで組織した持株会社がゼネラルモーターズである。ビュイック・モーター1903年創業)の経営を1904年に任されたデュラントは、社長としてビュイックを全米有数の自動車メーカーにした。デュラントはゼネラルモーターズ創設後、1908年末にオールズモビルを買収し、翌年にはキャディラックエルモア、オークランド(後のポンティアック)などを買収してGMの一部とした。その後もミシガン州周辺のトラックメーカーを次々買収するが、1910年には買収費用により100万ドルの負債を抱えたデュラントはGMの支配権を失い、バンカーズ・トラストが会社の支配権を握った。 デュラントはその後シボレーの創立(1911年)に関わり、GMの株を買い戻して1916年には社長に返り咲き、シボレーを翌年GMの一部とした。彼の背後には1914年に最初の投資を行って以降1950年代までGMに関与し続けたデュポン社の社長ピエール・S・デュポンがいた。 1920年にピエール・デュポンはデュラントを追い出してGMの実権を奪い、社長として擁立したアルフレッド・スローンの経営によって現在に繋がる経営基盤が確立され、政争に揺れたフォードを抜いて世界最大のメーカーとなった。商品方針は「どんな予算でも、どんな目的でも」。このために複数のブランドを所有し、北米では最下段にシボレー1990年からサターンがシボレーとは別にベーシックブランドとして登場した。また、ジオというブランドが最下層として存在した時期があった)、最上段にキャディラックを位置付け、巧妙なマーケティングと、それに直結したスタイリング戦略で衆目を引き続け、業界シェアナンバー1であり続けた。消費者はGMの提供する上級ブランドに魅せられ、GMの金融サービスによるオートローンクレジットで高額のブランド車を買うようになった。GMはこうしてクレジット商法を拒んだフォードを突き放した。 1920年代から1930年代にかけてGMはバス製造会社イエローコーチを買収し、グレイハウンド社の創設を手助けした。またGMは1936年に石油会社スタンダード・オイル・カリフォルニア(のちのシェブロン)やタイヤ会社ファイアストンと共同で「ナショナル・シティ・ラインズ」を創設し、1950年までに全米各地の路面電車会社や電鉄会社を買収し、これをバス運送に置き換えていったが、これは後に自動車関連各社による鉄道縮小の陰謀として非難を浴びた。(その詳細と正確性についてはアメリカ路面電車スキャンダルパシフィック電鉄を参照) GMは航空機製造に関心を示し、1930年フォッカーの子会社アトランティック・エアクラフト・コーポレーション・オブ・アメリカを買収しゼネラル・アビエーション部門とし、1933年にはノースアメリカンを買収してノースアメリカンを存続企業としたが、1948年に株を公開し、これ以降航空機には関わっていない。 また初期のフォードは1つの車種を世界中で生産したが、GMは初期から各々の地域毎に多種多様な車種を供給し、そのために南北アメリカ、ヨーロッパアジアオーストラリアなど世界中に生産拠点を設けた。1925年(大正14年)のアジアを視野に入れたフォード社日本進出に続き、1927年(昭和2年)から1941年(昭和16年)まで、大阪に日本法人日本ゼネラル・モータースを設立。シボレー車のアジア向けノックダウン生産および、販売サービスをおこなった。昭和初期の日本国内は、GMのシボレー車とフォード車の独擅場だった。 ドイツでGMはオペル1931年に子会社とするなど活発な投資を繰り広げ、ドイツでの自動車製造を利益の大きな重要事業とみていた。ナチス台頭後オペルはGMの支配を離れ、GMはイギリスの子会社ヴォクスホールなどを通じ戦車など軍用車両を製造して第二次世界大戦下で連合軍を支えたが、一方でオペルはナチスの欧州侵攻を支え、GM首脳グレアム・K・ハワードやジェームズ・D・ムーニーらはナチスに個人的に深くかかわり、ムーニーは戦争前にヒトラーから受勲するなどしている。

第二次世界大戦後〜1990年代

戦後、1950年代にはGMはアメリカ最大の会社となり、1953年には社長チャールズ・E・ウィルソンアイゼンハワー政権の国防長官となった。1955年12月末には、GMはアメリカで最初に年10億ドル以上を稼ぐ企業となった。 1970年代以降、オイルショックによって小型車の需要が高まると、それまでアメリカ国内で開発して来た小型車(コーヴェア、ヴェガ等)をオペルいすゞ等の開発協力を得たモデル(『Tカー』、『Jカー』等)に代替するなどの販売戦略の転換が進められたが、品質と生産性の悪化が顕著となり、1981年から1990年まで会長職にあったロジャー・スミスの下、さまざまな取り組みが進められた。1984年にはトヨタ自動車との合弁会社『NUMMI』を設立し、QCに関するノウハウの吸収に努めたほか、アメリカ国内の工場のリストラ労働条件の引き下げといった生産性を向上する取り組みにも着手した。日本車やドイツ車のコンセプトを模倣したサターンや高度にロボット化された工場の失敗などはあったものの、1990年代初頭には一定の成果を見せるようになった。また、1990年代を通じたアメリカの好景気は、フルサイズSUVピックアップトラックなどの需要を生み出し、アメリカ国内のシェア低下には歯止めが掛からなかったものの、高い利益率は好業績を維持することに貢献した。

2000年頃〜2008年

2000年頃からは環境保護問題の高まりなどの外部環境の変化を受け、消費者の嗜好は再び燃費の良いサブコンパクトカーハイブリッドカーにシフトしたが、GMは時代の流れに逆行し高い利益率のフルサイズSUV・ピックアップトラックに集中し続け、むしろ小型車部門のジオは整理・縮小させる方向にあった。 また2001年アメリカ同時多発テロ事件直後に販売量が落ち込んだ際には、生産量を落とさない方針を採ったため次第に在庫が増加。在庫を捌くために販売店へのインセンティブの上乗せや値引き販売を激化させる悪循環に陥り、2005年までに企業収益は一気に悪化した。過去の従業員の退職年金医療費負担なども財務を圧迫し続け、格付け会社からは社債を「投資不適格」にランク付けされるに至り株価は低迷、株式投資会社の介入を招く事態にもなった。部品調達で密接な関係を持つデルファイ・コーポレーションが経営危機を迎えた際にも、直接救済する体力は無かった。 2005年以降は、提携先の株式の処分も進められている。10月には、資本提携していた富士重工業株をトヨタへ売却、2006年にはいすゞ自動車株を売却し資本提携を解消、2006年3月には、スズキ株の大半を売却し、2008年11月18日付で資本提携を完全に解消した。こうした株式の処分は特別利益となり経営体質の改善に直結するが、一方でGMの伝統である、地域毎に多種多様な車種を生産し融通し合うという特徴(サブコンパクトカーの開発・生産はスズキやいすゞが担った)を薄めることであり、今後の商品開発力低下を危惧する見方もある。 2006年7月には、カーク・カーコリアン率いる投資会社トラシンダから、ルノー=日産アライアンスとの提携を推奨され協議に入ることが大々的に報じられたが、GM首脳部には提携の意志はなく、同年10月中に破談し交渉は終了している。 2007年の自動車販売台数は、トヨタ自動車グループと僅差で世界一(937万台)であったがトヨタ、年間販売台数で初の世界一に届かず読売新聞。2008年1月24日取得ガソリン価格の高騰、サブプライムローン問題に端を発する世界金融危機の影響で、北米での売上が大きく落ち込んだ。その結果、2007年度決算で3兆円という途方もない額の赤字を生むこととなった。また、2008年上半期には約77年間も守り続けた販売台数世界一の座もトヨタに明け渡した08年上半期の世界販売台数でトヨタが首位、米GMは3%減ロイター。2008年10月21日取得。 GMは巨額の年金・退職者医療の債務を抱え、債務超過に陥り、株主配当も停止され、金融市場から債券発行による資金調達も困難な状態にあった。GMの純損失額は2005年105億6700万ドル、2006年19億7800万ドル、2007年387億3200万ドルであった。 2008年第1四半期から第3四半期までの財務データは、売上高1186億ドル、営業損失139億ドル、純損失213億ドルであり、第3四半期終了時点で、負債総額は1703億ドル、CDS残高2000億ドル、債務超過額599億ドル、手元資金162億ドル(3ヶ月のうちに50億ドル減少)であった。2008年第3期の売上高は前年同期比13%減の379億4100万ドルであった。 2008年10月のGMの新車販売台数が前年同月比45%減になる状況の中http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20081104AT2N0301004112008.html10月31日に米国財務省はGMとクライスラーの合併に必要なリストラ費用100億ドルを、2008年に成立した緊急経済安定化法から支出することを拒否しGM・クライスラー合併への公的支援、米財務省が難色、GMはクライスラーとの合併協議を中断した。格付会社S&Pは、GMの格付けを「B-」から「CCC+」に格下げし、見通しもネガティブとしたhttp://www.nikkei.co.jp/news/main/20081107AT1D0709307112008.html米GMの7-9月期、最終赤字2400億円 フォードは125億円。 2008年11月11日には株価が2.75ドルと1943年以来65年ぶりの安値になった。11月のGMの新車販売は2ヶ月連続の4割減、-41.2%だった。 GMは、フォードとクライスラーと共に、アメリカ連邦政府に金融支援を含んだ自動車業界救済法案の採決を求めたが、金融支援をうけるのに必要な経営再建策に具体性がないことなどを理由として、議会は11月に採決を行わなかった。 そこで、GMら3社は、12月1日に経営再建策を議会に送付し、上院下院公聴会が開かれた。下院は自動車業界救済法案を12月10日にまとめ本会議で可決したが、選挙前の勢力分布で伯仲していた上院では、修正案を採決にもっていくための投票で必要な60票がとれず、12月11日に廃案となった。 議会での自動車業界救済法案の不成立を受けて、ついにブッシュ大統領が介入し、12月19日に、緊急経済安定化法の成立で運用が始まった不良資産救済プログラム(TARP)7000億ドル分のうち、議会承認済みの3500億ドルの中で未使用であった150億ドルを活用して、GMに134億ドル、クライスラーに40億ドルの合わせて174億ドルのつなぎ融資を実施することを決定した。実際に、GMには2008年12月31日に40億ドル、2009年1月21日に54億ドル、2月17日に40億ドルの3段階に分けた合計134億ドル、クライスラーには2009年1月2日に40億ドルの、総額で174億ドルのつなぎ融資が実施された。

経営破綻

オバマ政権発足後も危機は継続し、2009年2月20日には、子会社のサーブ・オートモービルスウェーデン政府からの公的支援を拒否されたこともあって事実上の経営破綻に追い込まれた。 2009年4月には、アメリカ政府は新たにGMに50億ドル、クライスラーに5億ドルの合わせて55億ドルのつなぎ融資を実施することを決定し、実際に4月末にクライスラーへの5億ドルの融資が実施された。 しかし会社側と債権者の債務削減交渉が5月26日深夜にまとまらず、翌27日に交渉の打ち切りが発表された。結果、米政府が支援を継続する条件を満たせなくなる見通しが強まり、この影響により29日のニューヨーク株式市場ではGM株価が急落し0.75ドルで取引を終え、1933年以来76年ぶりに1ドルを割り込む形となった2009年6月1日、GMは連邦倒産法第11章の適用を申請した。負債総額は1,728億ドル(約16兆4100億円)。この額は製造業としては世界最大である。今後はアメリカ政府が60%、カナダ政府が12%の株式を保有し、実質的にアメリカ政府により国有化され再建を目指す。メディアから社名のGMはガバメント・モーターズと皮肉られた2009年6月1日付MSN・産経ニュースニューヨーク証券取引所は、ゼネラルモーターズの連邦倒産法第11章の申請を受け、2009年6月2日の取引開始前から、同社株を売買停止となり、そのまま上場廃止された2009年6月1日付朝日新聞asahi.com(ロイター社提供)。これを受けてダウ・ジョーンズ社は、同社が算出・公表する「ダウ工業株30種平均」構成銘柄からゼネラルモーターズを除外した2009年6月2日付NHKニュース

無視された警告

GM北米乗用車・トラック部門担当副社長(旗艦ブランドのシボレー事業部長から昇進。日本風に言えば専務)に48歳でなったジョン・Z・デロリアンJohn DeLorean、彼が作ったデロリアン・DMC-12は、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にも登場している)は財務部門との内部抗争に破れ退社し、「晴れた日にはGMが見える」(原題:ON A CLEAR DAY YOU CAN SEE GENERAL MOTORS:1979)というインタビュー記録(本人不承認)が出版された。その中で特に強調されているのは外部や内部からの忠告・提言をたとえどんなものであっても拒絶する姿である。 強く印象に残る内容は経営学者ピーター・ドラッカーがGMを研究した好意的な著書「会社という概念」(1946年)で書かれた「戦後期には組織・事業・目標を見直す必要がある」という穏健な記述に対して起こったGM内部の憤激である。「GMは世界一なのだから、批判はもってのほか」という理屈である。また最上層部(「十四階」)には自動車産業運営の知識と経験と能力がないとも書いている。 ジャーナリストデビッド・ハルバースタムは『覇者の驕り―自動車・男たちの産業史』(原著、1986年)で、GMをはじめとするビッグスリーが驕り高ぶり、その結果として日本車の攻勢に徐々に破れるも改革を拒む姿勢を描いている。 消費者運動家・ラルフ・ネーダーが「どんな速度でも安全ではない」というシボレー・コルベアの欠陥を告発した本を出版したときGMから探偵の尾行を付けられ、GMは議会で謝罪する事態になった。あとで分かったのは、この活動は最上層部の承認なしに自動的に行われたということである。GMは批判を色々な手段で抑圧する会社と見られた(ネーダーは極めて禁欲的な人間であり、全く弱みを見つけることは出来なかった)。 現在のGMは「それらは昔のGMであり、今のGMとは異なる」という立場をとっている。

ブランド一覧

Wikipedia画像へのリンク(ポンティアック・グランダム) Wikipedia画像へのリンク(サーブ・9-5エステート)

北米

欧州

アジア・オセアニア

  • ホールデン
  • デーウ(大宇)(韓国・ベトナムのみ。それ以外の地域ではGM大宇車はシボレー、ビュイック、ホールデンなどのブランドで販売される)

廃止されたブランド

北米 欧州 アジア
  • Statesman (1971年 ? 1984年、オーストラリア)

主なプラットフォームと使用車

デルタ・プラットフォーム

イプシロン・プラットフォーム

  • オペル・ベクトラ
  • サーブ9-3
  • シボレー・マリブ
  • サターン・オーラ
  • ポンティアックG6
  • キャディラック・BLS

シータ・プラットフォーム

ラムダ・プラットフォーム

  • ビュイック・エンクレイヴ
  • サターン・アウトルック
  • GMCアカディア

カッパ・プラットフォーム

  • ポンティアック・ソルスティス
  • サターン・スカイ/オペルGT/デーウ・G2X

日本での販売と日本法人

1915年(大正4年)創業の梁瀬自動車(現ヤナセ)が、輸入代理店として、GMのビュイック、キャディラックの販売を開始。ビュイックはビウイク号、キャディラックはカデラツク号だった。のち、シボレー号も販売開始。 1925年(大正14年)、フォード社が日本に進出、神奈川県横浜市に組立工場を開業した。GMは1927年(昭和2年)、大阪市大正区鶴町に日本法人日本ゼネラル・モータースを設立し、組立工場でのシボレー車のノックダウン生産と販売をおこなう。1941年(昭和16年)まで操業。フォード同様、日本だけでなく中国などアジア全体を視野にいれた進出だった。日本における影響は大きく、全国に渡る自動車販売サービス網を構築し、以後の自動車販売業界はここから発展したものである。昭和初期の日本国内は、GMのシボレー車とフォード車の独擅場だった。 1936年の自動車製造事業法施行により、国産メーカーのみに大量生産が許され、発展の余地がなくなり、1941年太平洋戦争開戦の年に日本から撤退。第二次世界大戦後、再びヤナセが日本市場の販売代理店を長期間つとめる。 現在、日本法人は日本ゼネラルモーターズ(GMJ)とゼネラルモーターズ・アジア・パシフィック・ジャパン(GMAPJ)の2社がある。2006年より、恵比寿ガーデンプレイス東京都渋谷区恵比寿)から品川シーサイド(東京都品川区)へ本社を移転した。

かつての関連企業

GMはスズキの株式を20%取得していたが、2006年にその持ち株比率を20%から3%へ大幅に引き下げ、2008年11月18日付で全株をスズキに売却し資本提携を解消した。ただし業務提携関係は小型車で維持されている。

提携関係

関連項目

参照

外部リンク

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