マーキュリー (自動車)について
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マーキュリー(Mercury )は
アメリカの
フォード・モーターが製造・販売している
自動車の
ブランド名。
概要
大衆車ブランドのフォードと
高級車ブランドにあたる
リンカーンの中間を占める中級車という位置付けとされている。ブランド名の由来は
ローマ神話に登場する商業神
メルクリウスの
英語名にちなんだものである。
歴史
導入へのいきさつ
Wikipedia画像へのリンク(コンバーチブル(1939年型))
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Wikipedia画像へのリンク(クーガー(1967年型))
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Wikipedia画像へのリンク(マリナー(2008年型))
1930年代に至るまで、フォード・モーターには大衆車のラインナップを担う「フォード」、そして高級車のラインナップを担う「リンカーン」の2ブランドしか存在しなかった。しかしフォード・モーターのライバルの
ゼネラルモーターズ(GM)は、中級車だけをとっても「
ビュイック」、「
オールズモビル」、「
ポンティアック」の3ブランドを擁しており、対GM戦略上、フォード・モーターも新たに中級車ブランドを立ち上げる必要に迫られていた。
無論フォード・モーターも中級車市場の伸びに手をこまねいていたわけではなく、GMが『廉価な
キャデラック』というスタンスで製造・販売していた「
ラサール」への対抗車種として「
リンカーン・ゼファー」を投入するなどの対策は取っていたが、GMのビュイックが「40型」というモデルの投入によって全米4位にまで上りつめたという事態を受け、フォード・モーターも中級車市場対策に本腰を入れるべく新車種の投入を決断する。
発表
1938年6月に、フォード・モーターの社長
エドセル・フォードは自社の幹部に新投入する中級車、「フォード・マーキュリー」を公開した。この車種はリンカーン・ゼファーと
フォード・デラックスの中間的な価格帯を埋める目的で作られたが、当初の予定ではあくまでフォード・ブランドの最上級車種という位置付けだった。
しかしこの年の11月にはマーキュリーは独立ブランドとされ、
マーキュリー・エイトというモデル名で発売されたが、当初はマーキュリー・ブランド固有のネームバッジもなく、ホイールキャップには『フォード・マーキュリー』の文字が残されており、マーキュリー・エイトという車種の出発点がフォード・ブランドにあることを印象付けていたという。
「リンカーン・マーキュリー部門」
しかしフォード・ブランドの上級ブランドとしてスタートしたマーキュリーは次第にリンカーン・ブランドの弟分的性格を強めていき、
第二次世界大戦中の民生用自動車製造中止の時期を経た
1945年に、フォード・モーターの社内でマーキュリーとリンカーンの両部門が統合され、『リンカーン・マーキュリー部門』となった。
1950年代の好景気を元に販売台数を伸ばす中、
1958年に新車種「
エドセル」が独立ブランドのもとに発売され、『マーキュリー・エドセル・リンカーン部門』になったが、
1960年のエドセルの発売中止に伴い、当時のフォード2世会長の指示のもと、再び『リンカーン・マーキュリー部門』に戻り現在に至っている。
差別化の成功
以上の通りマーキュリー(そして消滅したエドセルも)はリンカーンとは異なり、独立した別メーカーの吸収ではなく、車種の多様化という目的のもとにフォード・モーター内で一から立ち上げられたブランドである。フォードで開発された共通の
プラットフォームは使うものの、デザインに多少の変更を加え、別ブランドでより高価格で売るという手軽な手法は成功を収め、同様の手法は後に「
ホンダ」が「
アキュラ」を、「
トヨタ」が「
レクサス」を立ち上げる際に模倣された。
1960年代にフォード・モーターが
リー・アイアコッカ社長時代に入ると、「クーガー」などの独自のデザインを持つスペシャリティーカーを導入し、差別化に成功し販売台数を伸ばすこととなった。しかし
1970年代の後半に入ると、2度にわたる
オイルショックの影響で大型車やスペシャリティーカーの売り上げが減少した上、
日本車との競合を受けてその車種戦略は揺れ動くこととなる。
その後
1980年代に入ると、上記の「クーガー」や、「フォード・クラウン・ヴィクトリア」の
バッジエンジニアリング車種である「グランド・マーキス」や、「フォード・トーラス」のバッジエンジニアリング車種である「セーブル」などの量販車種が一定の売り上げを確保し、ブランドの屋台骨を支えることとなった。
不振
マーキュリーはその長い歴史の中で、『フォード・ブランドの兄貴分』という性格と『リンカーンの弟分』という性格の間を揺れ動き続けていたが、やがてマーキュリーはフォード・ブランドとの明らかな違いを打ち出せなくなり、販売不振に悩むことになる。マーキュリーは
1993年に48万台以上の売り上げを達成していたが、その後2000年代に入り売り上げの下落が続き、最盛期の半分を割る20万台にまで売り上げが落ち込んだ。
2009年現在マーキュリー・ブランドで売られる車種は大きく減っており、保守的なマーケティングの結果としてフォード・ブランドやリンカーン・ブランドで売られているそれとの差別化もうまく行っておらず、併せてオーナーの高齢化が進み「成功している」とは言えない状況である。
ブランド廃止の噂
2000年代に入り販売が低迷する中、多くの観測筋がマーキュリー・ブランドそのものの存続に疑問を抱く中、フォード・モーターはマーキュリー・ブランドそのものを廃止する考えがないことを強調し、また販売の巻き返しを図るべく新車種の投入が計画された。一部は実現、ブランド・イメージ刷新に努めていたが、
2006年にフォードの巨額赤字に伴う再建計画により、マーキュリー・ブランドの廃止が再度囁かれるようになった。
そして
2007年末に最後のマーキュリー専売ディーラーが閉店し、リンカーンとの併売ディーラーのみとなったこと、今後の新型車導入予定がなくリンカーンのモデル拡充が予定されていることなどから、マーキュリー・ブランド廃止は時間の問題だろうと言われている。
車種一覧
ヴィレジャーを除き、全てフォード・ブランドのバッジエンジニアリング車であり、日本の
トヨタと
レクサスの関係のように、装備や内装を高級化し、価格も上昇しているものの、外観上の違いはエンブレムとグリル、およびヘッドライト位であるものが多い。またブランド名の頭文字である「
M」に因んで車名の頭文字に「M」が付く車種が多い。
主な生産終了車種
現行車種
Wikipedia画像へのリンク(グランド・マーキス(2008年型))
関連項目
外部リンク
マーキュリー (自動車)について