モーターボート記念競走について
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モーターボート記念競走(モーターボートきねんきょうそう)は、
競艇の
SG競走の1つであり、正式名称は「
総務大臣杯争奪 モーターボート記念競走」(
2000年までは冒頭の「総務大臣杯」が「
自治大臣杯」)であった。通称「
MB記念」。
解説
近年はレースのサブタイトルとして「SG(西暦)シリーズ第5戦」と大会名の冒頭にクレジットしている。
なお、
モーターボート大賞(MB大賞)は
GIで本競走とは別のものであり、単に「MB」と言った場合はSGであるモーターボート記念競走を差す場合が多い。
開催される競艇場を除いた全ての
競艇場から1人ずつ推薦選手が選ばれるため、別名「競艇
甲子園」とも言われている。開催は8月最終週を目安に行なわれているが、年によっては8月と9月の月跨ぎ開催も実現する。
歴史
1954年(
昭和29年)4月に開催された
全国モーターボート競走施行者協議会(全施協)の総会において、競艇発祥を記念し競艇
記念日を定めその記念行事を行うことが提案された。これを受け翌年の
1955年(昭和30年)5月の全施協臨時総会において、
4月6日を競艇記念日として定め、その記念行事として
大村競艇場で同年
8月20日〜
23日に本競走の第1回を開催することが決定した
[第1回モーターボート記念競走(昭和30年8月)]。
競艇史上初の
ナイター競走によるSG開催は、
蒲郡競艇場で開催された本競走の
2002年第48回大会である。
唐津競艇場で開催された
2003年第49回大会では日中開催となったが、
蒲郡競艇場で開催された本競走の
2004年第50回大会で再びナイター競走による開催となった。
2004年度以降、本競走および
オーシャンカップ競走は共にナイター競走による開催で行われることが慣例化したため、それらの開催はナイター競走実施が可能である
桐生競艇場・蒲郡競艇場・
若松競艇場のいずれかとなる傾向にある。なお
2006年7月8日より
住之江競艇場でもナイター競走が実施されるようになったため、住之江競艇場においても本競走が実施される可能性もある。
なお、
2009年からは
丸亀競艇場で、
2010年からは
大村競艇場でもナイター競走が実施される予定である。
出場条件
前年度優勝者
前年の
賞金王決定戦の優勝戦出場者(6名)
直前の
SG競走である
オーシャンカップ競走の優勝者
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開催される競艇場を除いた全ての競艇場から推薦された選手(23名)
-
開催される競艇場が希望する選手
※優先出場以外の選手はA1級であることが必須である。
特徴
-
選考期間は前年の6月1日から、開催年の5月31日まで。優先出場者以外は選考基準が明確でない唯一のSGであり、出場選手は6月1日に一斉に発表される。
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各競艇場からは各支部のエース級の選手が中心に選出される。東京、福岡からは3名ずつ、愛知、山口からは2名ずつ推薦されるが、逆にその他の支部からは1名ずつしか選ばれないので、選手層が厚い支部の有力選手が出場できないケースもある。
-
開催場から推薦される選手は、地元の有力選手、過去にその開催場でSGを優勝した選手、選考期間内に開催場で実績を残した選手が選ばれる傾向にある。
SG競走の流れ
オーシャンカップ競走→当競走→
全日本選手権競走
SGレースの色
夏の太陽をあらわす燃え滾る灼熱の色・赤色がシンボルカラーとなっている。
過去の優勝者
2007年以降の結果(優勝戦)
エピソード
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第14回大会は1968年(昭和43年)10月10日より児島競艇場にて開催予定であったが中止となった。これは、同年9月23日に同競艇場で発生した騒擾事故に対する不適切な収拾措置が競走法違反とされ、施行者の倉敷市に対し運輸省より1ヶ月(同年10月4日〜11月3日)の開催停止命令が出されたためである。
[各地で騒擾事件発生、年表]
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第47回大会において優勝した市川哲也は、完全優勝(出走した7競走全て1着)を達成した。
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第48回大会はSG史上初のナイター競走による開催となった。なお続く第49回大会こそ日中開催であったが、第50回大会以降は常にナイター競走による開催となった。
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第52回大会で優勝した中村有裕は、滋賀支部所属選手としては、全日本モーターボート選手権競走(現在の全日本選手権競走)の第5回大会で優勝した三津川要以来、48年振りのSG優勝を達成した。
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第53回大会で優勝した魚谷智之は、前回のオーシャンに続く史上12人目のSG連覇と共に2002年にスタートしたナイターSGの完全制覇のダブル快挙を達成。なお、大会最終日にSG競艇LIVEが放送されてそのスペシャルゲストに艇王の植木通彦が引退後、初のテレビ出演。ファンが盛大に植木を迎えた。ファンの中には思わず艇王の登場に涙ぐむ女性も居る等特設スタジオは1時間だけではあったが終始、盛り上がった状態で進行していった。また、優勝の魚谷選手も優勝選手インタビューで植木選手と話すが最初は驚いていた。
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第54回大会で優勝した今垣光太郎は1周1マークでまくり差しを決めるも、2着の松井繁と終始デッドヒートを繰り広げた末での勝利となった。(2着とは0.3秒差)
今後の開催予定
第54回同様、ナイターレースとして開催。なお、丸亀はナイター競艇施行元年の年に早速、スペシャルグレード競走を開催することとなる。
2大選手の結果
このコーナーではオーシャンカップ覇者・ディフェディングチャンピオンの言わばその年の注目選手となる
MBチャンプレーサーの結果を紹介する。尚、此処でオーシャンカップ覇者の選手が勝てばその年のナイターSG・完全制覇の快挙が達成される。
| ||開催年||前回SG覇者||前年覇者||優勝者 |
| 1ページ目 | 2009年 第55回記念丸亀大会 | ? ? | 今垣光太郎 ? | ? |
脚注
競艇オフィシャルWebへのリンク
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