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伊達宗城

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伊達宗城について

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

伊達 宗城(だて むねなり)は、幕末大名宇和島藩8代藩主(在任:天保15年(1844年) - 安政5年(1858年))。明治時代政治家。官位は従四位下・遠江守・侍従。爵位伯爵のち侯爵。 大身旗本山口直勝の次男。母は蒔田広朝の娘。正室は鍋島斉直の娘・益子。祖父・山口直清は宇和島藩5代藩主・伊達村候の次男で山口家の養嗣子となった人物である。

経歴

文政元年(1818年)、江戸に生まれる。幼名を亀三郎と称した。文政10年(1827年)4月、参勤交代による在国に際し、宇和島藩主伊達宗紀の仮養子となる。文政11年(1828年)10月、宇和島藩家臣・伊達寿光の養子となったが、翌文政12年4月11日、なかなか嗣子となり得る男子に恵まれない藩主宗紀の養子となる。宗紀の五女貞と婚約し、婿養子の形をとったが、貞は早世してしまい婚姻はしなかった。

藩政時代

天保15年(1844年)、宗紀の隠居に伴い藩主に就任する。宗紀の殖産興業を中心とした藩政改革を発展させ、木蝋の専売化、石炭の埋蔵調査などを実施した。幕府から追われ江戸で潜伏していた高野長英を招き、更に長州より村田蔵六を招き、軍制の近代化にも着手した。 宗城は福井藩主・松平春嶽土佐藩主・山内容堂薩摩藩主・島津斉彬とも交流を持ち「幕末の四賢侯」と称された。彼らは幕政にも積極的に口を挟み、老中阿部正弘に幕政改革を訴えた。 阿部正弘死去後、安政5年(1858年)に大老に就いた井伊直弼将軍継嗣問題で真っ向から対立した。13代将軍・徳川家定が病弱で嗣子が無かったため、宗城ほか四賢侯、水戸藩主・徳川斉昭らは次期将軍に一橋慶喜を推していた。一方、井伊は紀州藩主・徳川慶福(とくがわ よしとみ)を推した。井伊は大老の地位を利用し強権を発動する。結局、慶福が14代将軍・家茂となることになり、一橋派は排除された。いわゆる安政の大獄である。これにより宗城は春嶽・斉昭らとともに隠居謹慎を命じられた。 先代の宗紀は隠居後に実子の伊達宗徳を儲けており、宗城は宗徳を養子として藩主の座を譲ったが、隠居の後も藩政に影響を与え続けた。謹慎を許されて後は再び幕政に関与するようになり、文久2年(1862年)には生麦事件の賠償金支払いに反対している。また、島津久光とも交友関係を持ち、公武合体を推進した。文久3年(1863年)末には参預会議、慶応3年(1867年)には四侯会議に参加し、国政に参与しているが、ともに短期間で崩壊した。

明治維新以後

慶応3年(1867年)12月、王政復古の後は新政府の議定(閣僚)に名を連ねた。しかし明治元年(1868年)に戊辰戦争が始まると、心情的に徳川氏寄りであったのでの行動に抗議して、新政府参謀を辞任した。 明治2年(1869年)、民部卿兼大蔵卿となって、鉄道敷設のためイギリスからの借款を取り付けた。明治4年(1871年)には欽差全権大臣としてとの間で日清修好条規に調印し、その後は主に外国貴賓の接待役に任ぜられた。しかし、その年に中央政界より引退している。 宇和島伊達家は明治17年(1884年)、華族令によって伯爵を授けられた。明治24年(1891年)、宗城の維新時の功によって侯爵に陞爵された。明治25年(1892年)、東京の今戸屋敷で病没。享年75。

系譜

  • 実父:山口直勝
  • 養父:伊達寿光、伊達宗紀
  • 正室:益子(鍋島斉直の娘)
  • *長男・幸民(真田幸教養子)
  • *次男・宗敦(伊達慶邦養子)
  • *初子(柳原前光の妻)
  • *武丸
  • *四男・昌邁(奥平昌服養子)
  • *敏(松根城臣の妻)
  • *理
  • *照子(水野忠弘継室、三井高弘の妻)
  • *六男・信広(田沼智恵入夫後離縁、瀧脇信成養子)
  • *幾(志賀平四郎の妻、桜田栄次郎の妻)
  • *七男・忠良(牧野千代子養子)
  • *八男・宗倫(分家・男爵)
  • *泰(佐和正養女、阪田九郎の妻)
  • *十男・宗曜(伊達宗倫養子)
  • *十一男・方正
  • *十二男・広城(蒔田広孝養子)
  • *十三男・善重
  • *園子
  • 養子
  • *宗徳

蒸気船の建造

宗城は、医学しか知らなかった村田蔵六オランダ語の専門書を翻訳して、船を設計するよう命じた。一方で、和船大砲を積んで砲撃実験を始め、更に黒船に似た外輪を持つ人力の和船を取り寄せ、研究させた。肝心要の蒸気機関は、城下にいた嘉蔵(のちの前原巧山)という提灯屋の男を抜擢して、製作を命じる。を上げての試行錯誤の末、遂に実験的な蒸気船が完成した。黒船来航からわずか三年後のことである。一般には外国人技師を雇った薩摩藩の船が日本初の蒸気船とされているが、宇和島藩の船は日本人だけで作った蒸気船の第1号であった。

関連書籍

史料
  • 『藍山公記』
  • 『伊達宗城在京日記』(伊達宗城)
  • 『徳川斉昭・伊達宗城往復書翰集』(徳川斉昭、伊達宗城、河内八郎)
  • 『宗城公御事蹟 鶴鳴餘韻 下巻』(伊達宗陳)
  • 『松根図書関係文書』(松根図書
  • 『前原巧山一代噺』(前原巧山)
  • 『伊達宗城公傳』(兵頭賢一)
小説等
  • 『伊達宗城』(神川武利)
  • 『列伝・日本近代史―伊達宗城から岸信介まで』(楠精一郎)

伊達宗城を演じた俳優

関連項目

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