皇宮警察について
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皇宮警察(こうぐうけいさつ)とは、1946年(昭和21年)まで
宮内省に設置された警察である。現在の
皇宮警察とは異なり、一般の警察を所管する
内務省からは独立していた。
1946年(昭和21年)12月31日に廃止となった。これにより皇宮警察は内務省の所管となり、
警視庁の一部局の
皇宮警察部に再編されることになった。
概要
従来、皇居の門の警備は、
近衛兵が行っていた。しかし近衛兵は、徴兵によって集められた兵士であるため、入れ替わりが多く、宮内省との間に意思の疎通を欠くことが多かった。
1878年(
明治11年)に近衛砲兵の一部が騒動を起こした
竹橋事件を契機として、近衛兵以外の皇居警備組織を宮内省に設けることになった。これが「
門部」である。創設時の門部は、
一方、皇居内の消防については、警視庁が担当していたが、消防についても宮内省が担当することになった。
1886年(明治19年)2月、宮内省に「
主殿寮」が置かれ、警備・消防業務を包括的に担当することになった。同年5月には「皇宮警察署」が置かれ、皇宮警察が本格的に始動した。
以後、1946年(昭和21年)の廃止までに着々と皇宮警察が整備されることになった。
沿革
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1881年(明治14年)1月、宮内省に門の警備を担当する門監・門部の制度が設けられる。
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1881年(明治14年)9月、宮内省に消防科が設けられる。
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1886年(明治19年)2月、宮内省に主殿寮が置かれ、警備・消防業務を担当する。
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1886年(明治19年)5月、宮内省主殿寮に皇宮警察署が置かれる(門監、門監補、門部、消防監、消防監補、消防嚮導及び消防手が廃止される。)
[皇宮警察署官制(明治19年5月1日宮内省達第5号。]。
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1890年(明治23年)8月、東京府内にコレラ発生のため、皇宮警察署に消毒所が設けられる。
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1894年(明治27年)4月、宮内省内匠寮より宮内省職員の道場「済寧館」が移管される。
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1907年(明治40年)10月、皇宮警察署が皇宮警察部に改称。
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1921年(大正10年)10月、主殿寮から大臣官房に皇宮警察部が移管される。
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1924年(大正13年)4月、身辺警護のために特別警衛掛が置かれる。
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1927年(昭和2年)4月、分遣所(後の護衛署の前身)が設置される。
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1941年(昭和16年)4月、宮内省に警衛局が設けられ、皇宮警察はその一部門になった。
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1945年(昭和20年)9月、近衛師団が禁衛府皇宮衛士総隊に改組された際に皇宮警察も禁衛府皇宮警察部となる。
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1946年(昭和21年)4月、禁衛府が解体されたことに伴い、皇宮警察署として分離して存続。
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内勤課
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*警察長付、文章係、物品係
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外勤課
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(主殿寮出張所)警務課
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監察係、庶務係、用度係、視察係、消防係、衛生係、防疫係、法規調査係、学術講習係、教習係、武道係
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出張所
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特別警衛掛
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庶務課
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防空課
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皇宮警察部
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*警衛課、警務課、消防課、衛生課
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*分遣所
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*(京都地方出張所)警務課
組織
皇宮警察署(明治21年・1888年〜)
主殿寮皇宮警察部(大正3年・1914年〜)
大臣官房皇宮警察部(大正15年・1926年〜)
警衛局(昭和16年・1941年〜)
階級
門部
門監長(
判任官)、門監(判任官)、門部(判任待遇)
消防科
消防長(判任官)、消防嚮導(判任待遇)、消防伍長(判任待遇)、消防手(判任待遇)
皇宮警察官(明治19年・1886年制定)
皇宮警察長(
奏任官)、皇宮警察次長(奏任官)、皇宮警部(判任官)、皇宮警部補(判任官)、皇宮警手(判任待遇)
皇宮警察官(明治41年・1908年制定)
皇宮警視長(奏任官)、皇宮警視(奏任官)、皇宮警部(判任官)、皇宮警手(判任待遇)
皇宮警察官(大正3年・1914年制定)
皇宮警察長(奏任官)、皇宮警視(奏任官)、皇宮警部(判任官)、皇宮警手(判任待遇)
脚注
関連項目
皇宮警察について