精神障害の診断と統計の手引きについて
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
『
精神障害の診断と統計の手引き』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,
DSM) とは、
アメリカ精神医学会の定めた、
精神科医が患者の精神医学的問題を診断する際の指針を示したもので、
米国だけでなく、日本や他の国においてもしばしば引き合いに出されるものである。
経過
1952年に初版 (
DSM-I) が出されて以降、随時改定され、現在は第四版用修正版 (
DSM-IV-TR) となっている。
2010年以降に (
DSM-V) の発表が予定されている。アメリカ合衆国を主に、世界で50万部以上が普及している。
特徴
DSMは、精神医学の方面で革命的なアプローチをもたらしたものとして知られている。普及した理由は、
-
病因論などに余り踏み込まずに精神症状のみを論理的推察と統計学的要素を取り入れ分類した事で、
-
診断基準が明確になり、今まで医師の主観的な傾向にあった精神疾患の判断に対して、客観的な判断を下せる様になり、
-
医療スタッフ側の意見や伎倆の差異による診断の違いが最小限となった事にある。
ただし、診断基準の内容や疾患分類の妥当性については疑問視する声も少なくなく、政治的・経済的な圧力に左右された経緯のある事から純医学的概念ではないとも指摘されている。
内容
DSMにおいては、各疾患においてA・B・Cの診断基準が示され、「AからCの全てが当てはまる場合」その精神疾患であると診断される。
A・Bは具体的な病像が列挙されるが、C基準は「その症状が原因で職業・学業・家庭生活に支障を来している」となっている。
C基準が無ければ、世間の誰もがDSMに挙げられたいずれかの精神疾患の基準を満たしてしまうからである。特に
人格障害においてはその傾向が強い。
本書には、「DSM-IVは、臨床的、教育的、研究的状況で使用されるよう作成された精神疾患の分類である。診断カテゴリー、基準、解説の記述は、診断に関する適切な臨床研修と経験を持つ人によって使用されることを想定している。重要な事は、研修を受けていない人にDSM-IVが機械的に用いられてはならない事である。DSM-IVに取り入れられた各診断基準は指針として用いられるが、それは臨床的判断によって生かされるものであり、料理の本のように使われるものではない。」と書かれており、非専門家による使用を禁じている。
また近代精神分析学や近代精神医学が分類・診断を始めたことで、それまでは個性や属性の一つと捉えられていたものが、疾病や障害や症状とされ、治療の対象にされるようになるなど、人間の世界に新たな差別が持ち込まれることとなった
[「オカマは差別か」(ポット出版2001年 P59)]。その点、血液型性格論と酷似している。また、書店に溢れる心理学や精神医学関係の類書が、一般の人に危うい読まれ方をされているのも事実である
[『「平気でうそをつく人たち」の危ない読まれ方』香山リカ 諸君1997年8月号)]。素人が聞きかじりの知識で周囲の人を診断してしまうなど、差別や偏見を広めている面もあるからである。その一例が、M・スコット・ペックの『平気でうそをつく人たち〜虚偽と邪悪の心理学〜』(草思社 1996)である。雑誌『諸君』(文藝春秋 1997年8月号)で
香山リカは『「平気でうそをつく人たち」の危ない読まれ方』と題して、その危険性を批判した。
なお、診断基準にDSMではなく、
ICD-10を採用している病院もある。
問題点
あくまでも症状、あるいは患者との問診で診断が行われているため、例えば手引きを読んで症状を偽られられると仮病との区別がつかないと言う意味では科学的な根拠は怪しいとの批判が存在する。また、近年の目覚しい脳解析学や脳神経科学等の進展により、精神科医によるDSMを基準とした
問診による診断が時代遅れになりつつあるとの主張も存在する。日米などで精神科医による
精神鑑定結果や診断名が異なることは往々にしてあり、
誤診や患者の
詐病もあることなどから、日本においては精神科での診断を問診から脳科学的な客観的根拠を持たせるように切り替えようと各大学や研究機関で研究が始まっている
[2005年5月30日朝日新聞朝刊「進化する画像診断 心の病画像で探知」]ただし脳解析学や脳神経科学等はいまだに初期の段階であり脳内の物理現象がどのように心理的現象として具現化するかは因果関係はいまだはっきりしていないことが多い。
DSMの日本語名
"Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders" の訳語として「精神障害の診断と統計の手引き」や「精神疾患の分類と診断の手引」、「精神疾患の診断・統計マニュアル」、「精神疾患診断統計マニュアル」などがあり、定訳と呼べるものは無い。多くの場合、単に DSM と呼ばれる。
脚注
関連項目
精神障害の診断と統計の手引きについて