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六浦

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六浦について

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

六浦(むつうら/むつら)とは、神奈川県横浜市金沢区にある地名。かつては武蔵国久良岐郡に属し、江戸湾港町として栄えた。なお、現在は「むつうら」と称されているが、中世においては「むつら」と呼称され、六面・六連などの表記も用いられていた。

歴史

古代

古くは六浦荘と呼ばれる荘園が設置され、六浦・金沢・釜利谷・富岡が4郷から成り立っていた。当初の領家仁和寺であったと言われている。保元2年(1157年)に源義朝から恩賞として常陸国那珂実経大中臣実経)に六浦荘が与えられたとされている。

中世

その後、和田氏を経て金沢流北条氏の所有となった。『吾妻鏡』によれば、仁治2年4月5日1241年5月17日)、鎌倉幕府執権北条泰時鎌倉と六浦を結ぶ道の開削を命じた。これが六浦道(朝夷奈切通)である。当時の六浦には複数の意味があった。まず1つには京都四堺をまねて設定された東の境が六浦に置かれた事である。山道によって鎌倉と隔たれた六浦は東方からの疫病などの邪悪なものを食い止める障壁として位置づけられていた。次に江戸湾を通じて関東地方中央部及び房総半島との交通の要所とされたことである。中世においては、現在の内陸地域である六浦川流域や手子神社金沢文庫駅付近にまで平潟湾が浸入していたと推定されており、六浦は天然の良港(六浦津)であったとされている。泰時がここに実弟の実泰が配置した背景にはここが商業・交通の要としての地位を有していたからであると考えられている。なお、六浦・金沢は明治まで塩田があった事でも知られていた。最後にここは風光明媚な景勝地(後世の「金沢八景」)で知られ、将軍九条頼経安貞2年4月28日1228年6月2日)に保養のために六浦に旅行している。実泰の子・金沢実時は金沢に拠点を置いて、金沢文庫称名寺を創設した。以後、六浦の政治的中心は金沢に移るが、港町としての六浦は繁栄を続ける事になる。 鎌倉幕府滅亡後は足利氏の支配下に入るが、その支配を巡って鎌倉府鎌倉公方)と関東管領上杉氏は度々衝突した。上杉憲方の配下とされる大喜光昌は、応永年間における六浦の支配者であるとともに対岸の安房守護代を兼ねていた上杉家中の実力者であった。その後、鎌倉公方足利持氏が簗田助良(官途名より房総方面に拠点を有していた簗田満助と同一人とも言われている)に称名寺の保護を命じたり、永享の乱に敗れた際に同寺に逃れているのも、六浦を経由して房総方面との連絡を維持しようとしたからだと言われている。享徳の乱によって上杉氏が鎌倉を占領した後、鎌倉とともに六浦を支配したのは太田道灌であったとされている。道灌が六浦を直接支配した証拠はない(恐らく、代官による統治であったとされる)ものの、現地に道灌にまつわる伝説が伝わっているのもこの時期の六浦が太田氏及びその主家である上杉氏の影響を強く受けていたからだと考えられている。その後、平潟湾の土砂の堆積や品川湊などの隆盛などによって戦国時代に入ると衰微したとされているが、実際には江戸時代初頭まで都市としての姿が続いたと考えられている。特に房総方面と鎌倉を結ぶ経路は六浦あるいはその外側の洲崎を経由した海上交通に依存するところが大きかった。安房の里見義豊が鎌倉攻撃時に併せて六浦を襲撃したり、上総国真里谷信隆が再起を期すために金沢に落ち延びたのも六浦が房総と武蔵・相模方面を結ぶ要所であったからである。なお、豊臣秀吉小田原攻めの際に細川幽斎が六浦を訪れている。

近世

江戸時代に入ると鎌倉の都市としての機能低下とともに急速に衰微し、沢庵宗彭がこの地を訪れた際には寒村と化していたとされている。後に六浦藩の藩庁が設置されたものの、往年の繁栄は回復する事はなかった。 明治22年(1889年)に六浦荘村となり、昭和11年(1936年)に横浜市磯子区、後に金沢区の一部となる。昭和5年(1930年)に湘南電気鉄道が開通し、翌年に京浜電鉄(後の京浜急行電鉄)と相互乗り入れ(後に合併)してからは、急速に発展を遂げて、東京・横浜に向かう人々のベットタウンとなった。

参考文献

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会/編『角川日本地名大辞典 14 神奈川県』(角川書店 1984年 ISBN 4040011406)
  • 佐藤博信『江戸湾を巡る中世』(思文閣出版 2000年 ISBN 4784210458)

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