IHIについて
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株式会社IHI(アイ・エイチ・アイ、)は、
重工業を主体とする製造会社である。本社は
東京都に所在する。旧社名は
石川島播磨重工業株式会社。
2007年7月1日より、従来略称として用いてきた
IHIを正式社名に変更した。
元来独立系の企業だが、旧石川島重工業の社長だった
土光敏夫が、
三井系の
電機メーカーである
東芝の再建に関わって以来、東芝と密接な関係にあるため、
三井グループを構成する二木会(社長会)・三井業際研究所(二木会直轄のシンクタンク)・
綱町三井倶楽部(三井系の会員制クラブ)及び月曜会(三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合)に加盟している。一方、旧石川島重工業と旧第一銀行とのつながりから
みずほフィナンシャルグループの大株主であり、メインバンクは
みずほコーポレート銀行である。故にIHIは
第一勧銀グループにも属しているといえる。さらに旧播磨造船所と旧三和銀行とのつながりから
三菱東京UFJ銀行とも接点を持つ。
コーポレートスローガンは「
Explore the Engineering Edge」。
沿革
旧石川島重工業
旧播磨造船所
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1907年(明治40年) - 播磨船渠(はりませんきょ)株式會社設立。兵庫県相生(現在の相生市)に船渠建設開始。
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1909年(明治42年) - 播磨船渠株式會社が解散。同年に起きた建設中の事故により船渠が崩壊し、出資者が事業意欲を失った事が原因とされる。
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1911年(明治44年) - 播磨船渠合名會社を設立。旧社の事業を引き継ぐ。
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1912年(明治45年) - 相生船渠完成。播磨造船株式會社に改組・商号変更。
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1916年(大正5年) - 株式會社播磨造船所(第一次)に商号変更。
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1918年(大正7年) - 帝國汽船株式會社と合併。鳥羽造船所(三重県)と共に同社の造船部となる。
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1921年(大正10年) - 帝國汽船、造船部を株式会社神戸製鋼所に営業譲渡。神戸製鋼所造船部となる。
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1929年(昭和4年) - 株式會社播磨造船所(第二次)、神戸製鋼所から分離設立。この時、造船部傘下の鳥羽電機製作所(のちの神鋼電機)は、神戸製鋼所に残る。
旧呉造船所
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1945年(昭和20年) - 株式會社播磨造船所、旧呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
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1952年(昭和27年) - 米ナショナル・バルクキャリア(NBC)、旧呉海軍工廠跡に呉造船部開設。
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1954年(昭和29年) - 株式會社呉造船所、播磨造船所から分離設立。
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1958年(昭和33年) - 世界初の10万トン級タンカーユニバース・アポロ就航。
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1962年(昭和37年) - NBCから同社呉造船部の営業譲渡を受ける。
石川島播磨重工業・IHI
製品
総合重工という業態から、取扱製品は多岐に渡る。詳しくは同社ウェブサイト内の
製品案内を参照。同業他社と比べると、日頃から目に触れるような一般民生品や耐久消費財が少ない。
大きくは5つの事業セグメントに分かれる。主力工場は次の通り。
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船舶・海洋事業
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* アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(下記参照・横浜、浦賀、呉)、
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* アイ・エイチ・アイ アムテック(相生)
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航空・宇宙事業
[田無工場(東京都西東京市)は、相馬事業所への移転完了に伴い閉鎖となった。]
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* 相馬第一・第二工場(新加工棟を建設中)(福島県相馬市)、瑞穂工場(東京都瑞穂町)、呉第二工場(広島県呉市)、富岡事業所(群馬県富岡市)
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機械事業
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* 横浜第二工場(横浜市)、愛知工場(愛知県知多市)、呉新宮工場(広島県呉市)
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物流・鉄構事業
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* 砂町工場(東京都江東区)、横浜第一工場(横浜市)、愛知工場、相生生産部(兵庫県相生市)、呉新宮工場(広島県呉市)
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エネルギー・プラント事業
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* 横浜第一工場、相生工場(兵庫県相生市)
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その他の事業
船舶・海洋製品
船舶・海洋製品については、2002年に分社化した
アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッドが担当している。
商船・海洋製品
艦艇
戦前の
日本海軍への受注は小艦艇が主だった。戦後は輸出向けに建造されたことはないため、納入先は
海上自衛隊のみである。
東京石川島造船所(戦前)
明治初期に数隻建造したのみで軍艦建造から離れたが、
大正期になり
駆逐艦建造で復帰した。
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軍艦:千代田形、鳥海 [I]
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練習艦:石川
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敷設艦:白鷹 [II]
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駆逐艦
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* 樅型:栂、薄、菫、蓬
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* 若竹型:朝顔、夕顔
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* 神風型:疾風[II]
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* 睦月型:卯月長月[II' target='_blank'>/search/wiki/%E9%95%B7%E6%9C%88+%28%E7%9D%A6%E6%9C%88%E5%9E%8B%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6%29'>長月[II
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* 吹雪型:薄雲[II]、天霧
播磨造船所(戦前)
石川島播磨(東京)
アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(横浜)
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ひゅうが型護衛艦
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* ヘリコプター搭載護衛艦 DDH-181 「ひゅうが」 (1番艦)
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* ヘリコプター搭載護衛艦 DDH-182 艦名:未定 (2番艦) 建造中
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たかなみ型護衛艦
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* 護衛艦 DD-112 「まきなみ」 (3番艦)
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* 護衛艦 DD-114 「すずなみ」 (5番艦)
アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(浦賀)
官公庁船
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大型浚渫兼油回収船 「海翔丸」
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大型浚渫兼油回収船 「白山」
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巡視船 「はかた」
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巡視船 「しきしま」
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海洋気象観測船 「凌風丸」
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海洋地球研究船 「みらい」
航空機・宇宙
ジェットエンジン
航空の分野において、IHIはジェットエンジン製造を専業とし、初の国産ターボ・ジェットエンジン「ネ20」は同社の製品である。国内におけるジェットエンジンのシェアは60%を超え、トップである。
国産
ライセンス生産
宇宙
宇宙事業は100%子会社の
IHIエアロスペースがその多くを担っている。
機械事業
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高炉
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製鋼炉
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熱処理炉
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圧延設備
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製管設備
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精製仕上設備
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機械プレス
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圧縮機
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送風機
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ポンプ
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製紙・パルプ機械
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ゴム・プラスチック加工機械
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蒸気タービン
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歯車装置
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汎用圧縮機
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過給機
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分離機
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鋳鍛造品
物流・鉄構事業
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ローダー
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アンローダー
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スタッカー
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リクレーマ
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クライミングクレーン
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自動倉庫
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物流システム
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橋梁
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ゼネコン等からの発注またはJVを組んでの製造
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駐車装置
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タワーパーキング
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鉄骨
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水門
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シールド掘進機
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シールド工法にてトンネルを掘削する機械
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セグメント自動組立
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コンクリート製品
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プレストレストコンクリート製品
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鉄道車両
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案内軌条式鉄道車両
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制震装置/免震床
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除雪機械
エネルギー・プラント
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事業用ボイラ
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産業用ボイラ
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舶用ボイラ
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排煙脱硫装置/排煙脱硝装置
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原子力機器
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太陽エネルギー利用プラント
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石炭液化ガス化プラント
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石油精製プラント
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石油化学プラント
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大型風力発電設備
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セメントプラント
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医薬プラント
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海水淡水化装置
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LNGタンク/LPGタンク
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原油タンク
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水処理装置
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廃棄物処理装置
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ガスタービン/ガスエンジン
その他
関連会社
2007年の会社名変更に合わせ、子会社も従来の「石川島〜」より「IHI〜」に名称を改めてきている。また本店住所、出資比率もあわせて記載する。
影響力
幕末以来150年を超える歴史を誇り、重機・
造船などの重工業において、日本を代表する名門企業の一つである。日本の工業技術をリードしてきた企業の一つであり、国鉄(現在のJR)
東京駅の
丸の内側本屋建設(
1914年開業)、
永野治による日本初のターボ・ジェットエンジン開発(
1945年完成、
第二次世界大戦での日本敗北の直前)、日本国内最大の大型
海水淡水化装置建設(
1967年、
長崎県外海町(現
長崎市)
池島)、
東京湾アクアライン工事用シールド掘進機納入(
1997年)、
明石海峡大橋の
ケーソンやタワー(主塔)の建設(
1998年開通)など、その業績は数多く存在する。
そのため、同社のトップは政財界において大きな発言力を持ち、社外においても様々な場面で重用されてきた。最近では同社相談役の
伊藤源嗣が
日本経済団体連合会(日本経団連)の評議員会副議長を務めていた(就任時は社長、2003年〜2007年)。
1980年代に
中曽根康弘首相が進めた
行政改革においては、その基本方針をまとめた
第二次臨時行政調査会の会長を同社出身の
土光敏夫(当時は経団連(当時)会長)が務め、その主要政策として実行された
日本電信電話公社の民営化では
真藤恒が同公社の最後の総裁、及び
日本電信電話株式会社(NTT)の初代社長としてその移行を実現させた。また、
稲葉興作は
1993年〜
2001年に
日本商工会議所の会頭であった。
一方、名門であるが故に、日本企業の持つ構造的な問題点を抱えているとも指摘できる。その一つとして、各種公共事業における
談合に同社が積極的に関与しているという疑惑が持たれており、
2005年に発覚した
橋梁談合事件では法人としての同社と個人としての同社元社員が起訴された。
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関連項目
外部リンク
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