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NEWS23

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NEWS23について

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

NEWS23』(ニュースツー(もしくは『トゥー』)スリー)は、TBSテレビJNN)で1989年10月2日から生放送されている最終版の報道番組である。 番組開始から2008年3月28日までは番組タイトルが『筑紫哲也 NEWS23』(番組ロゴの表記は、TETSUYA CHIKUSHI NEWS 23)で、初代メインキャスターを務めた筑紫哲也冠番組であった。当時の通称は「ニュース23」もしくは「NEWS23」。 2009年3月のリニューアル以前はキャッチフレーズ真夜中のニュースランド』→『最強最良の夜ニュース』)が存在していた。 なお、現在放送しているJNNのニュース番組では最も長く放送している(終了したJNNのニュース番組も含めると最長は『JNNニュースコープ』の27年半)。

番組の沿革

放送開始の経緯

TBSの平日ニュース最終便としては、1988年9月までの22時台に『JNNニュース22プライムタイム』を放送。同年10月からは『JNNニュースデスク'89』を放送し、1989年9月打ち切り。同年10月に、21:00以降のTBSの平日のテレビ編成の見直しと兼ねて、23:00台のニュース枠新設の際に筑紫哲也をメインキャスターに迎えて、当番組を編成した。
  • TBSは以前から、テレビの出演経験の豊富な筑紫にニュース番組のキャスターを打診していた。しかし、TBSと資本関係にない(過去には読売新聞社と共に資本関係にあった)朝日新聞社に在籍していたこともあり、筑紫は円満退社を希望。それが筑紫のニューヨーク転勤を機に円満退社に向けた準備が整い、ようやくTBSの打診を受け入れた。
番組名に使われている数字「23」は放送時間の由来もあるが、野球のフルカウント「ツーストライク スリーボール」の略称の由来もあり、読みは「にじゅうさん」や「トゥエンティースリー」ではなく「ツースリートゥースリー)」の読みになった。これは当時視聴率が低迷していたTBSの平日最終版ニュースの「起死回生」にかけた 。 以下、女性サブキャスターの入替とともに番組が大きく衣替えしていることから、それに従い第1期、第2期…とする。

第1期(1989年10月 - 1997年9月)

1989年10月、放送開始。筑紫のほかに浜尾朱美池田裕行を中心に進行。スポーツキャスターの初代は野球解説者の小林繁。 第1期は2部制を採った。第1部で報道局とスポーツ局が制作するニュースと特集、スポーツニュースを放送した後、23:50からの第2部では社会情報局(TBSビデオ問題後の社内改革で廃止)が主に制作する特集を放送。ただし当時、番組は第1部と第2部という呼び方の他、「報道」「スポーツ」「情報」の3つから成る、という表現もしていた。 第2部はアシスタントを阿川佐和子有村かおり、後期は渡辺真理が務めた。『情報デスクToday』の後継枠であるが、ニュース部分を報道局担当パートに集約させたため、いわゆる「企画枠」として、インタビューからドキュメントまで幅広く扱った。第2部は社会情報局担当による「任意ネット=ローカル」枠であったため、この枠をネットしない地域があることから、第1部の終わりに(第2部のエンディング曲のインストルメンタル版をBGMに)筑紫もしくは浜尾が「今日のニュースとスポーツをお伝えしました」と締め、第1部でネットを終える局への挨拶代わりにしていた。 この頃の新聞のラ・テ欄表記は「筑紫哲也ニュース23」で、番組内でもよく使用していた。

第2期(1997年10月 - 2006年9月)

1997年10月にリニューアル。筑紫と1年前から参加していた佐古忠彦に加え、草野満代進藤晶子の4人となる。金曜以外の第2部を廃止(TBSが若者向け情報バラエティ『ワンダフル』をスタートさせたため)、番組ロゴ・テーマ曲、Nスタジオのセットやグラフィックデザインなどをリニューアルし、新聞表記も「ニュース23」(初期のロゴから英語の「NEWS23」となったまま)から「NEWS23」となった。 リニューアルに合わせて、30分遅れの金曜を通称金曜版ニュース23とし、第2部を「金曜深夜便」と改称。1999年からは金曜日のテーマ曲をピアノアレンジ違いとしている。 2004年10月からは月曜日の放送を拡大し、第2部復活版ともいえる企画「月+(マンデープラス)」を開始。 2005年3月28日から、TBSが日中の報道・情報系生ワイド番組のリニューアルに伴い、「NEWS23」もタイトルロゴ、セット、テーマ曲を1997年秋以来7年半ぶりに新しいものに変更した。天気予報も全曜日で気象予報士でタレントの山田玲奈が務めた(2004年4月から2005年3月までは金曜日のみ気象予報士の真壁京子が務めてきた)。

第3期(2006年9月 - 2007年12月)

2006年9月25日、筑紫以外の出演者のリニューアルを行う。フリーランスの膳場貴子山本モナに加え、高野貴裕がスポーツキャスターを担当。これまでは金曜日に限りオープニングの音楽がピアノバージョンだったが、このリニューアルをもって金曜日のオープニングはピアノではなく他の曜日と同じアレンジとなっている。 しかし、出演者の離脱・休養・加入が相次ぐ。(詳しい経緯は後述)。リニューアルしたその週に、山本モナが写真週刊誌に不倫報道を報じられ、翌週から出演を見合わせ、そのまま降板となる。これを受けて、12月に出水麻衣岡山裕子が加入、2007年3月に三澤肇が加入する。 一方、筑紫は2007年5月から病気治療のために入院することになった。筑紫は入院中も音声メッセージによる出演を行い、10月には5ヶ月ぶりにスタジオから出演。以後は不定期の出演となる。

第4期(2007年12月 - 2009年3月)

筑紫の不在を受けて、12月3日から後藤謙次(元共同通信)がメインキャスターに就任。筑紫は“スペシャルアンカー”として、大きなニュースがある場合のみ出演する事となった。 タイトルは後藤就任後も暫しの間『筑紫哲也 NEWS23』のまま変更されなかったが、2008年3月31日より、番組名から筑紫の名前を外して、総合司会者の冠名なしの単なる『NEWS23』となった。その旨は2008年3月28日放送の筑紫出演回で「来週からの番組刷新で、タイトルから私(筑紫)の名前が消えます。ただ、体力が許される範囲・番組にプラスになると思える範囲内で番組には関わりたい」と挨拶している。しかし『後藤謙次 NEWS23』や『JNN NEWS23』になる訳ではない。またそれにつき番組テーマソング・オープニングCGや番組ロゴも変更となり、スタジオパートもバーチャル合成の常用を前提とした形となった。その他「月+」が「月ONE」に、「金曜深夜便」が「金曜解放区」に、それぞれ改題された。 2008年10月改編で22:54(実質22:56)からのフライングスタートを廃止し、9年半ぶりに23:00開始・23:54終了に戻し、月曜日の第2部(現在の「月ONE」)を同年9月29日の放送で廃止した。この改編から番組表には、メインキャスター名の冠タイトルの代わりに最初の行に「NEWS23 後藤謙次」と表記されることが多くなった。 同年11月7日に昨年5月から病気治療していた筑紫が逝去した。当日の「NEWS23」は冒頭18分間と「金曜解放区」の当初の内容を変更し、筑紫の追悼特集に充て、鳥越俊太郎天野祐吉姜尚中がゲスト出演した。なお、筑紫の死やこれまでの功績を伝えるVTRのナレーションは、かつて番組の男性サブキャスターだった佐古が担当した。その他、番組OGの浜尾、有村、進藤がVTR中でインタビューに応じたほか、草野も出演こそなかったがコメントを寄せていた。この回については特例として「金曜解放区」もJNN協定適用枠に準じた扱いとなり、毎日放送などでもフルネットされた。 2006年秋 - 2008年春の出演者の変遷
  • 2006年9月29日 - この日発売の写真週刊誌フライデー」(2006年10月13日号)で、山本モナと民主党細野豪志衆議院議員との不倫が報じられた。山本は翌週10月2日放送分から「体調不良による休養」として出演を見合わせ、10月23日付けで番組を降板した。山本降板以降、後述の三澤の加入まではスポーツ担当の高野がニュース読みを兼務した。(高野はスポーツキャスターという立場からラフな格好で登場していたが、ニュース読みを担当以降スーツネクタイ姿で登場することに)
    • かつてJNN最終版のニュース番組『JNNニュース22プライムタイム』では、メインキャスターを務めた森本毅郎が同局の女性ディレクターとの深夜の密会が同じ週刊誌「フライデー」で報道されたことを受け、1ヶ月ほどの番組出演自粛という事実上の謹慎処分で制裁を受けたが、山本の件に関しては、所属事務所が「軽率な行為であり謝罪します」とコメントを発表する一方で、番組では23日の放送で膳場・高野両キャスターから降板に至る経緯が説明されたのみであった。筑紫は「短い間で残念でした」とコメントするにとどまった。山本の行為やTBSの対応には賛否両論があった。
  • 12月4日出水麻衣(TBS入社1年目、月〜木担当)と岡山裕子メ〜テレ出身のフリーアナウンサー・気象予報士、金曜担当)がフィールドキャスターとなる。ただし2名とも天気コーナー主体の担当で、山本とは実質的に位置づけが異なる。
  • 2007年3月5日三澤肇が加入。三澤は近畿広域圏の系列局、毎日放送(MBS)記者アナウンサーとして入社)で、MBSからの出向。大きな事件の際には、現場からのリポートを行っていることから、実質の山本の後任フィールドキャスターとなった。
  • 5月14日、「多事争論」のコーナーをオープニングで行い、そこで筑紫自身から初期の肺がんであることを公表。筑紫は闘病・休養に入ることとなり、出演を見合わせ。筑紫のコラム「多事争論」の頻度は減り、声だけの出演となる。
  • 5月15日、筑紫がいないことを前提に、膳場(メイン)・三澤(サブ)体制のNEWS23がスタート。
  • 8月28日29日、膳場と三澤が、三澤の“ホームグラウンド”である、MBSの報道局デスクやスタジオ通常『VOICE』(関西ローカルの夕方ニュース)を放送しているスタジオ。三澤は同番組の初代メインキャスターでもあった。から、全編番組を放送。高野は唯一東京のスタジオで留守番という形になった(プロ野球など世界陸上以外のスポーツニュースを伝えた)。この2日間の天気予報は、膳場が大阪から伝えた。
    • 8月25日から9月2日まで開催されていた「世界陸上大阪大会」をMBS・TBS系列が独占放送していたことにちなむ(膳場・三澤はそれぞれ世界陸上に湧く大阪の実情を取材)。この時、出水は同大会のミックスゾーンキャスターであることから、長居陸上競技場から出演。
  • 9月10日から14日、メイン代行の膳場が夏休み、三澤が膳場(メイン代行)の代行を1週間務めた。これに伴い、出水・岡山の両名は全曜日に渡って出演。月・火曜は出水、水 - 金曜は岡山が三澤(サブ)の代行を務めた。天気予報については、岡山が金曜に加え、出水が担当していた月・火曜も担当することに(出水は水・木曜を担当)。ニュースについては基本的に出水と岡山が交互に伝えていた。
  • 10月8日、筑紫が復帰。入院前よりやや太っており元気な様子だったが、「これまで通り毎日来ることはできないかもしれない」「大きいニュース(政局が動いた場合や大事件・事故)がある時に駆けつける形になる」とも語っており、以降、当面は不定期出演という形を取る。また、抗がん剤の影響で髪も抜け落ち、戻りつつある(筑紫は、発展途上という言葉に置き換えて伝えた)が、付け毛をしていることも明かした。
  • 10月16日、「環境スペシャル地球破壊3!中国編!"巨龍発熱"」で復帰後2度目の出演(この日は普段ネットしないMBSもネット)。
  • 10月23日、筑紫の出演が不安定な事情や、筑紫の意向もあり、新メインキャスターを後藤謙次共同通信社前編集局長)が担当することを発表。
  • 11月5日小沢一郎民主党代表辞意表明(のちに撤回)を受けて3度目の生出演。関連して、11月8日には筑紫が録画出演し、小沢との1対1のインタビューを行った。
  • 11月23日滋賀石山寺より復帰後4度目の生出演。
  • 12月3日、後藤がメインキャスターとして最初の出演。なお就任当初、金曜は取材日に充てるため出演せず、大きなニュースがある場合のみ出演という形を取っていた。
  • 2008年2月1日、高野が翌週から『イブニング・ファイブ』を担当することになったため番組を降板。
  • 2月4日、出水と岡山の担当が変わり、出水がスポーツキャスターを担当、岡山が月曜 - 金曜を通じて出演、天気予報を担当することになった。
    • なお、出水は日曜日に『J-SPO』の生放送があり、NEWS23全曜日に出演することになると週6日勤務となり、TBS内の労使協定に反する過重勤務となるため(尤も同年春以降この協定はうやむやになりつつあるが)、『J-SPO』の方の都合が付くまで月曜 - 木曜のみの生出演とし、当面金曜のみ膳場がスポーツコーナーも兼務していた(VTRで出水が出演することもある)。これは、かつてのスポーツ担当であった小倉弘子が日曜日にも『サンデー・ジャポン』に出演していた時と同様の対応である。
  • 4月4日、それまで月曜 - 木曜の出演であった後藤と出水が金曜日にも出演するようになる出水は同年3月30日を以って『J-SPO』を降板したため、前述の問題が解消された
上記のように2006年10月のリニューアル以降、出演者の離脱・補充が相次ぎ、番組としては安定しているとは言い難い状況が続いた。特に筑紫が闘病のため離脱しメインキャスター不在となって以降、視聴率も低落傾向となる。その結果、2007年7月の月間平均視聴率が「NEWS ZERO-7.259」「NEWS23-7.2」と、裏番組『NEWS ZERO』とほぼ互角となり、同番組に負ける日も少なくない状況となり、最近では『ニュースJAPAN』(フジテレビ)までにも負けている。この視聴率の低落は、2008年春のリニューアル以降も続いている。また、2008年7月25日放送分では『ワールドビジネスサテライト』(テレビ東京)に僅か0.1%差で負けてしまった視聴率!2008年7月25日

第5期(2009年4月 - )

後藤は夕方の『総力報道!THE NEWS』に異動することになった。これに付随する形で2009年3月30日以降のNEWS23は23時台前半30分(金曜のみ後半30分)のみのストレートニューススポーツニュース枠へと衣替えすることになった膳場貴子メインキャスターの『NEWS23』3月30日(月)からスタート(TBS。空いた月曜から木曜の23時台後半はバラエティー枠(『吉崎金門海峡』)に転換される。 リニューアル後は膳場が正式にメインキャスターに昇格。岡山がサブキャスターとして続投するが、それ以外の出演者は入れ替えられ、スポーツキャスターとして伊藤隆佑、お天気キャスターとして森田正光が加わった(森田の出演は一部の地域を除く)。 今回リニューアルから画面下部に「JNN HEADLINE」と表示された文字ニュースが本編中常時ティッカー形式で表示されるようになった。外国のニュースなどに似せた形で当日の主なニュースがスクロールされる。地方局取材のニュースでは文章の後ろに取材局などが表示される。尚、取材局名は5月1日にまで略称だったが(例:MBS、CBCなど)、5月4日からは正式名称(例:毎日放送中部日本放送など)に変更されている。また、ニュースタイトルは簡素のものになり映像中の右上のみ出るようになった。 このリニューアルに伴い、番組開始以来初めて座席が置かれなくなり、平日昼の『THE NEWSひるおび!』に内包して放送されている。と同じくキャスターが起立した状態でニュースを伝えるようになった。 上記のようなリニューアルを行い、視聴率は『『NEWS ZERO』(日本テレビ系列)には相変わらず抜かれているが、日によっては『ニュースJAPAN』(フジテレビ系列)を抜かすこともある。しかし『ワールドビジネスサテライト』(テレビ東京系列)に抜かされる日もある。

年間テーマ

1991年から2008年までは、その年の年間テーマを掲げ、シリーズ特集を組むことがあった。
  • 1991年:日本が危ない!
  • 1993年:乱
  • 1994年:論
  • 1995年、1996年:脱
  • 1998年:壊
  • 1999年:それから
  • 2000年:こころ
  • 2001年:幸福論、世界が変わった日(9月12日-、アメリカ同時多発テロの発生による)
  • 2002年:新・幸福論
  • 2003年:Go!Slow スローで行こう
  • 2003年・2004年:この戦争の正体(イラク戦争に伴う)
  • 2005年:翔
  • 2006年:変
  • 2007年:破
  • 2007年:がんを生きぬく(この期間に筑紫ががんを患っていることが判明)
  • 2008年:地球破壊

出演者

メインキャスター

  • 1989.10.02 - 2007.11.30(実質、2007.11.23まで):筑紫哲也
※筑紫が休暇や出張、療養などで休みの時は、初期は黒田清、ここ数年までは嶌信彦秋山豊寛らが筑紫の代理を務めていた。ここ最近は休暇の場合、前述の嶌信彦をはじめとした文化人や評論家が日替わりで登場するようになるが、キャスターというよりはコメンテーター的ポジションであり「多事争論」以降の番組後半からは登場しない。実質上の代理は佐古が務め、2006年9月以降および、筑紫闘病・休養中は膳場が担当。 ※この時期の後藤は月 - 木のみ出演。毎週金曜日は取材日に充てるため、筑紫同様に大きなニュースがない限り登場せず、この役割は実質膳場が担当する。
  • 2008.03.31 - 2009.03.27:後藤謙次
※2008年春の番組リニューアルに合わせ、全曜日出演するようになった。
  • 2009.03.30 - :膳場貴子

サブキャスター

第一部 ※池田が不在の時には、当時TBSアナウンサーの岡崎潤司が担当することもあった。 ※佐古は降板後も国会からの中継報告などで度々登場している(他の時間帯にも登場)。2007年11月7日は約1年ぶりにスタジオにも登場した。 ※筑紫休養後は膳場がメインを務め、後藤加入後も実質的進行役を務める(オープニングも2008年春の番組リニューアル以降、後藤・膳場のツーショットから始まるため、実質同格ともいえる)。三澤はフィールドキャスター兼務。不在時は出水又は岡山(2008年2月以降は原則として岡山)がその役割を兼務 第二部(月 - 木) ※1997.10以降の「金曜深夜便」→「金曜解放区」、及び後に新設された「月+」→「月ONE」については第一部の出演者がそのまま出演する(但し出水は退席。岡山も毎回いるわけではない)。

フィールドキャスター

※実際は現場取材は三澤が中心に行っている。出水・岡山ともに天気も兼務しており、三澤不在時はサブキャスター、高野不在時はスポーツキャスターも兼務していた。 ※なお、出水が担当曜日に不在の場合は原則として岡山が代行(木曜日など一部高野が代行)。筑紫闘病・休養中は、膳場不在時に出水・岡山とも全曜日に出演し、片方がサブキャスターを代行。 ※岡山がそれまでと同様の役割を全曜日渡って担当。担当初期は日経CNBC『夜エクスプレス』出演と重なることがあり、当該日はオープニングに登場せずに、原則天気のみの担当であった。
  • 2009.03.30 - :※フィールドキャスター廃止

スペシャルアンカー

  • 2007.12.03 - 2008.03:筑紫哲也
※2007年5月に肺がんを患って以降、闘病・休養に充てる時間が多くなったことから、メインキャスターの座を後藤に託す形となったが、大きなニュースのあった時や季節の変わり目、年末年始などの節目節目に出演していた。

スポーツコーナー担当

スポーツ担当キャスター不在時は女性サブキャスターが代行、逆にサブキャスターに欠員がある場合はスポーツ担当キャスターがサブキャスターを代行することも(ただし現在は岡山の方が優先的にサブ代行となるため、出水がサブ代行に廻るのは膳場・三澤双方がスタジオを空けた場合に限られる。また、高野担当時代は例外で、高野不在時にはフィールドキャスターの出水又は岡山が代行していた)。 ※2000.4 - 2002.2は日曜日に『大好き!東京ゲスト10』『サンデー・ジャポン』を担当していたため、その間は月 - 木曜のみの出演、金曜日のみ草野満代が兼務。 ※小林以来の男性スポーツキャスターだが、TBS男性局アナは初起用。山本モナ降板後、三澤肇加入までは、フィールドキャスターも兼務。 ※出水が、日曜日に『J-SPO』を担当していたため、金曜日はサブキャスターの膳場が兼務。
  • 2008.03.31 - 2009.03.27:出水麻衣
※2009年3月13日のストライキ時には出演せず、膳場が兼務した。また、最終2週においては出水の生出演の無い日が週1回存在した(この場合も膳場が兼務)。これは出水が土曜日に『王様のブランチ』を担当するようになった兼ね合いとみられる。 ※高野以来、3人目の男性スポーツキャスターで、男性アナウンサーの登板は2人目。 サッカー23解説者 かつて、毎週月曜日(原則)に、主として前週末に行われたヨーロッパ各国のサッカーリーグ戦などについて解説していたが、久保田が降板した2006年9月以降は行われていない。

お天気コーナー担当

  • 1989.10 - 2004.03:※なし(女性サブキャスターが伝えた。不在の際には、スポーツ担当アナウンサーが伝えていた)
  • 2004.04 - 2005.03:真壁京子(金曜日のみ)
  • 2005.04 - 2006.09.22:山田玲奈
  • 2006.09.25 - 2006.09.29:※なし(膳場と山本が日替わりで伝えた)
  • 2006.10.02 - 2006.12.01:※なし(女性サブキャスターが伝えた)
  • 2006.12:出水麻衣(月‐水)、岡山裕子(木・金)
  • 2007.01 - 2008.02:出水麻衣(月‐木)、岡山裕子(金)
※出水が土曜日に『チャンネル☆ロック!』(2006.12まで)、日曜日に『J-SPO』を担当していたため出演できない分を岡山が担当した。
  • 2008.02 - 2009.03.27:岡山裕子
  • 2009.03.30 - :森田正光(一部地域ではローカルニュースへ差し替えのため原則として出演しない)

ナレーター

  • 八戸優(スポーツコーナー 2009年3月までは木曜と金曜のみの出演)
※一部の項目は伊藤もナレーション(事前撮り)をしている。 過去のナレーター ナレーションは、「です・ます」調と「だ・である」調両方使われていた(前者はフラッシュニュース扱いの場合が多い)。2009年3月の大改正によりスポーツコーナー担当の八戸以外全員降板となった。 ニュース・特集
  • 屋良有作(月曜 - 木曜、2008年10月 - 2009年3月)※三澤不在時にはフラッシュニュースの影読みも行った。
  • 石井康嗣(月曜 - 金曜、2008年4月 - 2008年9月。金曜、2008年10月 - 2009年3月)※屋良同様に三澤不在時にはフラッシュニュースの影読みも行なう
  • 柳志津男(ニュース、特集など、 - 2008年3月)
スポーツ
  • 真中了(-2008年3月まで 月曜から水曜)
※出水がスポーツキャスターになった2008年2月以後、一部のスポーツ項目は出水もナレーション(事前撮り)していた(2008年3月28日の回まで出水の出演しない金曜日は従来通りナレーターのみ)。

キャスター変遷

「筑紫哲也 NEWS23」→「NEWS23」キャスターの変遷
期間メイン女性サブ男性サブスポーツ天気第2部サブ
1989.101991.3 筑紫哲也浜尾朱美池田裕行小林繁(不在)阿川佐和子
1991.41992.3 |rowspan=3|有村かおり
1992.41992.9 木場弘子
1992.101996.10 香川恵美子
1996.101997.9 池田裕行
佐古忠彦
渡辺真理
1997.101999.9 草野満代佐古忠彦進藤晶子(放送なし)
1999.102004.3 小倉弘子
2004.42004.9 真壁京子
(金のみ)
2004.102005.3 久保田智子
2005.42006.9.22 山田玲奈
2006.9.252006.11 膳場貴子(不在)高野貴裕
(不在)
2006.122007.2 出水麻衣
(月 - 木)
岡山裕子
(金)
2007.32007.11 三澤肇
2007.122008.1 後藤謙次
2008.22009.3 出水麻衣岡山裕子
2009.4現在 |岡山裕子(不在)伊藤隆佑森田正光
備考
  • フィールドキャスターは省略。
  • お天気キャスターが不在の時期は、基本的に女性サブキャスターが兼務。
  • 2000.4 - 2002.2:小倉は金曜日は出演なし(草野が兼務)。
  • 2006.12のみ:出水は月 - 水担当(木曜は岡山が担当)。
  • 2008.3まで:後藤、出水は金曜日は出演なし(膳場が兼務)。

放送時間

TBSでの放送時間(系列局が飛び降りる場合はタイムテーブルで記す)。表記はすべてJST。 金曜以外
  • 1989.10 - 1997.09…23:00 - 翌0:30(一部地域は23:50まで)
  • 1997.10 - 1999.03…23:00 - 23:55
  • 1999.04 - 2004.09…22:54 - 23:50
  • 2004.10 - 2008.09…22:54 - 翌0:25(月)、22:54 - 23:50(火 - 木)
  • 2008.10 - 2009.03…23:00 - 23:54
  • 2009.04 - 現在…23:00 - 23:30
金曜日
  • 1989.10 - 2009.03…23:30 - 翌0:35(一部地域は翌0:20まで)
  • 2009.04 - 現在… 23:30 - 23:59(一部地域は23:55まで)
※番組開始当初から年末年始は、特番編成の関係上、放送を休止している(代替番組として、15分程度のJNNニュースを、23:30頃に設けている)。

タイムテーブル

2009年3月30日現在。あくまでも目安。 ※()内の放送時間は金曜日のタイムテーブル。
  • 23:00(23:30)- オープニング、今日の主なニュース
  • 23:10頃(23:40頃)- その他のニュース(国内編)
  • 23:14頃(23:44頃)- スポーツニュース
  • 23:22頃(23:52頃)- その他のニュース(国際編)
  • 23:25頃(23:55頃)- 局によりローカルニュース差し替え(MBSなど)があるため、飛び降りポイントの局向けのエンディングの挨拶(岡山と伊藤はここで退席)
  • 23:26頃(23:56頃)- 森田予報士の天気(局によりローカルニュース差し替えあり)、エンディングの挨拶(膳場と森田のみ)
  • 23:29(23:59) 終了
放送中は随時、画面下部に「JNNヘッドライン」と題し、各系列局のニュースをティッカー(ロールテロップ)にて表示

主なコーナー・シリーズ企画

NEWSラウンドアップ / NEWS INDEX / TODAY / flash23

いわゆるフラッシュニュースの名称。2009年3月27日までは、サブキャスターやナレーターが交互に原稿を読んでいた。以下に挙げるように第1コーナーにこのコーナーを放送したこともあるが、その日の内容によって変更することもあった。
  • 第1期(筑紫・浜尾・池田など)末期の金曜版はゆったりした進行を意識し、その日のニュースはNEWS INDEXをベースにした。
  • 1998年にフライングスタート開始した際、放送時間が重複していた『NNNきょうの出来事』を参考にし、フラッシュニュースから始まり、特集予告などを挟み、オープニングCGが流れてキャスターの挨拶という順序をとった(およそ1ヶ月)。
  • 2008年4月のリニューアルで「TODAY」と改称。オープニングCGとトップニュース・特集予告等に続いて『ZERO』のコーナー「24H」を意識したフラッシュニュースのコーナーへと続き、そのあとにスタジオ挨拶となった。2008年8月の北京オリンピックの開会を機に、正式に天気予報の前の枠(金曜以外は、その後2008年9月に天気予報がスポーツの後に移動したため、スポーツコーナーの前の枠)に固定された。
  • 2009年3月30日からは、「flash23」と再度改め、「SPORTS23」を境にその前を「JAPAN」として日本国内のニュースを、その後を「WORLD」として世界各国のニュースを、膳場と岡山で伝える。「WORLD」からは、スポーツを担当している伊藤も加わる。ただ、ニュース部分で時間を割いたり、「SPORTS23」でミニ特集を組んだ場合、「SPORTS23」の直後に、「JAPAN」と「WORLD」を一括りにした格好の「flash23」として伝える。

SPORTS23

いわゆるスポーツニュースのコーナー。小林繁時代は本番組立ち上げ以前のスポーツニュース番組たる「スポーツチャンネル」の名称をコーナー名として承継していたが、後にこのコーナー名は廃止され、口頭で「スポーツです」との紹介に留まる形になった。高野がスポーツ担当に就任した2006年9月25日より、コーナー名として「SPORTS23」と再命名された。ただ、コーナー名の紹介はロゴ等の表示でしか確認できず、2006年9月のリニューアル前と同じく「スポーツです」と紹介されている(出水時代はロゴ自体も存在しなかったが、伊藤が就任した2009年3月より復活した)。

多事争論

筑紫が好きな言葉である福澤諭吉の言葉を拝借したコラムコーナーで、1992年10月5日開始。筑紫が毛筆でテーマを書いたフリップを持ちながら90秒、筑紫の私的な意見や感想を述べる1997年9月から1998年9月まではフリップを用いず、大型モニターにテロップで筑紫直筆のタイトルと関連する映像が映し出され、その前に筑紫自身が立って話すというスタイルをとっていた。。筑紫が事実上メインキャスターを退いてからは余り放映されていない。 なお、筑紫が夏休みで番組を休んでいる場合、各日のゲストコメンテーター(毎日新聞岸井成格編集委員や東京大学姜尚中教授など)が「多事争論」コーナーで意見を述べている。コーナー開始前の小映像もそれぞれその日のコメンテーターが登場するものである。2007年7月には、「私の多事争論」と題して、落語家の立川談志が出演した。
  • このコーナーの影響は大きく、筑紫は「抗議の電話が多いだろうなぁ」と思いながら本番に臨むときもあったという。
  • ジャンルを問わず様々な番組で「多事争論」の名前を少し変え、コラムやインタビューなど色々な企画が放送されている。
  • TBSニュースバードでもこのコーナーのみで0時30分、1時30分(月曜と金曜深夜は2時30分も)からの放送で放映されていた(2008年3月まではEPGにはタイトルが掲載されていたが、当該枠は最新ニュースとスポーツニュースを送っていた。主要ニュースとスポーツはこの番組からの再構成である。同4月以後は「みっどないとバード」=0時から4時半までのゾーン総称になっている)。
筑紫が一線から退き後藤がメーンを勤めるようになった約1週間後の2008年4月9日放送から「後藤謙次の発信言」という、「多事争論」の後枠といえるコーナーが始まり、不定期で放送されていたが、いつの間にか放送されなくなり(2008年9月ごろ?)、末期は各ニュース項目のまとめ時に「後藤の視点」と題して後藤が論評するコーナーを設けて代替していた。

異論!反論!OBJECTION

第1部と第2部の合間にあったローカルニュース枠で放送されていた街頭インタビューコーナー。ひとつのトピックをもとに街頭インタビューを行い、賛成、反対織り交ぜたさまざまな意見を紹介した。「スポーツ23」でこのコーナーのパロディが放送されたことがあり、全国化を果たした形となった。2部制終了後の一時期は全国枠での放送となっていたが、最近は月曜日の第1部エンディングと「月ONE」の間のローカル枠での放送という番組初期と同じような配置となっており、一部地域では視聴できなくなっている。「月ONE」廃止後とともに消滅。

明日(来週)のNEWS

2008年4月の番組リニューアル時に、それまでエンディングに配置されていた天気コーナーが番組中盤に移動したため、代わって設けられたエンディングコーナー(ただし金曜以外は、現在はこのコーナーの前に天気予報が移動してきている)。翌日(金曜日は翌週一週間)に何が行われるか(選挙国会裁判スポーツの大会など)をバーチャルモニターによる箇条書きで紹介し、後藤がそれに対する展望を述べる(スポーツ関連の項目については出水がコメントする)。月 - 木曜日については翌日放送予定の特集の予告も項目として入ることがあった。2009年3月27日まで。

金曜深夜便 / 金曜解放区

「金曜版ニュース23」第2部として、文化・芸能分野に関する特集を組むことが多い。また、歌手の生演奏も行われた。1997年10月から2008年3月までは「金曜深夜便」というタイトルであったが、2008年4月の番組リニューアル時に「金曜解放区」に改題された。2009年3月27日まで。
  • MBSにネットされない枠であるため同局に登場しない著名人を取り上げていることも特徴。インリン・オブ・ジョイトイに代表されるエロ系の知性派女性著名人、南野やじに代表される創価学会信者の芸人。最近は放送禁止用語を連発してテレビラジオから締め出しを食らっている鳥肌実が登場した。また、関西の視聴者の一部からは「放送して欲しい」という声がある。
  • ちなみに、それまで「金曜深夜便」のタイトルを新聞ラ・テ欄に表記されていなかったが、「金曜解放区」から表記されるようになった。

月+(マンデープラス) / 月ONE

月曜日の第2部として、主に高品質のドキュメンタリーを中心とした特集コーナーが組まれる。また、重要なニュースを第1部で放送した場合は第1部の内容を引き継いだ討論やレポートなどを放送する。2004年10月から2008年3月までは「月+」(「マンデープラス」と読む)というタイトルであった2006年9月からは「MONDAY+」の表記に変更されたが、2008年4月の番組リニューアル時に「月ONE」(「ゲツワン」と読む)に改題された。「月+」はラ・テ欄に「▽11.55マンデープラス」と表記していたが、「月ONE」になると表記されなくなった。なお、「月ONE」のロゴの下記には「DOCUMENTARY/TALK BATTLE」と書かれていた。 2008年9月29日に終了。「月ONE」の内容は、2008年10月15日にスタートした関口宏がキャスターを務める『水曜ノンフィクション』に引き継がれる。

主なシリーズ企画

年間テーマ以外ではない短期集中型のシリーズ企画。話題になっているテーマに関することや現代社会を捉えるものまで多種多様。 おすぎと哲也の映画紹介
  • 映画評論家おすぎと筑紫による最新映画紹介。夏休み前と年末年始前の年2回放送。金曜版23の定番企画として続けられた。
CMベストテン
  • 広告批評で知られる天野祐吉が選定。1年間のCMを総括するもので、12月の金曜日に放送される。第1部で国内のCMランキングを、第2部「金曜深夜便」で国内外の珍しい・面白いCMを紹介という形が多い。
争論・大争論
  • 2001年に「争論」と題した筑紫司会、ゲスト2人による討論企画が放送。その後、数人のゲストを呼び「大争論」と題した企画がたびたび放送される。
それから
  • 2004年から「それから75日」として放送開始。元TBSアナウンサーで、現在はフリージャーナリストの下村健一が担当。大きく取り扱われていたニュースが残したもの、あの時見えなかった側面などを探る。2005年4月からタイトルから75日が外れ、月1回の放送に。
NEWS23 蛙男劇場
  • 2006年6月16日から月1本のレギュラーコーナーとして開始。蛙男商会がサラリーマン層のプライムタイムである「NEWS23」の中で、時事ネタを独自の観点から鋭く風刺し、今までのアニメでは獲得できなかった層を獲得する。2006年9月29日からは隔週放送となった。2009年3月27日に終了。
タウンミーティング クリントン大統領出演時の裏側はタウンミーティング翌日の番組で特集され、アナウンサーのロッカーも私物を残さないで空にさせたり、タウンミーティングの収録スタジオは収録に直接関係する「特別通行証」所持の社員以外は前日から社員でも近づけなくするなど局内に厳戒態勢が敷かれた様子が放送された。

使用曲・タイトルデザイン・スタジオセット

テーマソング

  • 1989.10 - 1997.09:井上陽水
  • 1997.10 - 2005.03:坂本龍一『put your hands up』…1999年以降、金曜日のオープニングはピアノバージョン。通常版のオープニングとエンディングは坂本龍一のアルバム『CM/TV』に、ピアノバージョンは坂本龍一のシングル『ウラBTTB』に収録されている。
  • 2005.03 - 2008.03:Bank Band with Salyuto U』…金曜日のオープニングはピアノバージョン。
  • *2006年09月から2008年03月まではピアノバージョンのみ使っていた。
  • *メロディを筑紫や番組スタッフが聞いたところ、メロディや歌詞の内容が番組のコンセプトに合致しているということで主題歌にしたという。
  • 2008.04 - 2009.03:HASYMO細野晴臣高橋幸宏・坂本龍一)『the city of light
  • 2009.04 - 現在:KOBUDO-古武道-(古川展生妹尾武藤原道山)『翼』

エンディングテーマ

放送開始から1997年9月までのエンディングテーマは筑紫が選び、アーティストに直接頼み込んで実現したものもある女性自身 2008年11月25日号

タイトルロゴ・オープニングCGの変遷

  • 1989.10 - 1990.09:初代
  • * オープニングタイトルでは、城のようなCGを「真夜中のニュースランド」と言う形で表現していた。
  • 1990.10 - 1994.09:2代目(初代のアレンジ版)
  • 1994.10 - 1997.09:3代目
  • * この時期のみ『筑紫哲也−』の表記がなかった。これまでの初代ロゴには「NEWS・23」と「・」がSと23の間に入っていた。
  • 1997.10 - 2005.03:4代目
  • * Sが大きいのが特徴であった(NewS23)。このロゴから6代目まで「筑紫哲也」の表記が英字の「TETSUYA CHIKUSHI」と表記される。
  • 2005.03 - 2006.09:5代目
  • * 書体は、Century Gothicを太字にしたものだった。
  • 2006.09 - 2008.03:6代目
  • * 「23」の前に入っている「」は、ライム色。CMアイキャッチなどでは、●の色が異なっていた(特集の時は黄、SPORTS23の時は青、天気予報の時は白、その他朱色のときもあった)。
  • 2008.04 - 2009.03:7代目
  • * 横になっている楕円に「2」と「3」が接続されたものになっている。
  • 2009.04 - :八代目
  • *「NEWS23」のロゴはCentury Gothic。ただし5代目とは異なり太字になっておらず、文字の先端が丸みを帯びている。

スタジオセットの変遷

  • 1989.10 - 1990.09:初代
  • 1990.10 - 1992.09:2代目(この代までドーナツ型のキャスターテーブル)
  • 1992.10 - 1994.09:3代目(ここまでは旧社屋)
  • 1994.10 - 1997.09:4代目(ここからは現社屋)
  • 1997.10 - 1998.09:5代目(立席)
  • 1998.10 - 2000.03:6代目
  • 2000.04 - 2005.03:7代目
  • 2005.03 - 2006.09:8代目
  • 2006.09 - 2008.03:9代目(8代目のマイナーチェンジ版)
  • 2008.04 - 2009.03:10代目
  • 2009.04 - :11代目(『総力報道!THE NEWS』のスタジオと同じ・立席)

編集方針

  • 1989年の番組スタート以来、その立ち位置に大きなぶれはない。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対的に腐敗する。(Power tends to corrupt, absolute power corrupts absolutely.)」(ジョン・アクトン)という立場から、徹底した権力の番犬「ウォッチドッグ」( Watchdog journalism )という姿勢を貫いている。
  • 筑紫は番組スタート当時の雑誌インタビューやみずからの著書『ニュースキャスター』などで「『君臨すれども統治せず』の編集長」と自らの立場を説明しており、番組の放送内容の構成に関して規制は少ないというスタンスであるという。
  • 実名報道には慎重である。ただ、個別の事例ごとに判断しているとみられ、一律に匿名としているわけではない。
  • 世界保健機関(WHO)が発表した自殺を予防する自殺事例報道のあり方についての勧告(2000年)を尊重し、それに即した報道をしている(2006年現在)ことを、番組中で明言している。このような姿勢を取る報道番組は、日本では少数派である。WHOの自殺報道ガイドラインについては、自殺#自殺報道と群発自殺を参照。
  • 椎名林檎桜井和寿Mr.Children)など、各界から幅広くゲストが登場する。

番組への批判と問題点

番組の内容については筑紫本人や編集担当者が関心のあるテーマを重視する傾向にあるといわれる。そのため、番組で取り上げる内容の傾向に偏りがあるとの批判がある。かつては捕鯨問題、近年は北朝鮮関連、拉致問題関連の報道については慎重に、他方、憲法改正(主に護憲の立場から)、自衛隊問題、基地問題など沖縄に関するニュース、靖国神社問題については時間を多く割いて報道する傾向にあるとされる。また、反戦・反グローバリズムなどの運動に好意的であり、タカ派的な世論を一貫して批判している。 他にも、以下の点などについて保守系メディア・論壇・オピニオン誌などが「北朝鮮や中国に媚びた番組」「反日番組」「売国番組」と非難している。
  • 2006年10月9日の北朝鮮核実験報道に関して、筑紫が何ら批判的な言質を表明しなかった。
  • 中国の環境問題やダルフール紛争問題における中国の関与などを全く伝えていない。
  • 靖国神社参拝に関しては「アジア人は靖国参拝に反対している」との立場から批判を行っており、情報の取捨選択には著しい傾向が見られる(例として、2004年4月4日の台湾団結連盟党首・蘇進強らの靖国参拝は一切取り扱わなかった一方で、同年6月14日の「台湾先住民が台湾戦没者の分祀を求めて靖国に抗議」は大きく報じている、など)。

問題となった報道内容

  • 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災に関する報道において、ヘリコプターからの中継に臨んだ筑紫が地震による火災で燃え上がる神戸の様子を「まるで温泉町にきているようです。そこらじゅうから煙が上がっています」と発言をしたことや筑紫のヘリからのコメントシーンは震災後11年目の2006年1月17日のNews23でも放映されたが、特に問題視されなかった、前者の筑紫の発言はあまりに無思慮であるとされた。嘉門達夫が自身の曲「怒りのグルーヴ〜震災編〜」でこれを取り上げている。震災から数日後に「東京は大丈夫か」などと報じた。また、阪神・淡路大震災の報道では、撮影取材を拒絶した被災者のグループを取り上げ、筑紫が「被災者は感情的になっている」とコメント。この被災者のひとりと知人であった田中康夫によると、著書『神戸震災日記』の中でこの撮影取材が被災者に無断で行われたもので、なおかつ放送しないことを約束したにも関わらず放送したものとしている。筑紫は取材映像は放送せず、当日の放送で後日談として取り上げたとしている筑紫哲也『ニュースキャスター』集英社新書 ISBN 4087201457
  • 1999年7月15日、多事争論において東芝クレーマー事件を取り上げた際、東芝を一部上場企業と匿名で報道した上で、当事者に批判的な発言を行ったhttp://www.tbs.co.jp/news23/old/onair/taji/s90715.html。また、このときインターネットを「かなり恣意的で、トイレの落書きに近い、などという酷評すらあります」と批判した発言は、インターネットを中心に批判が広がり、「便所の落書き」発言として一人歩きすることとなった。放送当日のスポンサーが東芝で、多事争論直前に東芝ダイナブックのCMが放送されたとされることhttp://beyond.2log.net/akutoku/topics/topics1999b.htmlも非難を大きくする要因となった。
  • 2003年5月7日、番組で北朝鮮の人権問題に取り組むドイツ人医師ノルベルト・フォラツェンのインタビューを放送したが、同日に東京国際フォーラムで行われた北朝鮮による日本人拉致問題の解決を訴える家族会救う会などが主催した大規模な集会のニュースを報じなかった(この集会のニュースは他局のニュース番組はもちろん、同局の他のニュース番組でも報道されている)。フォラツェンはなぜ報道しなかったのか問い質したが、TBS側から「あれはナショナリズムの集会だったから放送しなかった」と回答されたという。フォラツェンは番組とTBSについての怒りを雑誌のインタビューなどで吐露している。
  • 2006年6月29日、米国共和党のヘンリー・ハイド下院国際関係委員長へのインタビューで、小泉首相の靖国参拝について、「行くべきでないと強く感じているわけではない」と発言したのを「行くべきではないと強く思っている」とテロップを流した。後日、誤訳であったと番組の中で訂正している。

その他

  • 1989年10月の第1回放送では、筑紫が、「今日も、明日も、3ヶ月後も、半年後もお付き合い…」と言っていた。
  • 初期の第2部のネット局に関しては、前身となる『情報デスクToday』のネット局が少なく、当初は毎日放送(MBS)やRKB毎日放送(RKB)などを中心に放送しない局が多かった。その後、第2部が評判を呼び、徐々にネット局が広がった。筑紫は山陰放送がネットを開始した直後の1991年10月の米子での講演で、「第2部をネットしないと講演依頼も受けない、と言ってきた」と発言し、自らネット拡大に努めていたことを明かした。ただし、MBSだけは一貫して第1部のみ放送する体制を続けた。
  • 初期の第2部は、内容が幅広かっただけに逸話もある。人気コーナーだった『筑紫哲也の真夜中トーク』(テーマソングはテイク6の曲を使用)では中継先のゲストと筑紫がトークをするものだったが、ゲストに中継先の和田アキ子が登場した際に筑紫が「和田さんですか?」と聞いた際、和田がちょうど酒を大量に飲んでいた時であり酔った勢いで「なんだよ!」「しらねーよ!」などと暴言を発言したりなど暴れたことから、コーナーは和田の回で打ち切りとなる。
  • 1996年には一連のオウム報道に関する不祥事による自粛措置で5月20日月曜日から5月23日木曜日の4日間は23:50までで5月24日金曜日は24:20まで(第1部)の放送となった。ただし、1部までしか放送していない毎日放送 (MBS)では“通常通り”だった(この期間の多事争論で、「1局を除いて片肺飛行になる」と言っていた)。
  • 1999年4月から2008年9月まで、新聞発表上では月 - 木の番組開始時間が22:54になっていたが、実際は22:56開始であった(22:54時点では、2分間CMを流している)。ちなみに中国放送ではこの時間、自社製作番組「キラリ!広島県」を放送している。
  • 筑紫がメインキャスター担当時で、23時開始時代には青森テレビで流れるはずのないTBSの23:00.00の時報が稀に聞けた。また当時の時報をサンスターが提供していた。
  • かつては金曜ナイターの延長オプションをフル行使した場合、金曜版の放送時間が24:00からとなったため、番組冒頭で筑紫が、“ニュース24(トゥーフォー)”と言っていた。野球の延長で放送開始が遅れた際、筑紫は言外に野球中継を批判するようなニュアンスのあいさつをすることがよくあった。尚、2008年8月1日金曜日の放送は、「マツダオールスターゲーム2008」第2戦(横浜スタジアム)の中継を行ったが、30分の延長オプションを行使した為、番組特別編成時以外ではひさしぶりに24:00開始となった。
  • 2006年10月26日北海道日本ハムファイターズが日本一になった時、スポーツコーナーでラジオの実況音声を使用したが、前半のシーンはTBSラジオ&コミュニケーションズの実況音声を、優勝決定時のシーンは北海道放送の実況音声をそれぞれ使用した。
  • 2005年12月26日放送の年末総決算スペシャルで、当時、電車男などで話題になった秋葉原へ筑紫哲也がリムジンで乗り付け、メイド喫茶を体験したりネコミミを付けたりした。スタジオでも久保田アナにメイドの格好をさせ、水道橋博士が「ご主人様」と呼ばせていた。

ニュースステーションとの関係

『NEWS23』放送開始の4年前から放送していた『ニュースステーション』は、よく比較対象にされた。 『ニュースステーション』が放送終了した2004年3月26日の『NEWS23』では、「多事争論」で「この番組(ニュースステーション)が無かったら私たちの番組も生まれていなかっただろう」、ライバルというより「「同じニュースというものを追究している仲間だ」という想いが強くあります」と述べ、労をねぎらった。News23テレビ朝日の番組以外で、ニュースステーションへねぎらいの言葉を述べたのは、この番組だけと見られる。 両番組のニュースの伝え方は対照的で、ライバル意識があったと言われる。1989年秋に放送されたTBSの特別番組で、『NEWS23』の番組紹介があった。ここで、筑紫は滑稽な芸をしながら「久米さん、あなたは笑っている場合じゃないですよ」と話した。また、番組開始当初のキャッチフレーズは「WE TRY HARDER」(“より堅く挑む”)としていた。“THAN”以降が指すもの(何より堅く激しく、なのか)のひとつには、『ニュースステーション』を想定していたのだろう。 ただし、放送開始当時、ANNはクロスネット局としての加盟局が多く、系列局の半分のエリアでは「ニュースステーション」が放送されていなかった。 筑紫と久米宏は、久米が『ニュースステーション』を降板したのちの2005年9月11日には、第44回衆議院議員総選挙の開票速報『乱!総選挙2005』(TBS)で共演した。この、『乱!総選挙2005』の視聴率は、民放では最高だった。

JNN協定の兼ね合い

番組開始時から1998年頃まではオープニング映像の後、画面右下に「JNN」のクレジット表記を挿入していた。JNNのネットニュース番組は通常、番組タイトルに「JNN」を冠するが、筑紫とのダブルネームになることを避けるため、このような措置をとっていた。オープニングの直後にヘッドラインを放送するため、表示を取りやめた時期もあったが、同じくネットワーク名を冠していない『ニュースステーション』(テレビ朝日)と異なり、現在もJNNのネットニュースである。 2006年9月25日のリニューアル以降、再び「JNN」を画面左下隅に表示するようになった(ハイビジョン制作を表す「HV」の記号が右上隅に表示される)。「JNN」のクレジット表記を挿入していることからJNN協定が適用される番組となっている(2部構成の場合は第1部のみ適用となる)。2008年7月1日からは左下に「JNN」のロゴを白文字で表示している(画面右上にあったHV表示は消去されている。2008年3月31日から6月30日までは、画面右上にハイビジョン製作である「HV」のマーク下に「JNN」のロゴを白文字で表示していた)。(HVマークと)JNNロゴはオープニング・ヘッドライン後にスタジオに画面が切り替わった時に表示される。 尚、「JNN」ロゴはクロスカット表示、フェードイン・フェードアウト表示を経て、最後期はスクロール表示(画面左上横から現れる)になっていた。 2009年3月30日のリニューアルで、「NEWS23」のタイトルロゴが表示されると画面左下に小さく「JNN」ロゴも同時表示されるようになった。

系列局の対応

  • 2009年3月まで、月曜から木曜の全時間帯と、金曜のみ24:20まではJNN排他協定適用でJNN加盟全局・全国ネットとなっているが、毎日放送(MBS)は同局のVOICEも担当し、当番組を担当している三澤肇が出演しているにも関わらず、「金曜解放区」をネットしなかった。そのため金曜は24:20で放送終了していた。月曜から木曜についても編成の都合上、他地域より2分早い23:52で放送終了していた(金曜のように本編自体がカットされることはないものの、番組終了時はエンディングの提供ゾーンの直後に、CMを挟まずにMBS出しのエンドクレジットが表示される。他の地域は従来通り、提供ゾーンの後CMを挟んでTBS出しのエンドクレジットという段取りである)。
  • 2008年9月までは月曜日に第2部(「月+」→「月ONE」)が存在していたが、こちらも排他協定の対象外のため、毎日放送・中部日本放送(CBC)・チューリップテレビテレビ山口はネットしなかった。そのため月曜は23:50で放送終了していた。なお、CBCは、2005年9月まで「月ONE」の前身である「月+」を定期ネットしていた。
  • * 但し、2007年1月29日の「月+」(テーマは「屋久島移住 その夢と現実 大定年時代到来」)はCBCが制作を担当した関係で、この日に限りCBCでも同時ネットされた。
  • * そのCBCでは、中日クラウンズの開催週(原則としてゴールデンウィークが該当)に、同大会予選ラウンドのハイライトを放送するため「金曜解放区」を休止する。
  • * 山陽放送(RSK)は原則として全編ネットされるが、「月ONE」については不定期でローカルスポーツ中継(録画)を行なうために休止することがあった。
  • 緊急・重大ニュースがあった場合はJNN協定の関係上、「金曜解放区」がネットしていない系列局で臨時ネットされるケースが発生した。
  • 初期の頃、「真夜中トーク」に当時出雲市長を務めていた岩国哲人が出雲市駅前のバーからの中継で出演した際、当時2部をネットしていなかった山陰放送(BSS)がこの日だけ特別にネットし、後続の番組が15分遅れとなった。ただし新聞では後続の番組の時刻表示こそ変えられたものの、地元2紙を含め、番組紹介欄でも番組表でも内容には一切触れられていなかった。
  • 2009年4月以降の場合、テレビ山梨・毎日放送・山陰放送・テレビ山口・RKB毎日放送南日本放送では編成上の都合で、金曜に限り全国ネット枠のみで番組を終了する(23:55で終了)。なお、毎日放送の場合は月 - 木曜で内包扱いになっているローカルニュースが独立番組扱いで直後に放送されるため、実質的には月 - 木曜の放送形態と変わらない。

報道特番時の対応

挨拶

筑紫がメインキャスターだった時代は、筑紫とサブキャスターの礼と同時に筑紫のみが「こんばんは、筑紫哲也です。」と挨拶するものだった(→礼の後にカメラが筑紫にズームして挨拶)。また、筑紫がキャスターテーブルの前にたって挨拶する時期もあった。 筑紫が病気療養時はサブキャスターの膳場が「こんばんは、NEWS23です。」と挨拶していた。 後藤がメインキャスターになってからはサブキャスターも「こんばんは。」と挨拶するようになり、「NEWS23です。」と後藤が番組名を言う形になった。2008年春のリニューアルからは挨拶で番組名を言わなくなった。 膳場がメインキャスターに就任してからは、筑紫時代と同じく「こんばんは、膳場貴子です。」と挨拶している。 なお、筑紫はエンディングの挨拶でウォルター・クロンカイトに倣って「では、今日はこんなところです。」を使用していた。筑紫闘病期間中(後藤加入以前)と、2008年春のリニューアル以降は、膳場が「ではまた、明日の夜に…」と締めているスポーツ中継の延長や特別番組の編成などで終了時刻が24:00を超えてしまった際は「ではまた、今日の夜に…」と締めることがある。しかし、2007年5月10日の放送で膳場も一度だけ筑紫と同じく「では今夜は、こんなところです。」と言ったことがあるなお、後藤加入直後、番組リニューアル以前は後藤が締めの挨拶を行っていたが、台詞は固定されていなかった。膳場不在時に限り、後藤が「それではまた、明日」と締めた。

スタッフ

  • 美術セットデザイナー:中西忠司
  • ディレクター:田勢奈央、亀卦川佳史、上田学
  • チーフディレクター:山岡陽輔
  • プロデューサー:鈴木宏友
  • 編集長:西野智彦
  • 制作:TBSテレビ
  • 製作著作:TBS

過去のスタッフ

脚注・出典

参考文献

  • 筑紫哲也『ニュースキャスター』 番組誕生から今日まで ISBN 4087201457
番組を批判する立場からの文献
  • 別冊宝島Real編集部『筑紫哲也「妄言」の研究・『NEWS23』、その印象操作&偏向報道の作られ方』 ISBN 4796638482
  • 水間政憲『ニュースキャスター筑紫哲也を斬る・このままテレビの偏向報道を許していいのか もはや中国、北朝鮮の代弁者か』 ISBN 481740549X
  • 中宮崇『天晴れ! 筑紫哲也NEWS23』 ISBN 4166604945
  • 西村幸祐『反日の構造』 ISBN 4569639968
「第4章 拉致家族と『朝日新聞』&筑紫哲也氏の深すぎる溝」にフォラツェン医師のインタビュー記事を所収

関連項目

外部リンク

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