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山田方谷研究会メーリングリスト  (参加人数  3人

オーナーノグチ
公開設定:全体に公開    参加設定:誰でも参加できる

陽明学者・山田方谷先哲は、4歳から33歳まで学問の探求に打ち込み、「知行合一」の理念を導き出し、全国から指導を仰ごうと若者が方谷の私学集まった。また、学校運営をしながら備中松山藩(5万石)の運営を司り、殖産興業、新田開発を行い、中国地方の民の信頼を得て金融の安定させ、8年間で20万両稼ぎ出し10万両の借財を返済し10万両を蓄財した。




また、幕末期の世界情勢を敏感に感じ、兵農の理念の基に国内最強の軍隊(高杉晋作の騎兵隊のモデル)を作り上げて、藩の安全・安定を構築し、民の尊敬を集め生活の安定に努めた。藩財政再建では、まず武士の歳費を半減し意思を藩民に示し信用の回復、産業では鉄資源を使い外貨(藩外)を稼ぎ8年で20万両の稼ぎ出した。10万両の借金を、10満了の貯蓄へ結びつけた。




また、藩主が江戸幕府の政治担当であったことから、江戸幕府を天皇制へのソフトランディングを指導して、国権の移譲を大政奉還と形へ結びつけた幕府側の思想指導者の一人です。




 明治初期には、新政権から財務指導の要請を受けたが辞退し、後世の人材育成のために生涯を尽くした。幕末最高の陽明学者で、岡山の閑谷学校の最後の指導者して明治初期に多くの人材を全国に排出した。




 ぜひ、この功績を顕彰し、次世代に人材育成に関わる方の意見交換の場になればと願いメーリングリストを作りました。たくさんの参加をお待ちしています。




 山田方谷先哲の言葉から、2つ例を載せます。




 ・学問は何のためにするか「治国平天下」




 ・知識と行動が伴って初めて理解がある「知行合一」




*司馬遼太郎氏が幕末に活躍した英傑・河合継之介を「人間の芸術品」と褒め称えているが、山田方谷最初の最後の直弟子である。




*世界の平和と次世代の夢を創りましょう*

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