umasica :桜里さんのマイページ

神糞神学への道 4

2010/04/03 22:19

シリーズ(?)の二回目で、

 

 大日本帝國の降伏は、まさに真夏の出来事であった。

 そこにも臭気との闘いがあったはずである。

 文書記録にも、画像・映像にも、臭気は記録されない。

 しかし、大量の死者の存在は、嗅覚上の出来事としても経験されていたはずなのである。

 

…という話を書いた。

 

正確に言えば、昭和二十年の夏には、既に沖縄の戦闘は終了し、大都市に対する米軍の空襲も一巡し、「外地」は別として、処理能力を超えた大量の死者が本土の人々を悩ませる段階は過ぎていた。

 

しかし、より正確に言えば、昭和二十年の夏の空の下、広島と長崎の人々は、原子爆弾投下後の惨状の中に日々を送っていたのである。

 

 

 


 その日

 いちめん蓮の葉が馬蹄形に焼けた蓮畑の中の、そこは陸軍被服廠倉庫の二階。高い格子窓だけのうす暗いコンクリートの床。そのうえに軍用毛布を一枚敷いて、逃げて来た者たちが向きむきに横たわっている。みんなかろうじてズロースやモンペの切れはしを腰にまとった裸体。

 足のふみ場もなくころがっているのはおおかた疎開家屋の片付に出ていた女学校の下級生だが、顔から全身にかけての火傷や、赤チン、凝血、油薬、包帯などのために汚穢な変貌をしてもの乞いの老婆の姿のよう。

 

 五日目

 手をやるだけでぬけ落ちる髪。化膿部に蛆がかたまり、掘るとぼろぼろ落ち、床に散ってまた膿に這いよる。

 足のふみ場もなかった倉庫は、のこる者だけでがらんとし、あちらの隅、こちらの陰にむくみきった絶望の人と、二、三人のみとりてが暗い顔で蠢き、傷にたかる蠅を追う。高窓からの陽が、しみのついた床を移動すると、早くから夕闇がしのび、ローソクの灯をたよりに次の収容所へ肉親をたずねて去る人たちを、床にころがった面のような表情が見おくっている。

 

 八日目

 がらんどうになった倉庫。歪んだ鉄格子の空に、きょうも外の空き地に積み上げた死屍からの煙があがる。

 柱の蔭から、ふと水筒をふる手があって、

 無数の眼玉がおびえて重なる暗い壁。

 K婦人も死んだ。

 −収容者なし、死亡者誰々−

 門前に貼り出された紙片に墨汁が乾き

 むしりとられた蓮の花辺が、敷石の上に白く散っている。

 

 

 

峠三吉の「倉庫の記録」にある描写である(ただし直接の引用ではなく、『原爆を見た建物』 西田書店 2006 による)。

 

これが、昭和二十年の夏、広島の人々の前に展開した世界の情景であった。

 

『原爆を見た建物』(山下和也 井出三千男 叶真幹 の共著書である)は、被爆後も残された建築物をめぐる調査記録であるが、ここで同書中にある被爆後の広島の情景を少し引用しておこう。

 

 

 広島逓信病院

 当日に収容された重傷者は250人に達した。しかし激しい下痢・吐血などが出始め、被爆後3日でほとんどの重傷者は死亡した。それが放射線によるものだと分かったのは、顕微鏡の到着で白血球の減少を知り、解剖によって症状を確認する3週間後のことであった。

 全壊全焼した爆心地からおよそ2キロメートル以内で残った医療施設は、この逓信病院と日赤だけであり、救護と医療面で果たした役割は大きい。自らも負傷しながら、救護に当たった蜂谷道彦医師が綴った「ヒロシマ日記」は、世界中で翻訳され、大きな反響を浴びた。

 

 陸軍船舶練習部 (現・マツダ宇品工場)

 原爆によりガラスが割れるなどしたものの、被害は比較的軽微であった。構内の負傷者の手当てや整理復旧を急いでいた午前9時過ぎには、負傷した市民が避難し、重傷者は運ばれ、翌7日の朝には3千から4千人の患者で埋め尽くされた。

 9日にはこの建物内に臨時陸軍野戦病院(第1陸軍病院宇品分院)が設置され、延べ6千人が収容されたが、その中には外傷を負っていない死亡者も多数みられた。

 この間、8日には理化学研究所の仁科芳雄博士らが到着し、ここで無傷遺体の解剖が行われ、これら死体には放射線の影響が認められ、投下されたのは原子爆弾であることが確認されたのである。

 

 広島陸軍被服支廠

 原爆によって、3キロメートル近く離れているこの建物も、鉄扉が湾曲するほどの被害を受けたが、火災は発生せず、直後から臨時救護所となり、多くの被爆者は医薬品も少なく、食糧もなく、汚穢にまみれ、死臭を発しながらここで息を引き取った。その凄惨な地獄の様子を詩人・峠三吉は詩「倉庫の記録」に生々しく描写している。

 

 

…これが峠三吉の見た光景であり、広島市民の前に展開した世界の情景であった。

 

既に私たちには、この世界を視覚的光景としてのみではなく、様々な臭いに包まれた情景として理解する準備が出来ているはずだ。

 

 

 

 

この情景もまた、神の創造した世界の姿であるのだろうか?

 

 

 

 

 


Binder: スカラベ・サクレ(日記数:11/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2010/04/03 22:24
    なんだか、タヌキが健在ならクダ巻きそうな話になってしまった。

    しかし、あのタヌキの読解力、決して低いものではなかったんだなぁ…
         (あくまでも比較の問題だが)

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