umasica :桜里さんのマイページ

白骨でも黒焦でも、屍體でも

2013/08/08 18:02


 ところで、俺はこの日新しく見たり感じたりしたことを、も少しお前に知らせたいのだ。災後三日目のこの日の焼跡の街は、人の動きがめつきり多くなつていた。いろいろの人たちがいたが、その一つは廣島以外の地から救援にきた人たちだね。勿論羅災した人で無きずや軽傷の人もまじつていたし、兵隊さんもいたけれど、その數の少なかつたことは前にも書いたろう。この人たちは羅災者への物資の配給や道路の整理、屍體の取片づけなどに働いていた。

 各町會の假事務所の立札なども、あちこちに見受けられたよ。そうした人々のはたらきで、路上の屍體は少しは少なくなつていたが、何しろ酷熱の晴天三日目だろう。屍體は腐敗して屍臭はますますはげしくなつていて、それを魚の山のように一ヶ所にまとめたところなどは、目もあてられぬような氣がしたよ。屍體にはところかまわずうじがわいているし、蠅の多いことは實にお話にならぬ有様だつたからね。

 そんなわけだから、屍體は片づけてもそのままにして置けない。それを焼跡の露天でつぎからつぎへと「合同火葬」するのだ。焼けなかつた近郊の小學校や病院や、その他の「救護所」でも、引取人のない死んだ人は、皆そのようにして焼いたのだ。幸にして家族や親戚の人などにさがしだされた屍體は、個人個人で焼いているのもたくさんあつたが、そうでない人の屍體の處理は、實際氣の毒だつたよ。しかし、この場合そうするよりほかに仕方がなかつたのだ。

 どこだつたかわすれたが、道路の四つ辻に、焼残りの柱や板を縄でしばつた縁日の植木屋の棚のようなものができていてね、それに種物屋の店頭のように小さな新聞紙の袋やおひねりが並べてあるのだ。そしてそれに住所氏名などが書いてある。遺骨なのだ。それも姓名のあるのはいい方で、「三十才位の男」「四十才の女」なんて札のついたのも少くなかつたよ。こんなのは最後まで引取人のないのが多かつたわけだが、中にはたずねあぐんだあげく、遭難場所を推定して、こうした遺骨を貰つて歸つた遺族が、俺の知つている中にも何人かある。ところによつては焼くのにも手がまわらず、まとめて埋めてしまつたのも少くなかつた。

 火事の餘燼は大分おさまつていたが、それにかわつて、到るところ屍を焼く煙が立ちはじめたのだから、焼野ヶ原がそのまま「鳥部野」に化したというわけだ。既に家の下敷きになつて、自然に火葬されてしまつた白骨を拾つている人もあるし、焼跡から掘り出した黒焦死體を二つならべて、「誰だろう」と評定しているようなところも見たよ。こうした状態はこの日ばかりでなく、その後も何日かつづいたね。

 だが、白骨でも黒焦でも、屍體でも、「生きた屍」でも、三日か四日で肉親の手に入ったのはまだまだ幸な方なのだ。それがどこにどうしているやらわからず、市内の焼跡ばかりでなく、近在近郷の村々や島々の救護所や心あたりを、喪神したようにつぎからつぎへとさがして歩く人々の群を、この日も随分多く見かけたが、こうした人々は、その後十日も二十日も一ヶ月も、いや二ヶ月、三ヶ月後にもそのあとを絶たなかつた。だから、お前のように無事に逃げおうせても、肉親にめぐりあわずに死んでいった人々も、随分多かつたのだ。

          小倉豊文 『廣島原子爆彈の手記 絶後の記録』 中央社 昭和24年(初版は昭和23年) 157〜160ページ





 広島への原爆投下から三日目、8月8日の話である。


 8月7日の夜、府中国民学校で妻の文子との再会を果たした小倉豊文は、その足で再び夜の広島市街の捜索に向かう。息子の恭二の姿を求めて。



 とにかく俺は、前日見た江波線の電車道路の「救護所」に行つて見た。そこには晝間見たと同じように「生きた屍」が行列していた。俺は懐中電灯をつけて、はしからはしまでゆつくり丁寧にしらべて行つた。しかし、恭二らしい姿はやつぱり見當らなかつた。

 俺は家の焼跡に行くのはやめて、己斐への道路を歩きはじめた。焼跡に行つても今更どうにもならないとわかつていたから、地御前の勝山まで行つてみようと決心したのである。

 ――萬一、田川の人たちといつしょに避難しているかも知れない。

     同書 138〜39ページ



 そして、夜も明けた勝山で、恭二との再会を果たすのであった。











Tags: なし
Binder: 現代史のトラウマ(日記数:666/全体に公開)
このエントリーをはてなブックマークに追加
最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2013/08/08 19:09
     何しろ酷熱の晴天三日目だろう。屍體は腐敗して屍臭はますますはげしくなつていて、それを魚の山のように一ヶ所にまとめたところなどは、目もあてられぬような氣がしたよ。屍體にはところかまわずうじがわいているし、蠅の多いことは實にお話にならぬ有様だつたからね。


    文章を読んでも臭いは伝わらないが、
    「屍體」の発する臭いであれ、焼跡の焼け焦げた臭いであれ、
    あるいは炎天下の人々の汗の臭いであれ、
    ここでは周囲に立ち込める臭いまで読み取らねば、
    状況を理解したことにはならないわけである。

  • Comment : 2
    河童
    河童さん
     2013/08/08 21:08
    なにも原爆だけじゃないでしょ。
    今日八日は北九州市八幡 やはた ね が壊滅した日
    同じ様相が全国でくりひろげられたんだっちゅ〜の

    (^^)
    < (・)(・)>
    それにしても[no_more_war:29711]
    ひでぇな〜。
    学問すりゃそうだけどな〜
    うましかは学問しかしないからね
    人間は気持ちで動くことをまぁ〜だ理解できねえんだから。

  • Comment : 3
    河童
    河童さん
     2013/08/08 21:18
    そしてその八幡空襲の火災煙が小倉へ漂い翌日の小倉への原爆投下が
    回避されたんだよね〜。
    長崎はいわば おまけで投下されてる。
    軍都であった北九州へはマリアナ時間10:44分到着したけど
    北九州は対空砲火が激烈だったそうでこのなかを
    爆撃工程を3回繰り返している。
    しかし八幡空襲と雲量の関係そして爆撃手が
    目視照準を厳命されていたのと燃料がなくなりつつあり
    帰隊途中にある長崎へ。
    長崎は北九州へ向かったという報告があり
    空襲警報が解除された直後にB29 ボックスカーが到着し投下
    防空の不意を突かれた形で被害を受けた。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2013/08/08 21:18
    >なにも原爆だけじゃないでしょ。
    >今日八日は北九州市八幡 やはた ね が壊滅した日
    >同じ様相が全国でくりひろげられたんだっちゅ〜の


    そういうことをコメントするからバカだと言われる。

    ここでは、小倉豊文 『廣島原子爆彈の手記 絶後の記録』をネタにして、
    原爆投下後の広島での小倉豊文の体験を読むことで、
    投下からの時間が経過する中で、
    小倉豊文を含む広島市民が見舞われた事態への認識が深まる様相を、
    再確認しようとしているの。

    それが読み取れないのなら単なるバカ。


    >人間は気持ちで動くことをまぁ〜だ理解できねえんだから。

    まさに、そのことを小倉豊文の記述を用いて書いているんだが、
    そんなことも理解出来ないで何を言ってるんだか????

    日本語を読む訓練がまだまだ足りませんな。

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2013/08/08 21:57
    >人間は気持ちで動くことをまぁ〜だ理解できねえんだから。


    私が大事にしているのは、

     人は心情で行動するという事実を前提にしつつ、
     心情論でモノを語り、心情論で態度決定をしないという姿勢。
    (Comment : 4 http://www.freeml.com/bl/316274/205612/

    つまり、

     人間は気持ちで動くこと

    …を大前提にするということですよ。

    ま、日本語の読めないあんたには理解出来ないんだろうけどね。

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2014/08/08 18:49
    加筆して、ココログ版の「現代史のトラウマ」記事としてアップ。


     白骨でも黒焦でも、屍體でも (『廣島原子爆彈の手記 絶後の記録』 昭和20年8月8日)
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-2fe5.html

このブログにコメントをつけるには、ログインする必要があります。
マイページをお持ちでないひとは「マイページを作成する」ボタンを押してマイページを作成してください。
不適切なブログを見つけたら、こちらからご報告ください!

Mail Address(GMO ID):

Password:

自動ログインパスワードを忘れた方

最近書いたブログ


https://www.freeml.com/feed.php?u_id=316274&f_code=1



Copyright(C)2017 GMO Media, Inc. All Rights Reserved.