umasica :桜里さんのマイページ

朝鮮人強制連行問題基礎史料

2013/09/09 22:27





(c)労務対策
 前期(南次郎総督時代:1936年8月〜1942年5月)末頃より内地の不足せる労務補填給源として半島労働者の需要は著しく増大したのであるが、本期(小磯国昭総督時代:1942年5月〜1944年7月)に入りその傾向益々強く、殊に不可欠の戦略物資たる石炭労務者の供給に絶対的の要望であり、朝鮮としては全鮮に亘り殊に人口比較的少なき西北鮮地方に於ける軍需物資増産に要する労務者の増強と睨み合わせつつ、内地の需要に如何にして応ずべきか、及本期末頃より内地行を好まざる傾向を呈せる半島労務者をして内地送出の止むべからざる所以を如何に納得せしむべきか。如何にせば送出労務者の質的改善を期し内地定着後之をして真に帝國臣民化せしめ得るかの、三点が労務問題として当局者の苦心せる所であった。一九四〇年以降四二年末迄に労務者として主として内地に凡そ二十五万人が送出されたのであるが、四三年四四年には年二十万人、三十万人の送出要望に対し朝鮮自体の開発の為及朝鮮人の感情尊重の主意により総督府当局に極力之が減少傾向に努め時に中央当局と全く対立の関係に立つ場面すら少なくなかったのであるが、戦争遂行の為という至上命令に基く量的送出充足に急なるの余り総督府当局の意図に反し末端行政機構に於て労務者募集に当たり民族感情無視の行動随所に発生、弾圧を以てする徴用の為激情を誘発する事例稀ならず、労務者の供出は食糧の供出と共に庶民怨嗟の的となったことは、朝鮮統治史上返す返すも遺憾な事であり、直接統治者の意図に副わざる無理を敢て為さざるを得なかった事は四五年八月の終戦後数ケ月に亘り日本人が半島に於て満喫した朝鮮人の迫害の依て生じた有力な近因の一つである。
     大蔵省管理局 『日本人の海外活動に関する歴史的調査』 通巻第三冊 朝鮮篇 第二分冊(第三章 朝鮮統治の最高方針 八、小磯総督時代 50〜51ページ)





三、動員労務者
 日華事変以後の戦時体制下にあって、政府は、朝鮮人を集団的に日本内地に強制移住せしめる策をとった。この労務動員は、つぎの三段階にわけてみうる。
(a)自由募集による動員(十四年九月から十七年一月まで)
 昭和十四年四月、国民動員の企画が厚生省職業部および企画院で立案される時、内務省警保局、拓務省管理局、厚生省社会局と協議し、同年六月、厚生省職業部は、拓務省を通じて朝鮮総督府と折衝した結果、七月二十八日に内務・厚生両次官連名で、昭和九年十月の閣議決定の例外として、朝鮮人労務者を移入する方針と、これにもとづく募集要綱が通牒され、総督府も九月一日に、政務総監名で「朝鮮人労務者募集ならびに渡航取扱要綱」を通牒した。
 これは、石炭、鉱山、土建などの事業主がまず府県長官あて移入許可申請書を提出し、厚生省の査定認可をうけ、つぎに朝鮮総督府の許可をうけ、総督府の指定する地域で、自己の責任で労務者を募集し、身体検査、身許調査、名簿の作成などを行う。募集された労務者は、雇用主または責任ある代理者に引率されて、集団的に渡航就労した。
(b)官斡旋・隊組織による動員(十七年二月から十九年八月まで)
 しかし、この自由募集は、事業主が最初に移入許可申請書を提出してから、朝鮮の道当局者の募集許可決定をみるまで相当の期間がかかり(ながいのは六か月)、その手続きの簡素化が切望された。さらに、朝鮮内で鉱工業が活溌に起ってからは、労務配置の計画性が必要であった。
 十六年十一月に、企画院を中心に内務省警保局、厚生省職業局・生活局、朝鮮総督府が協議して、「昭和十六年度労務動員実施計画による朝鮮人労務者の内地移入要領」および「同実施細目」、「手続き」を決定し、総督府側も要綱をとりきめ、十七年二月二十日から実施をみた。
 これは事業主が府県知事に朝鮮人労務者移入雇傭願を提出して、承認をえたのち、総督府に朝鮮人労務者斡旋申請書を提出する。総督府でこれを承認した場合は、地域を決定して通牒し、道ではさらに職業紹介所および府、郡、島を通じて、邑、面にまで割当を決定して、労働者を選定とりまとめしめたのである。すなわち、行政の責任において労務者を集めたのであった。また送出にあたって、一組を五名ないし十名とし、二組ないし四組をもって一班とし、五班内外をもって一隊を組織して、隊長その他幹部をきめて統制をとり、これを雇傭主またはその代理者が出発地でひきついで、引率渡航した。
 十七年二月の閣議で「朝鮮における過材を内地総動員業務に活用」する方針の下に、要員の選抜訓練、内地における施策等をさだめた際、家族を携行せしめないことになっていたが、十九年二月の閣議決定ではこれを改正し、「本方針による内地送出の労務者にして、二年をこゆる雇傭期間の出動に応じたるものに対しては、別に定むるところにより家族の呼寄せを認め」、ついでその指導要綱で、家族呼寄せ、一時帰鮮、期間延長手当等が示された。
(c)国民徴用令による動員(十九年九月以後)
 国民徴用令の施行は、昭和十四年七月である。朝鮮では、その全面的発動をさけ、十六年に、ただ軍要員関係だけに適用し、十九年二月になって朝鮮内の重要工場、事業場の現員徴用を行った。日本内地で働いていた朝鮮人労務者には、十七年十月から一部に徴用令を発動し、軍属として採用稼働されていた。
 十九年八月八日閣議決定により、移入労務者に新規徴用の実施と、新規被徴用者に援護の徹底を期することを明らかにし、九月以後、朝鮮から内地へ送り出される労務者にも、一般徴用が実施された。ただし、総督府としては労務管理のわるい所には徴用をさける方針をとり、一方、朝鮮勤労動員援護会を設けて家族援護の万全を期した。
 十九年末からは、内地にいる朝鮮人で、空襲のない朝鮮へ疎開するものもいた。二十年三月には、関釜間の通常連絡が運航しなくなった。四月二十日の閣議報告に「半島人労務者の新規内地招致は、特殊の事情ある場合の外、原則として当分見合わせしむること」の一項が入っていた。
 朝鮮人労務者がもっとも歓迎されたのは炭鉱であった。内地において、戦時増産の至上命令下に、昭和五年に比し、十六年は労務需要が三百万増加し、失業者は完全就業し、農業その他の有業人口の鉱工業労務への充員、ついで重工業部門への労務集中という現象が起っていた。石炭の必要性は高調されながら、炭鉱の労務管理はまずく、その労務者はたえず他の産業部門にひきぬかれ、主要産業種別中、最高の移動率を示していた。
 農村出身の強靭な体の朝鮮人労務者は、この炭鉱の危機をすくうべくおくりこまれた。十八年末には北海道の朝鮮人坑外労務者は全員の四五%、坑内労働者は全員の六五%をしめていた。二十年三月末現在で、全国四十一万六千人の炭鉱労務者中、十三万八千人が朝鮮人であった。昭和十四年に全国炭鉱労務者の六%をしめていた朝鮮人は、二十年三月には、三二%をしめていた。
 動員労務者はそれぞれの職場で終戦まで働きつづけていたのではない。二十年三月現在では、昭和十四年以来の約六十万の動員労務者中、逃亡、所在不明が二十二万あり、期間満了帰鮮者、不良送還者、その他をのぞくと、事業場現在数は、動員労務者の半数にもみたなかった。
 これは、戦時下の諸物資欠乏と、労務管理の不当であったこと、また契約期間の延長で安定しないことがおもな原因であるが、当時、渡航制限が抑制され、またその旅費に困るものが、この徴用という官費官許旅行を利用して渡航し、機会をみて逃亡すること、誘惑が多く、労務者集めのブローカーによるひきぬきがはげしいこと、食糧規制が全国的に不均等なため、規制のゆるい府県の事業場や、特別に食糧の入手できる事業場に移動する傾向があったことなども大きな理由としてあげられている。
 十七年六月に、企画院に関係者が会同して「朝鮮人労務者防止対策要綱」をさだめ、朝鮮人労務者の訓練、労務管理の刷新、業者間の引抜防止の徹底、労務者ブローカーの取締などに力を注ぐことにし、ことに逃亡者の多いところは、その労務管理の改正をのぞむために、当分その充足を停止する措置までとった。とくに協和会会員章の無所持者の一斉調査を実施して、逃亡者や不正渡航者の逮捕につとめ、十八年から十九年にかけて「逃亡移入朝鮮人労務者一斉取締要綱」により、各ブロックごとに取り締まった。しかし、戦争の末期になると、逃亡者はますます増加していった。
     法務研修所 『在日朝鮮人処遇の推移と原状』 法務研修所 1955年7月  17〜20ページ  湖北社復刻版による





七、朝鮮内ニ於ケル労務規則ノ状況並ニ学校報国隊ノ活動状況如何
(ハ)、動員ノ実情
 徴用ハ別トシテ其ノ他如何ナル方式ニ依ルモ出動ハ全ク拉致同様ナ状態デアル
其レハ若シ事前ニ於テ之ヲ知ラセバ皆逃亡スルカラデアル、ソコデ夜襲、誘出、其ノ他各種ノ方策ヲ講ジテ人質的掠奪拉致ノ事例ガ多クナルノデアル、何故ニ事前ニ知ラセレバ彼等ハ逃亡スルカ、要スルニソコニハ彼等ヲ精神的ニ惹付ケル何物モナカツタコトカラ生ズルモノト思ワレル、内鮮ヲ通ジテ労務管理ノ拙悪極マルコトハ往々ニシテ彼等ノ良心ヲ破壊スルコトノミナラズ残留家族ノ生活困難乃至破滅ガ婁々アツタカラデアル
 殊ニ西北朝鮮地方ノ労務管理ハ全ク御話ニナラナイ程残酷デアル、故ニ彼等ハ寧ロ軍関係ノ事業ニ徴用サレルノヲ希望スル程デアル
 斯クテ朝鮮内ノ労務規制ハ全ク予期ノ成績ヲ挙ゲテヰナイ、如何ニシテ円満ニ出動サセルカ、如何ニシテ逃亡ヲ防止スルカガ朝鮮内ニ於ケル労務規制ノ焦点トナツテヰル現状デアル
    アジア歴史資料センター 8.復命書及意見集/1 復命書及意見集の1 【 階層 】外務省外交史料館>外務省記録>A門 政治、外交>5類 帝国内政>0項>0目>本邦内政関係雑纂/植民地関係 第二巻 【 レファレンスコード 】B02031286700











Tags: なし
Binder: 現代史のトラウマ(日記数:696/全体に公開)
このエントリーをはてなブックマークに追加
最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2013/09/09 23:48
    とりあえず、ネタ用に入力。

このブログにコメントをつけるには、ログインする必要があります。
マイページをお持ちでないひとは「マイページを作成する」ボタンを押してマイページを作成してください。
不適切なブログを見つけたら、こちらからご報告ください!

Mail Address(GMO ID):

Password:

自動ログインパスワードを忘れた方

最近書いたブログ


https://www.freeml.com/feed.php?u_id=316274&f_code=1



Copyright(C)2019 GMO Media, Inc. All Rights Reserved.