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藤原敏史監督の『無人地帯』(2012)を再び観る

2014/02/11 20:56




 ロシア帝国のこれまでのいかなる犯罪も巧みなものいわぬ陰にかくれて行われた。五十万人のリトアニア人の強制移住、何十万人というポーランド人の殺害、クリミア・タタール人の絶滅。これらすべてのことが写真という記録なしで記憶の中に残った。ということは何か実証不可能なものだから、遅かれ早かれでっちあげといわれる運命にある。それに反して1968年のチェコスロヴァキアへの侵攻は全部が写真と映画に撮られ、全世界の記録保管所に保管されている。
 チェコの写真家やカメラマンは彼らだけができる唯一のこと、すなわち遠い将来のために暴力の画像を失うまいとすることを意識した。テレザは丸七日というもの通りにいてロシアの兵隊と将校が評判を落とすようなあらゆる状況での姿を写真に収めた。ロシア人たちはどうしたらよいのか分からなかった。誰かが彼らに向けて銃を撃ったり、石を投げたりしたらどのようにするかについては、正確に指示されていたが、誰かが彼らにカメラのレンズを向けたとき、何をしたらいいのかは何らの命令も与えられていなかった。
 テレザはたくさんの写真を撮った。そのうちの半分ほどは外国のジャーナリストにまだ現像されていないネガのまま無料で渡した(国境はまだ開かれており、記者たちは国外からたとえ短い期間でもやってきて、そしてどんな記録であっても感謝した)。そのうち多くのものがさまざまな外国の新聞に掲載された。そこには戦車や威嚇のこぶしや破壊された家、血まみれの赤青白のチェコ国旗で覆われた死体があった。フルスピードで戦車のまわりを走りまわり、長い竿につけられた国旗を振りまわすバイクに乗った青年たち、それにセックスに飢えている、かわいそうなロシアの兵隊たちの感情を刺激する信じがたいほど短いスカートをはいていた若い女たちがいて、彼らの前で誰かれとなくあたりを通る人とキスをしていた。私がかつていったように、ロシアの侵入は単に悲劇であったばかりでなく、不思議な(そして、けっして誰にももう説明できないような)幸福感に満ちた憎悪の祭典でもあった。
     ミラン・クンデラ 『存在の耐えられない軽さ』 集英社文庫 1998  86〜87ページ




 スイスへは自分で念入りに、腕の限りをつくして現像した写真を五十枚ほど持っていった。その写真を売り込むために大きな写真雑誌社へと出かけた。編集者は彼女を快く受け入れ(すべてのチェコ人は、善良なスイス人に感銘を与えた、自らの不幸の後光が頭のまわりにさしていた)、椅子をすすめ、その写真を眺めて、称賛した。そして事件からもういささか時間がたった今となっては(「それらの写真はとても美しい!」けれども)掲載するいかなる可能性もないと彼女に説明した。
「でも、プラハでは何も終わってはいませんわ!」と、抗議し、下手くそなドイツ語で説明しようと努力した。国土が占領された今、すべてに反抗して工場では自主管理が組織され、学生たちが占領に抗議してストを行い、全土が依然として自分たちの道を進んでいることを。それだからこそ、そんなことは信じられない! もう誰もそのことに関心を持たないなんて!
 そのとき活発な元気のいい女性が部屋に入ってきて、二人の話を中断させたのを編集者は喜んだ。その女性は編集者にファイルを手渡すといった。「これがヌーディスト・ビーチのルポです」
     同書 88ページ





昨日は渋谷のユーロ・スペースまで出かけ、上映中の藤原敏史監督の『無人地帯』(2012)を観て来たのだが(既に昨年の夏に東京経済大学で開かれたカルチュアル・スタディーズ系の学会で観てはいる)、このクンデラの記述と、ナレーションで語られる藤原監督の問題意識は照応している。

昨年の上映の際にも、映画のナレーション自体が映像に対するメタレベルでの批評となっているという『無人地帯』の仕掛けについて、クンデラの小説手法との類似を思ったのだが、ここで抜き書きしたクンデラの問題意識と映画のナレーションを通して語られる藤原監督の問題意識の重なりに、あらためて気付かされたという次第。


映像について言えば、やはりそれがまさに「大震災」であり、まさに「想定外」の「津波被害」であり、そしてそれが「原発事故災害」としても進行していくことが生み出す意味を正確に捉えている。

つまり、大震災被害も津波被害も(原発事故災害に対比する時には)一過性のものであり、被災がどれだけ深刻であれ、被災後の時間はそのまま被害からの回復の時間として機能し得るのである。

大震災(そして津波被害)被災後の時間は、進行する原発事故被害の時間と重なることにより、ダイレクトに復旧復興の時間となることを妨げられる。


映像が捉えているのは、まず想定外と言われた津波被害の様相である。そこに記録されているのは、津波により瓦礫と化した人間の暮らしの痕跡である。それが地震による倒壊だけであれば、地震に伴う火災の結果なのであれば、その場に、かつてあった生活の秩序が痕跡として残されるだろう。津波はすべてを押し流し撹拌し、破片と化した家屋と、屋外の看板と、室内の家具と、電気製品と、食器と、衣服と、本と、つまりそこにかつて営まれていた人間の暮しのすべてを並列させてしまう。個人の暮らしも、家族の暮らしも、街としての暮らしも、すべてが撹拌され瓦礫と化しているのである。

その様相をカメラは記録し、スクリーンの前の観客は画面の中に見出す。しかも、重ねてナレーションが語るのは、その際のカメラマンの躊躇であった。瓦礫の中心で撮影することは、自らが被災者の遺体の上に立つことをも意味し得るのである。

しかし、そのすべてを(可能な限り)視覚的記録として残すことも、クンデラの語る通り、カメラマンの(そしてドキュメンタリー作家の)重要な責務なのである。『無人地帯』では、音響的にサラウンドを効果的に用いることで、カメラの画角の外に拡がる世界への想像力をも確保することに成功している(見える限りの世界ではなく、その外側にも拡がる世界をも記録し得ているのである)。



メタレベルでのナレーションが語るのは、映像として視覚的に記録することの意味であると同時に、その限界である。

何事であれ、記録されなければ忘却され、何事もなかったことになる(記憶されなければ、忘却する過程自体が存在しない)。記憶することには限界があり、記録という作業にも限界がある。まず、そのような意味での「記録の限界」がある。

しかし、その上で、記録(ドキュメント)は消費の対象となり、どのような悲惨も消費尽くされ、興味の対象から外される。クンデラが正確に書いているように(スイスでのテレザの写真雑誌編集者を相手としたエピソード)、記録(ドキュメント)としての価値が失われるわけでは決してないが、消費されるべき対象としての価値は失われてしまうのである。




『無人地帯』には、被災者が被災を語る姿も記録されている。それぞれの言葉が、そのまま切り刻まれることなく記録されている。異なる地域で出会った被災者の言葉を、その語りを記録することで、震災(津波)被害、原発事故被害の被災が、被災者であることで同じように降りかかる様相と共に、一様ではない被災のあり方にも、あらためて気付かされるはずである。


たとえば、海岸地域での津波被害の姿については先に指摘した通りであるが、内陸の飯館では津波被害は(言うまでもなく)存在しない。家屋に大きな被害はなく、そのままその場所で生活は可能なのである。しかし、原発事故がもたらした放射線の問題は、住民の居住を不可能にする。

家屋も農地も山も、大震災以前のかつての姿をそのままとどめていいるにもかかわらず、「住み続けられる場所」ではなくなってしまったのである。
津波被害の様相の視覚的激烈さに対し、飯館では、かつての視覚的姿が現在に続くものとして記録されているのである。それが原発事故災害の、放射線被害の「目には見えない」ということの意味の視覚的記録となっているように感じられる。


「山」の緑は濃く、水木しげる的風景である。まさに神や妖怪が棲む風景だ。しかし、「風景」は観られることによって(視覚の対象となることによって)「風景」として成立するのであるし、「神」や「妖怪」もまた、風景を観る人間の存在と共にあるものだ。居住が制限され、人が姿を消せば、家屋の農地も「山」と化し緑に呑み込まれるだろうが、その「風景」を愛でるのは「人」であり、その「人」は既にそこにはいなくなってしまっているのである(妖怪の存在を感じ、神に「供える」のもまた「人」なのである)。



ドキュメンタリー作品も、「新しさ」が命である報道の映像と、消費される商品としては同列に置かれてしまう。その問題については『無人地帯』のナレーションでも語られ、クンデラの記述にもある通りであり、話としては分かりやすい部類ではあろう。

しかし、ナレーションでそのことを強調することで、ドキュメンタリー作家と観客が、同時に、事態の当事者ではない存在として相対化もされ、批判の対象となる。確かにそれは「言わずもがなのこと」であるかも知れないが、しかし、言われなければ気付かれないし、言われても気付けないのも観客というものの(そしてドキュメンタリー作家自身の)現実と考えるべきでもあろう。



さて、クンデラは、


  私がかつていったように、ロシアの侵入は単に悲劇であったばかりでなく、不思議な(そして、けっして誰にももう説明できないような)幸福感に満ちた憎悪の祭典でもあった。


…という言い方もしている。この問題意識を、どこまで私たちは理解し得ているだろうか?


チェコスロヴァキアの国民にとって、既にロシアの侵入に先立つ日々は、(実現するとは想像しなかった)ドプチェクによる改革路線の現実化の進行する日々として、昂揚感をもたらすものであった。言い換えれば既に祝祭性を持つ日々であった。

それがワルシャワ条約機構の軍隊に蹂躙されたのである。チェコスロヴァキア国民とチェコスロヴァキア政府は、ブレジネフの憎悪、ワルシャワ条約機構加盟国政府指導者の憎悪の対象となり、「プラハの春」は戦車によって踏みにじられた。その戦車に対する抵抗の日々について、「ロシアの侵入は単に悲劇であったばかりでなく、不思議な(そして、けっして誰にももう説明できないような)幸福感に満ちた憎悪の祭典」としても、クンデラは語る。

もちろん、チェコスロヴァキア国民の抱いた「憎悪」は、まったくもって正当なものである。被害の当事者なのだから。しかし、そこにクンデラが見出した「不思議な(そして、けっして誰にももう説明できないような)幸福感」についても留意しておきたい。正当な抵抗はヒロイズムの意識に伴われ、人々の気分を昂揚させるのである。


そのような「事件」は、外部の人間(他国民、他国の報道関係者)にとっても、昂揚感の源泉となる。

しかし、「占領」が日常化されることにより当事者の昂揚感は失われるし、それ以前に外部の人間にとって「事件」の商品価値は失われてしまっている。



大震災、原発事故災害もまた、当事者にとってだけではなく外部の人間をも昂揚させる「事件」であり、だからこそマスコミ報道の取材の対象となり、マスコミのスタッフとは別に多くのカメラマンやドキュメンタリー作家も被災現地での「記録」に従事したわけである。

「記録すること」の重要さについては、何度でも再確認する価値がある。


大震災(津波被害)についてはともかく、原発事故被害については、被害者(震災被災者)と加害者(東京電力と歴代政府)という構図は成り立つ。

そして、放射線被害の問題は被災地を越えて波及し、震災被災者の外側にいるはずの人間に対しても「被害者」としての感覚を持たせてしまう。

実際には、東京電力の供給する電力に依存していたにもかかわらず(つまり東京電力の受益者であり、原発による発電の受益者なのである)、「被曝」の潜在的な(実際的なとも主張されたが)「被害者」として自らを位置付け、震災後の昂揚感の中で、自らを(政府や東電を)糾弾する側に位置付けることで満足させる。

このような昂揚感が、被災地住民に対する実際的な支援としてではなく、まるで被災地への憎悪、被災地住民への憎悪として帰結する姿を、私たちは(特にネット上で)目撃することになった。

「被曝」の(潜在的)被害者として、「被曝」の可能性として問題を理解し、問題に対処することはもちろん重要である。当面の事故処理の問題、被災者補償の問題としても、長期的なエネルギー政策の選択の問題としても、潜在的被害者としての想像力は役に立つ。

しかし、震災後の昂揚感に包まれた中で、(政府・東電の)加害責任の糾弾、そして被災者への憎悪の表明までもが一種のカタルシスとして機能し、ある種の人々によって「幸福感に満ちた憎悪の祭典」として展開されたという事実から目を逸らすべきではない。

藤原監督の『無人地帯』のナレーションでも、その問題には明確に触れられていたし、何よりも被災者の体験として記録されていることもここに記しておきたい(飯館の本屋さんの言葉は痛烈であった)。













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