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鼻行類と桃太郎、そしてパロディーの隣に座る神を思う、神の姿日記

2007/11/12 23:37

クドァ=ラナイにおける「モモとアロー」伝承についての、ウマシーカの報告は興味深いものだったと思う。



桃太郎→モモとアロー、下らない→クドァ=ラナイ、吉備津→キビツー、鬼→ウォニ…、という単純な連想。

人類学誌の小論形式の文章。

ハラルト・シュテュンプケ『鼻行類』の設定の利用。

「桃太郎」のお話の様々なヴァリエーション。

freeml 上の先行する桃太郎ネタの存在。


そのような、基盤の上に、筆者の妄想が加わり、クドァ=ラナイのキビツー族の「モモとアロー」伝承は、今や、立派な(?)議論の対象へと成長を遂げてしまったのである。


様々な派生する妄想あるいは想像力により、より豊かに肉付け可能な素材として、クドァ=ラナイの「モモとアロー」伝承は、私たちの所有物となった、ということだ。



そもそもの「桃太郎」という素材自体、確定したテキストが存在するわけではない。

現在、私たちの前に流通しているストーリーは、近代絵本の登場以後のものではないかと、私は、にらんでいる。

赤い服を着た恰幅のよいサンタクロースの姿と同様な、近代文化の産物ではないかということだ。

まぁ、過去の読書に基づく推測なのだが、この日記を書くために、調べ直そうという気にもならないので、一応、眉につばをお付けになった上で、読み進め下さい。

いずれにせよ、「桃太郎」は、基本的にフィクションに属するストーリーである。


古代史の歴史的事実の反映をそこに見出すことも可能ではあるが、それは流通するストーリーの原型となった説話にこそ言えることではあれ、私たちが絵本で知っている「桃太郎」と直接歴史的事実を結びつけるのは、どうかと思う。


しかし、誰もが知っているストーリーであり、桃太郎やその一行の姿までも、誰もが同じようなイメージとして思い浮かべることが出来ることも確かだ。近代の絵本出版文化の賜物であると共に、幼稚園などの幼児を対象とした集団教育の場の役割も見落とすことが出来ないだろう。


伝承という形であれ、絵本作家の創作(アレンジ)という形であれ、フィクションであることには、大きな変わりはない。

しかし、誰もが知っているということにより、共通の知識、共通の参照対象の地位を獲得してしまっているのである。


歴史的事実としての桃太郎は存在しない。しかし、多くの日本人に共有されたストーリー&イメージとして、桃太郎が存在するということは事実なのである。



ここに、これまでにも何度も論じて来た、「言葉の力」を見出すことが出来るだろう。

現実には存在しなかったものが、語られることにより、現実として共有されてしまうのである。

私は、それが、猫に可能だとは思えない。

つまり、言葉を用いることなく、現実に存在しない何かを共有することは出来ないだろう。

言葉を用いることにより、現実に存在するけれど現に目の前にはないものに加えて、現実には存在しないものまでも、私たちは共有することが可能なのである。



『鼻行類』については、戦後ドイツの生物学者達の冗談から始まったものだ。現実には、ハイアイアイ群島はもちろんのこと、ナソベマ・リリクムという学名を与えられた生物も存在しない。

しかし、冗談に参加する生物研究者の増加と共に、細部にわたる議論が行われ、真実らしさを備えた学術書形式の一冊の本として結実することになった。

出版され、翻訳までされることによって、日本の物好きな読者のお楽しみの対象にも加わり、現実には存在しない鼻行類についての詳細にわたる議論さえ出来てしまうという現実を、私たちは手に入れているわけだ。



ここには、実際に存在するという意味での「現実」と共に、実際は非現実である存在をも「現実」として受け止めることの出来る、人間の「現実」がある。



そのような人間の現実が生み出したのが、OG 3やOVer 3の登場するストーリ−であり、「モモとアロー」伝承についての考察であったりしたわけだ。

パロディーの存在は、実に人間の現実に深く根ざしたものであることを、私たちは、ここで、意識させられるのである。




で、神が事実として存在しているのかどうか、それは私には判断出来ないが、実在するにせよ、しないにせよ、神を共有の認識としているという人間にとっての事実は、興味深いものだと思う。

パロディーの隣に、平気な顔をして、神も座っている。そんなイメージを持ってしまう。


Binder: いぢわる、あるいは神の姿(日記数:2149/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    s06007
    s06007さん
     2007/11/13 15:13
    お久しぶりです。
    神の考察がいつのまにモモと矢の伝説考察に至っているとは恐れ入りました。
    私の父方の先祖は岡山界隈をうろうろしている様なのでキビツー族なのかもしれませんが、ヒーロー「モモと矢」と関係があるという話は残念ながら聞いたことがないです。
    そうそう、私も思うのです。人間にとっては全ての現実は幻想なのである。そして全ての幻想は現実なのである、なんてやっぱり思います。真実味の実感が違うくらいですよね。
    伝説についてもどこかに真実が隠されている可能性があります。というかトロヤの様に地面を掘り返したら伝説通りの遺跡が出てきた・・・という可能性だって大いにありますよね。モモ・・・は岡山あたりにいた本当のヒーロー(か単なる荒くれ者?)かもしれません。

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2007/11/13 22:16
    s06007様


    キビツー族の子孫登場!ですね。新たな展開??


    遺跡といえば、以前、発掘のバイトした時に、現在から旧石器時代まで、ほとんど同じ場所から遺物が出土するのに立ち会ったことがありました。
    人間にとって住みやすい場所って、時代を超えているのかも知れません。
    トロイもそんな場所だったのでしょうね。

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