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ケンポ・ソダジ「仏法はどう日本社会の為に役立つか」映像

2017/11/24 13:01

2015年11月15日に、東京・大手町のサンケイプラザ4Fホールでおこなわれた、シンポジウム「仏法はどう日本社会の為に役立つか」(佛教如何?助日本社会)の映像が公開されています。
http://www.zhibeifw.com/cmsc/list.php?fid=1054
(日本人の発言には中国語の字幕、ケンポのお話は中国語で、当日の通訳の日本語が収録されています。各映像の冒頭に、短いCMがはいります)

追記:
Youtubeに転載されていました。

https://www.youtube.com/watch?v=4veGln8OR6w
https://www.youtube.com/watch?v=DXgcvgKDH78
https://www.youtube.com/watch?v=AvDcB-io7FE

これは、世界最大の仏教寺院といわれる東チベットのラルンガル(NHK・BS「天空の“ 宗教都市”〜チベット仏教・紅の信仰の世界〜」で紹介されました)の指導者のおひとりである、ケンポ・ソダジ(Khenpo Sodargye、索達吉堪布)師が来日された際におこなわれたものです。

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私(吉村)も司会者兼提題の一人として参加させていただきました。

その際のケンポのお話のメモを掲載します(これはオフィシャルなものではなく、私の私的なメモです。正確な内容は映像でご確認ください)

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仏教とはどういうものかについて、簡単に。悪をなさず、善をなすことの教育。

仏法には理論(聖教の法)と実践(証得の法)の二種類(インド・ナーランダー僧院出身の僧、世親の言葉)。その両方を備えなければ仏教ではない。


日本に来てさまざまな人と会い、話をして、日本仏教、考え直す必要あると考えている。

仏法、これからどう日本の社会に役立つか、考える意義。

538年に朝鮮をへて仏教伝来。

聖徳太子が法華経・唯摩経・勝鬘経を講義(三経義疏)。仏教を国教に(十七条憲法)。

200年後、鑑真、何度もの失敗をへて、中国に伝わっている比丘の戒律(四分律)伝える。

その後、親鸞などあらわれ、歴史のなかで、現在の日本では葬式仏教のように思われている。


アメリカの雑誌で日本の仏教についての報道見ておどろき、誇張ではと思ったが、日本に着てみると、実際そのように。


ニューヨークタイムズの報道によると、日本では、寺院が急激に減ってきている。1年で100くらいの寺院がなくなっている。10年前は30パーセントが葬儀場で葬儀をおこなっていたが、現在は逆転して、30パーセントが寺院で葬儀。


日本では仏教徒減少、世界全体でも宗教を信仰する者減少してきている。

仏教も衰退してきて、いつ滅ぶかわからないが、出家にも在家にも、それを復興させようという動きも。

日本人は素質高い、強い国なので、仏教を盛んにさせることむつかしくないのでは。

日本の伝統、文化、歴史を尊重する必要。それらを尊重した上で、次のことを付け加えるとよいと思う。


仏教の戒・定・慧の3つの面からいうと

戒:

日本では中国やチベットのように比丘戒を受けるのはむつかしいのかもしれないが、すくなくとも僧侶は三帰依(仏・法・僧の三宝への帰依の誓い)と五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫戒・不妄語戒・不飲酒)を受けるべきと思う。それがなければ、これから尊敬、供養される対象にならないのでは。

将来、状況がそろえば、日本の各宗派の高僧があつまって話し合い、三帰五戒を受けるようにするとよい。

在家も、居士の五戒を受けた方がいい。自分の状況におうじて、すべて受けることができなければ、そのなかから、殺生戒など自分で可能なものを。それも無理なら、三帰依のみでも受けたほうがよい。

日本人はもともとルールを守る民族なので、戒律を守るのはそれほどむつかしくないと思う。今は、それを教える人がいないだけで、授けるようにすれば、可能。


定:

出家だけでなく在家でも瞑想、止(一転集中)必要。1年に100日、それが無理なら1か月、それも無理なら1週間でも、お籠もり修行必要。「定」がなければ人は、心乱れて何にもならない。

日本には坐禅の教えあるが、あまり一般には普及していないようなので、状況に応じて瞑想修行するようにするとよいと思う。

自分の所属する五明仏学院は、紹介のあったように世界最大の仏教寺院で、以前はなかったが、近年はすべての人が2週間程度、きびしい籠もり修行をするように。

修行できなければ心のコントロールできない。

在家も出家も、修行したほうがよいというのが、私からの提案。


慧:

仏教では、長期的な勉強が必要。寺院では経典・論典教える必要あるとされている。

在家の人も体系的な勉強必要。勉強ないと、やっていることが仏法にならない。教えに反することに。

日本にきて、さまざまな学者と交流。チベット語堪能な専門家もおおく、それはすばらしい。しかし智慧が足りないなら、それは残念なこと。

日本のような小さな島国が高度な技術もち、カメラなど、世界のトップに。よい製品つくっている。世俗の知恵、出世間の智慧も得ることできる、と私は信じている。


日本人、世俗についてはすでに問題ない。ただし、日本の仏教は、外国の人に笑われたり、海外でいろいろな評判を聞くことも。

自分の考えでは、位牌をどう置くかとかいう形の問題はさほど重要ではなく、智慧と教育が大切。

こどもが小さいことから仏教に基づいた教育を受け、同時に知識も学ぶことを考えるべき。


できることは自分でやる必要。ここに集まった皆さんにも責任。直せることなら治せば、大きなメリット得られる。

自分は中国で仏教教えているが、なぜ彼らが仏教信じているかを考えると、それによって心が変わったから。

一緒に勉強すること大切。自分が聞いたのは、真言宗では大日経を大切にしていて、チベットと共通点。たくさんの僧侶も勉強に真面目で、さらに戒・定・慧の三つの面から実践するようにすれば、とてもすばらしいと思う。


Binder: ナーガールジュナ仏教研究所(日記数:100/全体に公開)
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