早坂民さんのマイページ

Depiction of the taste in a cannibalism murder

2010/03/04 00:35


 ポール・クレンドラーが食卓の椅子に座っている。クラリス・スターリングと談笑しながら、ハンニバル・レクター博士は慣れた手つきでポールの頭蓋を切開し、ヘルメットを取るようにして彼の脳みそを剥き出しにする。血が溜まっている部分は濃い赤で、それ以外はやわらかいピンク色。頭頂部をなくした顔は寸詰まりのように見える。「見ろ、これが――脳髄を包んでいる嚢だ」 と言ってメスと鉗子でビニールのような皮膜を剥がし、何かのきのこといっしょにフライパンで焼く。色からしてオリーブオイルを使っているようだ。そのまま脳みそ丸見えの当人に食べさせる。「It's good!(うまい!)」。 映画『ハンニバル』で最も有名なシーンだ。原作の小説では、 レクター博士は扁桃摘出用剥離子に似た器具を手にクレンドラーのわきに立って、彼の前部前頭葉を一切れすくいとった。次いで、もう一切れすくいとり、結局、全部で四切れすくいとった。その間クレンドラーの目は、博士の手の動きを追うように上を見つづけていた。四切れの前頭葉を、博士はクリスタル・ボウルの、レモン・ジュースで酸味を加えた冷水に沈めた。それは、切除された前頭葉を固めるための措置にほかならない。「ねえ、お星さまの上でブランコに乗ろうよ」だしぬけに、クレンドラーがビング・クロズビーのヒット曲を歌いだした。「お月さまの光を瓶に入れてお家に持ち帰ろう」 ( トマス・ハリス、『ハンニバル 下』、新潮文庫、p.434) と描写されている。カットを挟んでいるので、映画では判別できないが、焼いているのは嚢ではなく前頭葉なのかもしれない。焼いた脳はホルモンか、鶏皮に似ている。 レクター博士は趣味人過ぎてちょっとついていけないが、「食材としての人間はうまいのか?」というのは、誰もが一度は考えたことのある疑問だろう。脳みそだけだと部位が限定されすぎていて、レアなケースだと思うけど。 ちょっと本を読めば、宋代の中国人が「子供の肉は『和食爛』(骨ごとよく煮える)、女の肉は『不羨羊』(羊よりうまい)、男の肉は『饒把火』(たいまつよりはまし)」なんて書いているのが見つかる。『ジョジョの奇妙な冒険』では、グイード・ミスタが「草食動物の肉はウマい。肉食ってるやつらの肉はマズい。だから肉食ってる人間はマズい」なんて結論づけていたが、今ひとつぴんとこない(魚はどーなんだ?)。やはり身近かつ、実際に食べてしまった人から手がかりを探すべきだろう。ということで図書館に行って我が国が誇る食人鬼・佐川一政の本を借りてきた。  そのためか、その下からやっと赤身の肉が現れたときはうれしかった。ゆっくりと口に入れると、はじめは何の味もなく、まったりと口の中に溶けた。マグロのトロのようだった。 (佐川一政、「フェティシズムとしてのカニバリズム」、『喰べられたい―確信犯の肖像』、p.186) と、『美味しんぼ』みたいなことを言っている。いい気なもんである。が、すぐあとのページでは、 しかしである、諸君! 人肉はさほどうまくはないのである! ぼくはうまい、うまいと言って喰べたけれど、事実は、まずい! (同、p.189) と、うってかわってまずいと言っており、よくわからない。ようするにカニバリズムとは究極にフェティッシュな行為で、「超スペシャル・セクシュアル・アヴァンチュール」(同、p.193)なので、幻想なしにはなんのコメントも解釈もできない、ということらしい。それにこのへんのページで一番面白いのは、食人よりもむしろ、被害者の女性の死体からタンポンが出てきたくだりだったりする。佐川の幻想は興味深いが、正確な味の描写としてはあまり助けにならないようである。 ではちょっと範囲を広げ、海外代表の食人鬼としてアルバート・フィッシュが犠牲者の少女の家族に宛てた手紙を見てみよう。ジェフリー・ダーマーなどと比べて知名度は低いと思われるフィッシュだが、変態度ではひけをとらない。「グレースは私の膝に座って私にキスした。私はこの子を食べてしまうことにした……あの子がどれほど蹴ったり、噛んだり、ひっかいたりしたことか! 私はあの子の首を絞めて殺し、それから小さな塊に切り分け、だいじな肉を部屋に持って帰って、料理した。小さなお尻をオーブンで焼いたら、甘くて柔らかかったよ。全部食べ切るのに九日間かかった。犯したきゃ犯せたが、やめておいた。あの子は処女のまま死んだよ」(オリヴァー・サイリャックス、『世界犯罪百科全書』、p.533) こちらでは「甘くて柔らかかった」とある。フィッシュは一人だけ食べて捕まった佐川とは違い、少なくとも15人以上(一部では400人とも)の児童を食べている。同じキチガイならより経験の多いキチガイに重みがある。おいしくなければ途中でやめたと思うので、やはりおいしいのかもしれない。 が、もう一つ違う点がある。佐川は単に生で食べたり、適当にフライパンで焼いただけだが、フィッシュは料理上手だった。耳や鼻を「ニンジンとタマネギとベーコンの薄切り」と一緒に煮込んでシチューにしたり、お尻の肉をオーブンを使って焼き上げたりした。同じ食材でも料理人が違えば別物のように生まれ変わるのは、『ミスター味っ子』なんかで私たちにもおなじみ。くわえて、成人した白人女性と、二桁に満たない児童の違いもあるだろう。 面白みのない結論になってしまうが、「食材の状態と、調理方法、料理人の腕による」というのが偽りのないところのようだ。あとやっぱり、「料理は愛情!」なんだろうね。


Binder: 早坂民のバインダー(日記数:125/全体に公開)
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