みんなで哲学を語ろう

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Re: 【一問一答】哲学を語るってどういうこと?

差出人: 野狐禅(やこぜん)さん
送信日時 2005/04/04 20:58
ML.NO [ept:10822]
本文:

みなさん、こんにちは。野狐禅です。

どれだけ簡単に書こうと思ってもうまく書けません。



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> このメーリングリストの名前は「みんなで哲学を語ろう」です。
>
> さて、「哲学を語る」ってどういうことなんだろう?
> そもそも「哲学」って何だろう?
>
> このMLのコンセプトは「コンビニ哲学」です。
> 「コンビニ哲学」と「単なるおしゃべり」はどう違うのだろう?
> どういうのが「哲学的会話」なのだろう?
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哲学は主張ではない。
問いの空間の設定である。

これがニーチェだ(講談社現代新書)
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僕にはこの言葉が強く印象に残っていて、哲学をするときいつもこ
の言葉を思い出します。

例えば「宇宙人は存在するのか?」と問うた時、哲学を語る上にお
いては「いるとか、いないとか」はあまり重要ではなくて、また、
「なぜいると思うのか?なぜいないと思うのか?」は少し重要だけ
どそれほど重要ではなくて、最も重要なことは「宇宙人は存在する
のか?とはどういうことか?」ということではないか、という印象
が「哲学」にはあります。
つまり、「宇宙人は存在するのか?」という問いが本当に問題にし
ていることは何なのかという、問いの核心部分を明確にしていく
「問いの空間の設定」にこそ哲学があるように思います。

「私とは何か?」「哲学とは何か?」「私はなぜ生きているの
か?」という問いが哲学的な話題と思われるのは、それらが一見し
ただけでは答えがわからないような抽象的な話題であり、「私とは
何か?」が言わんとしていることは何か?ということを問題にしな
いと先に進めないからこそ、これらが哲学的話題とされているので
はないでしょうか。
宇宙人がいるかいないかとか、私が何者なのか、その答え自体は哲
学において価値がなく、あくまでその「終わりなき過程」が哲学だ
と思います。

「単なるおしゃべり」とは、問いを発せず各自が知っていることや
感想を延べ合う行為であり、「哲学を語る」とは、その背後に「問
いを語る」ということが存在する会話のことだと思います。

「コンビニ哲学」とは、コンビニにでも行くような気軽な感覚で、
日常にある身近な出来事を題材にして物事を考えることだと考えて
います。
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野狐禅(やこぜん)Takashi Nakao
悟ってもいないのに悟ったようなことを言う者の意。
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