俳諧鑑賞広場

メールの詳細(トピック表示)

尾崎放哉の俳句(その四)

投稿者:nangouanさん  2012/01/11 14:14  MLNo.1225   [メール表示]

(その四) 

小豆島・南郷庵時代(大正十四年八月 〜 大正十五年四月) 

 日本人は放浪の詩人が好きである。ふと夢を枯れ野に駆け巡らしているかのよう
である。ここに改めて一人の放浪の俳人を紹介したい。ここ小豆島が易簀の地とな
った尾崎放哉である。

 大正時代に自由律の俳句雑誌が創刊された。荻原井泉水主催の「層雲」である。
そして層雲から自由なる心の叫びを詠じた二人の俳人が輩出した。一人は種田山頭
火であり、もう一人は尾崎放哉である。彼ら二人が在所定まらぬ放浪の身であった
ことは決して偶然とは思えない。しかし二人の間でその放浪のもつ意味は大いに違
っている。山頭火は自ら求めて行乞放浪をし、放哉は傷ついた獣が安住の場所を求
めるように各所を漂ったのである。そして最後の安住の地が、ここ小豆島第五十八
番札所西光寺奥の院「南郷庵(みなんごあん)」だったというわけである。

 これでもう外に動かないでも死なれる 放哉

 小豆島にはもう一つ二十四の瞳館という文学記念館がある。勿論、壷井栄の文学
館である。栄の名作「二十四の瞳」は昭和三十年に映画化され大ヒット、この島を
一躍全国的に有名にした。栄と夫であり詩人の壷井繁治、またプロレタリア文学作
家の黒島伝二ら、小豆島から輩出した三人の文学者達は、山頭火、放哉と同時代の
人達である。

 彼ら三人は島の西部、内海地区の出身である。壷井繁治はしばしば人から、同時
期に三人もの作家が、この狭い地域から輩出した何か特別の文学的伝統でもあるの
か、と質問されることがあったらしい。繁治は後に「わたしと小豆島」と題するエ
ッセイで次のように書いている。 「ここに特別の理由や背景なぞないだろう。も
しあるとすれば、思い当たることは、時代の波というものではなかったのか、激動
の時代、旧社会に反抗する青年達がその時代の波涛に乗って、この狭く小さな島か
ら文学の広大な世界に飛び出して行ったのだと思う。所詮郷土というものは若者を
いれるにはあまりにも小さな容器であり、小豆島もその例外ではなかった」と。

 もしそうだとすれば時代の波が、この小さな島の青年達を大きな広い世界に押し
出し、放哉をこの島のごく小さな世界に押し込めたのではなかったのか。壷井繁治
が言うように、この島には文学的伝統も背景もない。しかし文化の匂いのする伝統
は宗教的な所に確実に存在する。八十八箇所巡礼、お遍路さんの島である。

 折しも大正末期の激動の時代、アイデンティティを見失おうとした人達のある部
分は、それを宗教の世界に求めていった。放哉や井泉水がそれである。

 放哉は一燈園で托鉢修行に身を投じたが、荻原井泉水は、関東大震災直後家族を
相次いで失い、傷心の身の癒しを宗教に求めて行った。そのとき小豆島に来島「層
雲」同人井上一二、西光寺住職杉本宥玄「玄々子」らと共に八十八箇所巡礼を行
う。その仏縁から放哉は来島、井上杉本両人の世話を受けつつ、「南郷庵」でその
生を終えたのは決して偶然の出来事ではない。 (「尾崎放哉記念館」記事)

 上記の「尾崎放哉記念館」の記事のうち、太字にした個所に注目していただきた
い。プロレタリア詩人の坪井繁治の、「激動の時代、旧社会に反抗する青年達がそ
の時代の波涛に乗って、この狭く小さな島から文学の広大な世界に飛び出して行っ
たのだと思う」の、この指摘は、いわゆる、当時の社会的風潮の「大正デモクラシ
ー」の繁治流の表現なのであろう。この「大正デモクラシー」の波が、当時の全国
津々浦々に蔓延していて、こと、俳句の世界においても、この激動の波に乗り、伝
統的な「定型律俳句」に反旗を翻したのが、荻原井泉水らの「自由律俳句」という
ことになろうか。また、それは、「定型律俳句」そのもの世界においても、日野草
城や平畑静塔らの「新興俳句」の誕生ということで、内部崩壊の現象も呈していた
のであった。さらに、上記の「尾崎放哉記念館」の記事のうち、「アイデンティテ
ィを見失おうとした人達のある部分は、それを宗教の世界に求めていった。放哉や
井泉水がそれである。 放哉は一燈園で托鉢修行に身を投じたが、荻原井泉水は、関
東大震災直後家族を相次いで失い、傷心の身の癒しを宗教に求めて行った」との指
摘は、井泉水や放哉の置かれた環境を端的に物語るものであろう。この個人的な境
涯性と、そして、その当時の社会的風朝の「大正デモクラシー」こそ、「自由律俳
句」の誕生の要因であったということは、井泉水や放哉、そして、山頭火のそれを
理解することにおいて必須のことであろう。


このエントリーをはてなブックマークに追加

メールへの返信はMLのメンバーしかできません。

更新順メールリスト