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(その七) 尾崎放哉未発表句 (その一)

投稿者:nangouanさん  2012/01/15 09:40  MLNo.1229   [メール表示]

(その七) 尾崎放哉未発表句 (その一)

   はじめに
 
 ここに公表される放哉の句稿集は、一九九六年七月、鎌倉の荻原海一氏宅に
て発見されたと言われるものである。放哉の句稿は散逸したものと思われてい
ただけに、二七二一句に及ぶ句が書き綴られた句稿が発見されたことは、まさ
に驚くべきことであった。勿論、句稿と「層雲」発表句とは同一視することは
できないけれども、井泉水の選に漏れた句の中にも新しい視点で注目すべきも
のもあるに違いないし、何より今後の放哉の研究に多くの示唆を与える点にお
いて、格段に貴重な資料ということができる。
 発見された当時、放哉研究家として長年の実績のある大阪府立高校教員の小
山貴子氏が活宇化していたが、このたび当記念館が荻原家からこれを買い取っ
た機会にすべてを掲載する。
 小山氏による句稿の整理手順は以下の次第である。
(1)発見された時に綴じられていた束ごとに番号をつける。1から31まで
あるが、句稿の番号は、句稿中にある「層雲」掲載句をみて、その発表順に従
い若い方から付けた。
(2)句稿の中には、井泉水によって、「層雲」掲載時に付けられた題名が記
入されている。
(3)旧字体は新字体に直した。
(4)句稿の中には、井泉水への通信文がある。それもそのまま記した。

(「尾崎放哉記念館」記事)

 この貴重な「尾崎放哉未発表句」の全貌を、是非、今後の放哉探索の理解の
ためにも、一度は触れて欲しいということで、『尾崎放哉論』(岡屋昭雄著)と
の若干の照合をしつつ、以下、紹介をしておくこととする(この「尾崎放哉記
念館」記事のなかには、記されていないが、☆印のものが、荻原井泉水が添削
したものである)。なお、この「尾崎放哉未発表句」については、平成九年三
月三十一日付けの「東京新聞」に報道されている。

 ここで、いわゆる、井泉水が添削を施していることが、『尾崎放哉論』(岡
屋昭雄著)では、興味があるとして、これを是とする、俳人・平井照敏、小説
家・吉村昭(放哉を主人公にした小説『海は暮れきる』の作家)並びに放哉研究
家・瓜生鉄二の考え方と、これを否とする放哉研究家・本田烈の考え方が紹介
されているが、「自由律俳句」を「俳句」と解する立場からすれば、その添削
(芭蕉の言葉でするならば斧正)は是とされるし、これを「一行詩」と解する立
場からすると、その個人の独創性を重視することからして、これには否定的な
見解をとることとなろう。

 そして、荻原井泉水が、尾崎放哉の句に大幅な手入れをしているというこの
一事をもってしても、井泉水と放哉とが、己らの「自由律俳句」について、そ
れを「俳句」と解していたことは明白であろう。(ここでも、「句会」などの
「座」を媒体としての共同創作的な要素のある「俳句」と、完全に密室での個
人的創作を要素とする「一行詩」とでは自ずからその差違が生じて来る。そし
て、この差違も、実は、「俳句」の正体は、「五七五という定型」が、その曲
譜であり、俳人はその曲譜を歌いこなす歌手に過ぎないという、いわゆる、平
畑静塔の「定型不実論」と大きく関係してくると思われるのである。

 しかし、ここでは、それらのことについては、触れないこととする。また、
知人のメモにも、この「放哉未発表句」についてのものがあるが、ここでは、
それらについも触れないこととする。また、「放哉未発表句」については、解
説を加えないで、「句稿」毎に紹介するに止め、それらの紹介の後で、稿を改
めて関連することなどを記述することとする。)


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