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(その十) 尾崎放哉未発表句 (その三)

投稿者:nangouanさん  2012/01/18 09:35  MLNo.1232   [メール表示]

(その十) 尾崎放哉未発表句 (その三)

句稿(2)
※○村の呉服屋
層雲雑吟 尾崎放哉

古い汽車の時間表を見て居た二人であった
石のぬく味を雑草に残して去る
蜘妹が巣をつくってる間に水を打ってしまった
はぢめての道の寒夜足になじまず
橋に来てしまって忘れたものがあった
土瓶のどっかにひゞがあるらしい
お寺にすっこんでそれから死んでしまった
豆ばかりたべて腹くだしをして居る
古椅子ひっぱり出して来て痩せこけた腰を下ろす
きせるのらをを代へるだけの用で出て行く
烏がひょいひょいとんで春の日暮れず
一文菓子屋の晩の小さい灯がともる
かぎりなく蟻が出てくる蟻の穴音なく(註・原案)
☆ かぎりなく蟻が出てくる穴の音なく
ネクタイが鏡のなかで結ばれる
いつしか曇る陽の草ひくかげが消えた
古くなった石塔新らしい石塔
木の梅を売る双手を組む
人にだまされてばかり円い夕月ある
いち早く朝を出てしまった船である
水引がたんとたまった浅い箱で 放哉
れいめいの味噌すり鉢がをどること
すりこ木すり鉢にそへて庫裡の朝ある
遠くへ返事して朝の味噌をすって居る
汐干の貝が台所でぶつぶつ云ってる
ほんの一ちょうしで真ッ赤になってるよ
熱のある手を其侭妻に渡す
ころころころがって来た仁丹をたべてしまった
あごひげをそる四角な鏡である
わが歳をかぞえて見る歳になって居た
木の芽を盗みに来る窓で叱らねばならぬ 放哉
柿若葉の頃の二階を人に貸してる
かまどちょろ/\赤い舌出し明けそむ
朝のかまどの前に白いあぐらをくんでる
地震の号外をたゝき付けてとんで行った
読んだ手紙もくべて飯が煮えたった
火消壷の暗に片手をつっこむ
猫に覗かれる朝の女気なし
豆腐をバケツに浮かべて庫裡の夕となる
大がまで煮て居る筍うらの筍
青梅ふみつぶして行く新らしい下駄
かまどが真ッ黒な日あけてるだけの庫裡 放哉
冷酒の酔のまはるをぢっと待って居る
いつもうたって居る竹藪の中の家
吹けど音せぬ尺八の穴が並んで居る
竹藪ほったらかして障子が釘付けにしてある
米をはかる時竹藪の夕陽
あるお茶の葉をむす湯気の中の坊主頭である
老ひくちて居る耳の底の雷鳴
手作りの吹き竹で火を吹けばをこるは(註・原案) 
☆ 手作りの吹き竹で火が起きてくる  
茶わんのかけを気にして話しして居る
冷え切った番茶の出がらしで話さう 放哉
(「尾崎放哉記念館」収載句)

二十一歳の冬に三度目の肺結核の発症をみて、末期患者となった。絶対安静
の身で、私は初めて尾崎放哉の句にふれた。一句一句が私の内部に深く食い入
り、死の追った間の中でかすかにゆらぐ光明も見た。死んだ折には、放哉の句
集を棺におさめて欲しいと弟に頼んだ。幸いにも実験に近い手術によって死を
まぬがれたが、その後も放哉の句は、私と共にある。死とはなにか生とはなに
かという問いがそれらの句にあって、私は放哉を主人公とした「海も暮れき
る」という小説も書いた。(吉村昭・「放哉全集(筑摩書房)」推薦の言葉)


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