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(その十二) 尾崎放哉未発表句 (その五)

投稿者:nangouanさん  2012/01/20 10:09  MLNo.1234   [メール表示]

(その十二) 尾崎放哉未発表句 (その五)

句稿(4)
層雲雑吟  尾崎放哉

芭蕉の広い葉であふがれて居る蒼空
のびた爪切れば可愛いゝわがゆびである
暗がり砂糖をなめたわが舌のよろこび
犬が一生懸命にひく車に見とれる
干した茶を仕舞ふ黒雲に追っかけられる
百姓らしい顔が庫裡の戸をあけた
ごはんを黒焦にして恐縮して居る
味噌汁がたぶづく朝の腹をかゝヘ込んでる
朝のごはんの大根一本をろしてしまった
洗いものがまだ一つ残って居ったは
晩をひっそり杓子を洗ふいろいろな杓子
眼鏡かけなれて青葉
ほったらかしてある池で蛙児となる
板の間をふく朝の尻そばだてたり
漬物くさい手で(一字不明)句を書いて
そろはぬ火ばしの侭で六月になった
今日切りのわが茶椀に別れようとする
書きよい筆でいつも手にとられる
古下駄洗って居るお寺はたれも来ぬ
針箱を片付けてから話す 放哉
暦が留守の畳にほり出してあるきりだ
暦をあけて梅雨の入りを知った顔である
空家の前で長い立話しをして居た
児等が大きくなって別荘守がぼけとる
釘箱の釘がみんな曲って居る
水のつめたさに荷が下ろされて居る
夫婦でくしやめして笑った
二人の親しみの長火鉢があるきり
青梅酢っぱい顔して落ちとる
道でもないところを歩いて居るすみれ 放哉
和尚の不自由な足が夜中の廊下で起きとる
一茎の草ひく蟻の城くづれたり
ひねもす草ひく晩の豆腐屋の声を身の廻りにして居る
草ひくことの毎日のお陽さんである
鳶ひょろひょろ草ひくばかり
一日歩きつゞける着葉ばかりの山道
そっとためいきして若葉に暮れて居る
かたい机でうたゝ寝して居った
提灯と出逢って居る知った人である
蟻にたばこの煙りをふきつける 放哉
かくれたり見えたり山の一つ灯が消えてしまった
送って来てくれた提灯の灯にわかれる
わが眼の前を通る猫の足音無し
お寺の灯遠くて淋しがられる
昼寝起きの妻が留守にして居る
豆を煮つめる一日くつくつ煮つめる(註・原案)
☆ 豆を煮つめる自分の一日だった  
こんな山ふところで耕して居る
二階から下りて来てひるめしにする
火事があった横丁を風呂屋に行く
鍋ずみが洗っても洗ってもとれぬ朝である 放哉
桜の実がにがいこと東京が遠い
煙管をぽんとはたいてよい知恵を出す
顔の紐をゆるめて留守番をしてゐる
淋しい池に来てごはん粒を投げてやる
葉になった桜の下でたばこを吸はう
すねの毛を吹く風を感じ草原
蛙大きな腹を見せ月夜の後ろある
いり豆手づかみにしてこぼれる
蛙を釣って歩るくとぼけた顔だ
花活けかへた日の午后の客あり 放哉
(「尾崎放哉記念館」収載句)

放浪の俳人尾崎放哉。ホトトギス、国民新聞等で素晴しい俳句を発表し、東大を出
て若くして保険会社本社課長となり乍ら飲酒癖で追社。再起もことごとく失敗、一
燈園での奉仕の生活に心の救いを求めても徹し切れず、寺男を転々として孤独と貧
苦と病苦に苛まれて死んだ放哉。その中で詠われた、極限の淋しさは、我執と素直
さと弱さを同居させた一個の知性の魂の叫ぴであるが故に現代人の胸に突き刺さ
る。稲畑汀子・「放哉全集(筑摩書房)」推薦の言葉)


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