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(その十七) 尾崎放哉未発表句 (その十)

投稿者:nangouanさん  2012/01/22 10:25  MLNo.1236   [メール表示]

(その十七) 尾崎放哉未発表句 (その十)

句稿(9)
層雲雑吟 尾崎放哉

雨の椿に下駄辷らしてたずねて来た (註・原案)  
☆ 雨と椿に下駄辻らしてたづねて来た
何かもの足らぬ晩の蛙がなかぬことであつた
(此島米ヲ産セズ故、水田ナシ)
わが髪の美くしさもてあまして居る(註・原案) 
☆ 髪の美くしさもてあまして居る
浴衣きて来た儘で島の秋となっとる
バケツー杯の月光を汲み込んで置く
閾の溝に秋の襖をはめる
いつも淋しい村が見える入江の向ふ
障子の穴をさがして煙草の煙りが出て行つた
夏帽新らしくて初秋の風
鶏のぬけ毛がとんで来ても秋
藁ぐまにもたれて落ち込んでしまった
波打際に来てゆっくり歩きつゞける
しとしとふる雨の石に字がほってある
淋しくなれば木の葉が躍って見せる
叱ればすぐ泣く児だと云つて泣かせて居る
窓いっぱいの旭日さしこむ眼の前蝿交る事

今朝、五時頃ノ実景デ、ナンダカ馬鹿二サレテ居ル様ナ気ガシマシタ、彼等、第一義諦ヲ
知ル筈トデモ云ヒタイ様ナ気持デ、彼等八実二堂々タルモノデス、旭日直射シ来レバ彼等
ハ即歓呼ヲ挙ゲテ交ル、

秋風吹断一頭慮(?)
旭暉眼前蒼蝿交
マゾイ偈デスカ、マダ死ネソヲニモアリマセンカ

あく迄満月をむさぼり風邪をひきけり
さあ今日はどこへ行って遊ばう雀等の朝
はちけそうな白いゆびで水蜜桃がむかれる
石のまんなかがほられ水をたゝえる
山ふところの風邪の饒舌
花がいろいろ咲いてみんな売られる花(註・原案)
☆ 花がいろいろ咲いてみんな売られる   
青空の下梨子瓜一つもぐ
塩のからいに驚いて塩をなめて居る
はく程もない朝々の松の葉ばかり
盆芝居の太鼓が遠くで鳴る間がぬけて居てよし 放哉
落葉生きてるやうにとび廻って見せる
枝をはなるゝや落葉行方も知らず
たまさか来るお遍路の笠が見送らるゝ秋は
追憶の夕ベ庭先き蟹がはって見せる
今日はも一つお地蔵さまをこさえねばならぬと石ほる
障子の破れから昼のランブがのぞくも風景
なれてしまへば障子の破れから景色が見える
荒壁ほろほろわが夜の底に落ちる
秋風の石が子を産む話し
投げ出されたやうな西瓜が太って行く 放哉
忘れた頃を木槿又咲く島のよい日和
いつも泣いて居る女の絵が気になる壁の新聞(註・原案)
☆ 壁の新聞の女はいつも泣いて居る  
鴨居とて無暗に釘打ってあるがいとほし
此の釘打った人の力の執念を抜く
われにも乏しき米の首がやせこけた雀よ
下手になく朝もよろし島の鶏
海風に筒抜けられて居るいつも一人
海風至らぬくまもなく一本の大黒往
たまたま窓から顔出せば山羊が居りけり
海風べうべうと町までの夜道 放哉
朝から曇れる日の白木槿に話しかける
うらの畑にはいつて盆花切ってもらう
アイスクリーンを売って歩く島の昼は開けた
うっかり気が付かずに居た火鉢に模様があった
お盆の年寄が休む処とし庵の海風
盆休み雨となりぬ島の小さい家々(註・原案)
☆ 盆休み雨となりた島の小さい家々
島から出たくも無いと云って年とって居る
お盆の墓原灯をつらね淋しやひとかたまり
死ぬ事を忘れ月の舟漕いで居る
朝ばん牛乳を呑んでやせこけて居る 放哉
山々背中にあすの天気をさしあげて居る
ビクともしない大松一本と残暑にはいる
全く虫等の夜中となりをぢぎして出る
稲妻しきりにする窓焼米かぢる音のみ
蚊帳のなか稲妻を感じ死ぬだけが残ってゐる
屋根瓦すべり落ちんとし年へたるさま
アノ婆さんがまだ生きて居たお盆の墓道
島ではぢめての蛇を見て唾吐いてしまった
女手でなんとも出来ない丸い漬物石
早起の島人に芝草をのゝき喜び 放哉
白い両手をついて晩の用をきゝに来て居る
やゝはなれてよくなく蝉が居る朝を高い木
焼米ほつりほつり水呑むわが歯強かりけり
壁にかさねた足の毛を風がゆさふつて居る
すね小僧より下にしか毛が無い秋風
今日は浪音きこえる小窓はなれず
風邪を引いてお経あげずに居ればしんかん
ろうそく立てた跡がいくつも机に出来た
風音ばかりのなかの水汲む
よい墨をもらって朝からうれしい 放哉
すっかりお盆の用意が出来た墓原海へ見せとる
鼠にジャガ芋をたべられて寝て居た
蚊帳の吊り手が一本短かくて辛抱してゐる
白木槿二つ咲きいつも二つ咲き
今日一日は七輪に火をせなんだまヽ
山のやうに芝草刈って山に寝てゐる
草履をはたいてもはたいても浜砂が出る
魚釣りに行く約束をしたが金がなかった
島人みんな寝てしまひ淋しい月だ
窓からさす月となり顔一つもち出す 放哉
友にもらって来た歯磨粉が中々つきない
島の土となりてお盆に参られて居る
小さい船下りて島に来てしまった
茄子を水に清けて置く月夜であった
墓近くなる盆花うろ家家
萩かな桔梗かな美くしくなった盆のわが庵
まっくらな戸に口をあけて秋山の家である
海人の視子が呼びかはし晩になっとる
草履が一つきちんと暮れとる切りだ
犬が逃げて行くかげがチラと晩だ 放哉
(「尾崎放哉記念館」収載句)

尾崎放哉 明治十八年ー大正十五年 鳥取生まれ

 放哉は一高・東大とエリートコースをたどり、保険会社の要職にもつくが、世に
入れられず酒に溺れ退職に追い込まれる。以後漂泊の旅を続け、大正十二年京都の
一燈園で托鉢生活に入る。その後京都、須磨、小浜の寺々の寺男となり転々とする
間、膨大な俳句を詠み才能を見事に開花させていった。
 小豆島へは大正十四年八月に来島、西光寺奥の院南郷庵「みなんごあん」の庵主
となる在庵わずか八カ月の間病苦に苛まれながらも三千句に近い俳句を作り翌年四
月孤独のまま生涯を終えた。
 亨年四十二歳 戒名は大空放哉居士 墓は庵近くの共同墓地の中にある。記念館
は平成六年に当時の南郷庵を復元したものである。(「尾崎放哉記念館」の年譜)


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